第23話 報告
ギルドの受付に報告書を出した。死亡した女性一名を確認。残る二名。
薬草採りの女ときこりは、祭壇の間で見つからなかった。遺品だけが供物の配置で残されていた。スカーフ二枚、薬草籠、きこりのブーツ、布にくるまれた腕。
儀式の犠牲になったのか、別の場所に連れ去られたのか、分からない。
ギルドマスターが遺品を並べて見つめた。表情が固かった。
「これは、上に上げる。報告は伏せておく。お前たちが見たものは、しばらく誰にも話すな」
「分かったっす! 遺跡のことは絶対誰にも喋らないっす!」
トールが拳を握って力強く頷いた。
その三十秒後、奥のテーブルでトールの声が響いていた。
「でね、深紅の髪の女幽霊が街道に立ってたんすよ! 五歩の距離っすよ! 目の前で消えたっす!」
「マジか! お前見たのか!?」
「俺と、リーラさんと、カイルさんと、ノクス様で見たっす!」
「ノクス様も見たのか! じゃあ本物だな!」
「絶対本物っす! 鳥肌立ったっす! 虫の声も消えたっす!」
カイルが額を押さえて天井を仰いだ。
肩のノクスが、私だけに届く声で言った。
「あいつ、遺跡の話だけは守ってる」
「誇り高い守秘義務ですね」と、小声で返す。
「皮肉が上達したな、お前」
冒険者たちがトールを囲んで身を乗り出していた。語り部の素質があった。
距離は二歩になり、女の髪の色は時間と共に「血のように赤い」から「燃える炎のような」へ進化していくのが、横で聞いていて分かった。
明日にはヴィルヌア中で「東街道に女幽霊が出る」になっているだろう。
グレヴァが削げた頬を歪めて、諦めたように手を振った。
「まあ、いい。幽霊話に食いついてる間は、祭壇のことは広まらん」
報酬が渡された。
全部「ノクス様」名義。
トールが報酬の三分の一を握りしめて、深く頭を下げた。
「ありがとうございますっす! 明日も呼んでもらえたら、嬉しいっす!」
「はい。また明日」
「俺、これ、母ちゃんに渡してきます! 父の薬代になるんで!」
トールが盾を背負ったまま、走って店の方角へ消えた。
父の薬代。その一言が、胸に残った。
ギルドを出た。日が落ちかけて、街の石畳が橙色に染まっていた。
「家まで送る」
カイルが言った。提案ではなく、決定の言い方だった。
「結構です、一人で」
「足、まだ戻ってないだろ」
歩幅は私に合わせて短かった。ヴィルヌアの坂道を、二人で黙って上った。
ヴェイン家の正門の前で、カイルが立ち止まった。
「明日、また来るか」
「はい。同じ時間に」
「遅れるな」
「はい」
カイルが背を向けた。坂を下りていく後ろ姿が、夕闇に溶けるまで、見送った。
あの背中を、もう会えない人に、なんとなく重ねた。
すぐに首を振って、消した。ノクスが、肩で耳を立てた。
「動くな」
声が低かった。
「屋根だ。三つ向こうの。男が一人、伏せている」
視線は上げなかった。呼吸だけを浅くして、肩のノクスに意識を寄せた。
「カイルを追っている。距離を保って、足音を殺している。素人じゃない」
――密偵。
「マントの留め金に紋章が見えた。翼竜が、剣を咥えている意匠だ」
ノクスの声が、わずかに固くなった。
「侯爵家の紋だ。ラヴェルンか」
背筋が、冷えた。
「敵の動きじゃない。あの男、距離の取り方が護衛だ。カイルを追ってはいるが、守るための距離取りだ」
「あの男、護衛をつけてもらえる身分だってことね」
「ああ」
カイルの後ろ姿は、もう坂の角を曲がって見えなくなっていた。
「ただの剣士じゃない、ってこと」
「苗字を、お前、聞いたか」
「カイル・エル・ヴァロー、と」
「ヴァロー、ね。どこかで聞いた名だ」
ノクスの尾の先が、私の肩で一度揺れた。
「今夜、調べる」
ヴェイン家の門扉が、夕闇に静かに閉じた。私は門の内側に滑り込んで、扉が完全に閉まりきるのを待ってから、ようやく息を吐いた。
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