第204話 「万歳!」
式典が終わると、大聖堂の大扉が開かれた。人波が通路に溢れていた。貴族が挨拶を交わし、使節が従者と何かを確認し、市民の代表が出口に向かって歩いている。
祝宴は大広間で行われる。使用人たちが大広間への渡り廊下を駆けていくのが見えた。
人波に押されるようにして通路を歩いた。前方にカイルの背中がある。深紺の礼服の上で王冠が金色に光っていた。左右から貴族たちが声をかけ、カイルが一人一人に頷きながら歩いている。
ヴァーンは側近に支えられて控室に戻っていった。杖を握る手が白くなっていた。この日のために全ての力を使い切ったのだと、後ろ姿が語っていた。
シャルロットが祭壇の上で式次第の巻物を片付けている。式の間ずっと微動だにしなかった宰相は、今、花瓶の位置を二センチだけずらして、それから自分の仕事が完璧に終わったことを確認するように大聖堂を見渡した。
ミナが横に並んだ。
「泣いてたわね、姐さん」
「ミナも」
「泣いてない」
赤い目のまま言い切る強さが、少しだけ羨ましかった。
トールが前を歩いている。盾を背負ったままの正装で、時々鼻をすすっている。ミナがトールの背中を見て、何か言いかけて、やめた。
大広間への渡り廊下を歩いた。窓から中庭が見える。即位式のために飾られた白百合が、午前の日差しの中で揺れていた。
カイルの背中が、人波の先にあった。王冠が揺れるたびに、金と銀の光が礼服の肩に散った。
隣に立ちたい。その気持ちが、もう言い訳を必要としないほど強くなっていることに気づいていた。
肩の上で、ノクスが小さく鼻を鳴らした。
「何?」
「何も言ってない」
嘘だと分かっていたが、追及する気力はなかった。
渡り廊下の窓から差す光が眩しくて、目を細めた。
大広間の扉が開いた。祝宴の準備が整っている。長いテーブルに料理が並び、蝋燭が灯され、楽団が控えている。人波がテーブルに向かって散っていく。
カイルの背中を見失わないように歩いた。王冠の金色が、人混みの中で揺れている。
祝宴の席順はシャルロットが決めたのだろう。最前列右端に座っていた私の席は、長テーブルの上座から三番目。カイルの隣ではないが、斜め向かいで、顔を上げればカイルが見える距離だった。
上座の椅子にカイルが着いた。王冠を戴いたまま、左右の貴族に挨拶を返している。声は低く落ち着いていたが、指が時折りテーブルの縁を叩いていた。
緊張している。冒険者ギルドの依頼で魔物に突っ込む時には見せない種類の緊張が、指先だけに出ていた。
トールが隣の椅子で料理を三皿同時に引き寄せて、ミナに肘で突かれていた。
「あんた、もう少し上品にできないの」
「腹が減ってるっす」
「即位式の祝宴よ。ギルドの食堂じゃないの」
「食べ物に上品も何も美味いっす、これ」
ミナが諦めたように額を押さえた。
その横でヴィオラが白ワインを傾けて、表情を変えずに二人を眺めていた。
ルーシェは少し離れた席でワイングラスを傾けていた。頬が赤い。普段は飲まないのに、今日は二杯目に手を伸ばしている。ガーレンの容態が安定して、気が抜けたのだろう。
楽団が曲を変えた。軽やかな弦の旋律が大広間の天井に昇っていく。蝋燭の光がワイングラスの表面で揺れていた。
いつの間にか、隣にロウェナが座っていた。杖を椅子の背にかけて、帽子を少しだけ持ち上げて視界を広げている。料理には手をつけず、杖の握りを指先でなぞっていた。
「ロウェナさん、食べないんですか」
「腹は空いてないよ。いい式だったね」
「うん」
「あの王子。いや、陛下か。大した男さ。王冠を被る前と同じ目をしてる、あの人」
ロウェナの赤い瞳が上座の方を見て、すぐに手元の皿に戻った。
「あんたも食べるのさ。痩せてるのさ」
「え、私――」
「あの男の隣に立つなら、倒れてちゃ様にならないさ」
言葉の意味を飲み込む前に、ロウェナは立ち上がっていた。杖をついて、人波に紛れるように大広間の端へ向かった。帽子の縁だけが一瞬こちらを振り返って、すぐに消えた。
隣に立つ。ロウェナにまで見透かされている。
料理を一口食べた。白身魚の蒸し焼きだった。シャルロットが選んだ献立なのだろう、国葬の夜と違って温かい料理が並んでいた。
二口目を食べて、三口目で味が分かった。美味しかった。ちゃんと美味しかった。
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