第202話 「枯れたら首を飛ばす」
シャルロット・ド・ラヴェルンは宰相執務室の机に埋もれていた。
紙の山が三つ。左が未処理、中央が確認中、右が完了。
完了の山だけが低い。
燭台の蝋燭が二本目に替わっていて、窓の外はとうに暗かった。
招待状の発送記録を確認する。貴族百二十三家、各国使節十七名、ギルド代表四名。漏れはない。
教皇国の使節二名は各国使節に含めてある。大司教は式の執行側だから招待の対象ではない。
席配置図を広げて、サフィアル交易連合の席がルグランド貴族より後ろになっていることを確かめた。外交序列を間違えると国書が飛んでくる。
式次第の最終稿に目を通した。朝の鐘から始まり、大司教の祈祷、ヴァーン殿下の退位宣言、王冠授与、カイル陛下の即位宣言。
羽根ペンが止まった。
「カイル陛下」と書いたインクがまだ乾いていなかった。あの馬鹿が陛下になる。八歳の頃に木剣を振り回して庭の薔薇を全部薙ぎ倒した馬鹿王子が、明日には冠を戴く。
冠の磨き直しは今朝終わらせた。金と銀の合金に翼竜の意匠。ルグランド家五百年の象徴を、自分の手で布を当てて磨いた。使用人に任せなかったのは、傷をつけたくなかったからだ。
陛下が戴いていた冠を、あの馬鹿の頭に載せる。せめて曇りのない状態で渡したかった。
大聖堂の花の手配は三日前に終わっている。白百合と青の矢車菊。ルグランド家の式典花だ。
花屋に「枯れたら首を飛ばす」と言ったら花屋が泣いた。
泣かなくていい、冗談だから、半分は。
全部、一人でやっている。好きでやっている。
宰相として、これがあたしの仕事だ。
引き出しに手を伸ばした。
奥の仕切りの裏に、一枚の押し花が挟んである。南方の花。名前は知らない。薄い紫の花弁が乾いて半透明になっていた。
国葬の夜、追悼晩餐会の席でカイウスがテーブルの端に置いていった。何も言わなかった。花を一輪置いて、通り過ぎただけ。
あの人はいつもそうだった。言葉にしない。剣を磨く手を止めて、こちらを一度だけ見て、また手を動かす。
それだけで十分だった。「見ているよ」という意味だと、あたしには分かる。
即位式が終わったら、武術指南役として王城に来てもらう。カイルには話を通してある。スイオン島の道場からこちらに移ってもらう。レオンも一緒に。
あの人が近くにいる。それだけでいい。今は。
カイルに話を持っていった時の顔を思い出した。
「武術指南役か。シャロより強い奴は俺しかいないと思ってたんだがな」
あのにやけ面。殴ろうかと思った。
「あんたより強いわよ、あの人は」
「お前が言うなら、そうなんだろうな」
即座に返された。知っていて言ったのだ。カイルは。
押し花を仕切りの奥に戻して、引き出しを閉めた。書類に視線を戻す。口角がほんの少しだけ上がっていたが、それを見ている者は誰もいなかった。
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