第196話 「おかえりなさい」
馬車が王城の門をくぐった。門の内側に、走ってくる人影があった。
薄紫のローブ。眼鏡がずり落ちかけている。
ルーシェだった。カイルがガーレンの腕を肩に回して荷台から降ろした。
ガーレンが脇腹を庇いながら石畳に立つ。顔が白い。
三日前の鋭さはない。ルーシェが三歩手前で止まった。
走ってきた勢いが全部消えて、立ち尽くしている。
「ガーレン、さん」
ガーレンがカイルの肩から手を離し、自分の足で立って左手を伸ばした。涙が伝うルーシェの頬に触れた。
「泣くな。お前の顔が、よく見えなくなる」
「ばか、じゃないですか、血だらけの人に泣くなって言われても、説得力、ゼロです」
ルーシェの膝が折れ、崩れるようにガーレンの胸に顔を埋めた。
脇腹に激痛が走ったはずなのに、右腕がルーシェの背中に回った。門の前で、全員が見ていた。
誰も茶化さなかった。ミナがトールの横で小声で言った。
「ああいうの、あんたは一生言えないんでしょうね」
「え? 何の話っすか?」
「もういい」
涙を拭った。ずっと張り詰めていたものが切れて、ルーシェの泣き顔を見た瞬間、ガーレンが死ななくてよかったと涙が勝手に出た。
カイルが隣に立っていた。いつ来たのか気づかなかった。
ルーシェとガーレンを見ながら、何も言わない。視線が一瞬だけこちらに向いて、すぐに前を向いた。
肩の上でノクスが低く呟いた。
「鈍い」
「え?」
「何でもない」
―――翌朝。
王城の廊下を歩いていると、フィオレが小走りで駆けてきた。白い兎耳が前後に揺れて、手にトレイを持っている。
トレイの上に湯気の立つスープの椀と、薬草茶の小さなカップが載っていた。
「リーラ様、おはようございます。ガーレン様のお食事をお持ちするところでして」
「ガーレンの部屋?」
「はい。ルーシェ様がずっとお傍にいらして。研究室にはお戻りになっていないようです」
フィオレの兎耳がぴくぴくと動いた。嬉しそうにも、心配そうにも見える動き方だった。
「朝のお食事も、お二人分をお持ちしています。昨晩もお二人で召し上がっていらしたとか」
「そう」
フィオレがトレイを持ち直して、小走りで廊下の奥へ向かった。兎耳の影が角を曲がるまで揺れていた。
ガーレンの客間の前を通りかかった。扉が少しだけ開いていた。
ルーシェが椅子に座って本を読み上げている。ガーレンが枕に頭を預けたまま、ルーシェの横顔を見ていた。
二人の指先が重なっている。そのまま通り過ぎた。




