第194話 「意識が戻らない」
帰路は通常の倍の時間がかかった。ガーレンの容体を見ながらの移動だった。馬車の速度を落として、揺れを減らした。
ヴィオラが二時間おきに治癒魔法を重ね、私は荷物から薬草の包みを出して煎じた。ヤロウで止血、ウィローバークで炎症を抑える調合。旅に出る前から持ち歩いている。
ガーレンは文句も言わずに飲み干した。傷口は閉じたが、失った血は戻らない。顔色は白いままだった。
二日目の夕方、ルグランド王国の国境を越えた。教皇国の白い街道が灰色の石畳に変わり、沿道の修道院が消えて、代わりに冒険者ギルドの旗を掲げた宿が点々と現れた。
馬車の中で、ノクスが少しだけ変わった。疲れて眠りかけた頃だった。荷台の隅で壁にもたれて目を閉じていると、肩の上のノクスが身じろぎした。
「あの男は、五十年かけて積み上げた。お前たちは、まだ一年も経っていない」
低い声だった。途切れなかった。
目を開けた。ノクスの金色の目が、荷台の幌の隙間から見える空を見つめていた。
「ノクス、今、長く喋った」
自分の声が震えていた。子猫になってから、ずっと怖かった。短い単語しか出なくなって、いつか声も出なくなるんじゃないかと。このまま小さくなり続けて、ある朝起きたら肩の上に何もいないんじゃないかと。
怖くて聞けなかった。聞いたら本当になりそうで。
「ああ。少し、戻ってきた」
「よかった」
目頭が熱くなった。視界が滲んだ。止めようとしたけど無理だった。
「泣くな。俺が死んだみたいに扱うな」
「な、泣いて、ないもん」
泣いていた。頬を涙が伝い、指で拭っても次から次に零れて止まらない。
「嘘つき」
ノクスの尾が首に一巻きした。子猫の体温が首筋を温めた。
小さいけれど、いつもの、ノクスだった。
鈴が小さく鳴った。
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