第27話 「手を繋いで歩いてらしたわね」
――その朝。
食堂で、母の笑顔が待ち構えていた。席に着く前から空気が違っていた。
父がコーヒーのカップを口元で止めたまま、新聞を畳もうとしない。ノエルは窓際で歌を歌っている。
虫の数え歌の三番。
母だけが、いつもより半音高い声で「おはよう、リーラ」と言った。
何かある。
千切ったパンにバターを塗ってナイフを置いた、その瞬間に、母が切り出した。
「あなた、今朝、殿方と手を繋いで歩いてらしたわね」
パンが喉に詰まりかけた。
「お母様、二階の踊り場の窓から、見ていらしたの?」
「うふふ、たまたま朝早く、温室に降りる前に」
たまたまではない。
この人は薬草園に降りる前に必ず踊り場で伸びをする。窓は薬草園の正門に面している。
私がついさっき、カイルと並んで歩いていた道だ。
「で、お名前は」
逃げ場がなかった。
「カイル、さんです」
「カイルさん、ね」
母の目が細くなった。薬草の調合をする時と同じ目だった。
配合を見定める目。
「お父様が王城帰りに調べておくそうよ」
「え!」
父が新聞の端から顔を出した。コーヒーを一口飲んで、短く言った。
「エレインの冗談だよ。リーラ、お前の選んだ男だ。俺は信じる」
「べ、別に、お付き合いしているわけでは、ないですし」
声が、勝手に裏返った。
母が小声で付け加えた。
「でも調べるけど」
「お母様!」
ノエルが窓際から駆けてきた。テーブルの端に手をかけて背伸びして、私の顔を覗き込んだ。
「お姉ちゃま、大人の話なの?」
「ん、ちょっとね」
「ノクス様は大人?」
膝の上でノクスの耳がぴくりと動いた。
「大人っていうか、猫」
「猫は大人じゃないの?」
ノクスが前足で私の膝を一度だけ踏んだ。この話題から俺を外せ、と言いたげだった。
父がコーヒーを置いて、声を一段低くした。
「リーラ。今朝早く、王城からの便で報告が届いた。ここ数日、中層の巡回が二組増えている。警備隊の配置が変わった理由は、まだ分からん」
「うん」
「お前も気をつけなさい」
短い言葉だった。でも目が、いつもより長くこちらを見ていた。
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