↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

214/236

第214話 北の街道

 城壁を越えた一団が、闇の中を北へ進んでいた。二名がノクスの入った布包みを運び、残りが周囲を固めている。黒い影が地に長く伸びて、月が雲に隠れた瞬間に見えなくなった。


 マヌエルはお嬢様の手を引いたまま、歩調を崩さず歩いていた。白い革手袋がお嬢様の手首を包んでいる。指に力は入れていない。逃がすつもりもない。



「お寒うございませんか、お嬢様」



 お嬢様は答えなかった。



「そうでございますか。北の街道は夜風が冷えますのでねぇ。お着きになりましたら、温かいお茶をお入れいたします」



 街道の分岐点で、マヌエルは足を止めた。


 北の三叉路。合流地点だ。殿の六名はまだ来ていない。


 懐中時計を開いて秒針を確認し、閉じた。



「あと十四分。殿が間に合わなければ、先に参りましょう」



 前衛の一人が闇の中に目を凝らしていた。


 南の方角。城壁のある方角から、微かに金属の音が運ばれてくる。



「足止めは成功しているようでございますねぇ」



 マヌエルの声に安堵はなかった。


 殿が戻るかどうかは、最初から計算に入れていない。


 必要なのはお嬢様と猫の確保だけだ。


 殿が全滅しても、任務は完了している。


 三叉路の木立の奥に、幌付きの馬車が待っていた。


 御者が手綱を握ったまま頭を下げた。マヌエルが事前に手配していた脱出用の馬車だった。


 マヌエルはお嬢様の手を取ったまま、馬車の踏み台に導いた。



「お足元にお気をつけくださいませ」



 お嬢様を幌の中に座らせて、毛布を膝にかけた。夜風が冷える。執事の手つきだった。


 十二分後、殿の三名が走ってきた。


 残り三名は来なかった。



「殿三名を失いました。新王の剣士と、盾の男と、短剣の女が」



 マヌエルの肩が落ちた。仮面の下で、口元の笑みが消えた。



「ご家族には、私が直接お伝えいたします」



 マヌエルは馬車に乗り込んだ。


 御者が手綱を鳴らして、馬車が北へ走り始めた。車輪が石畳から土の街道に変わって、揺れが柔らかくなった。幌の隙間から月が覗いて、お嬢様の銀色の髪が青く光った。


 ――お嬢様。


 あなた様が三歳の時、廊下で転んで膝を擦りむかれた日のことを、私は覚えております。


 ヴィクター様がいらっしゃる前に、私が膝を拭いて、ガーゼを巻きました。


 お嬢様は泣きませんでした。


 あなた様が五歳の時、初めてお客様の前でお辞儀をされた日のことも。背筋が曲がっていらっしゃいましたので、私が後ろからそっと背中に手を添えました。


 あなた様が七歳の時、真夜中に泣いていらっしゃった日のことも。何があったのかは聞きませんでした。温かい牛乳を一杯、お持ちしただけでございます。


 あなた様が八歳の時、私はヴェイン家を去りました。


 理由はお嬢様には、まだ申し上げられません。



「お嬢様」



 マヌエルの声が、少しだけ変わった。



「教皇猊下のもとへ参ります。ご安心くださいませ。私が、最後までお側におりますから」



 お嬢様は目を閉じていた。マヌエルは懐中時計を閉じた。


 北の街道に、仮面の白さだけが浮かんで、やがて闇に溶けた。


お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。