第192話 追手はいない
南門を出て四半刻ほど走った街道の合流点で、馬車を止めた。聖都の城壁が遠くに白く光っている。追手の気配はない。ガーレンの煙幕が効いているのだろう。
待った。
カイルが御者台に座ったまま剣の柄を握り続けていた。誰も喋らなかった。
ミナが荷台の縁に座って聖都の方を見ている。トールが盾を抱えたまま立っていた。ロウェナが杖にもたれて目を閉じている。
ヴィオラは帽子を被り直して、帽子の下で何かを呟いていた。祈りかもしれない。
足音が聞こえた。街道の向こうから、一人の影が走ってきた。
走りながら、片手で脇腹を押さえ、もう片方の手で空を掻くようによろめいていた。
顔が白かった。ガーレンだった。
私は馬車から飛び降りてガーレンの方へ走った。
ガーレンの体が傾いた。カイルが先に追いついて、ガーレンの腕を自分の肩に回した。
「問題ない。走れる」
ガーレンの声は平坦だったが、顔色は紙のように白かった。脇腹を押さえた指の間から血が滲んでいて、歩くたびに血の跡が石畳に落ちた。
「走れてない。顔が真っ白だ」
カイルがガーレンの体重を支えたまま馬車に向かった。
荷台にガーレンを横たえた。
服を捲ると、脇腹に十センチほどの切創が走っていた。深く見えた。肋骨の下を掠めている。
ヴィオラが帽子を外して荷台に乗り込んだ。
長い耳が露わになったが、構っていられる状況ではなかった。
両手をガーレンの傷口の上に置いて、低い詠唱を始めた。淡い光が傷口を包んで、血が止まり始めた。
「深くはありませんが、肋骨に達しています。安静が必要です」
ヴィオラの治癒魔法で傷口が閉じていく。だが完治ではない。組織の修復を促進するだけで、体力の消耗は治せない。
ガーレンが荷台に仰向けのまま、天を見ていた。
「休むのは帰ってからだ。今は逃げろ」
カイルが御者台に戻った。手綱を握り直して、前を向いた。
沈黙のまま馬車が走り始めた。
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