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第188話 「ベッド使ってくださいっす」

 ミナは毛布を顎まで引き上げて、壁を向いた。トールが床板の上に毛布を一枚敷いて、盾を枕元に立てかけている。


 ベッドを譲られた。当然みたいな顔で。


 眠れるわけがない。同じ部屋だ。


 暗い。床から規則正しい呼吸音が聞こえる。


 大きな体が毛布の中で寝返りを打つたびに床板が軋んで、そのたびに肩がびくりとした。


 意識するな。意識するな。


 あいつはただの壁だ。大きくて固くて何も考えていない壁だ。


 三十分ほど経った頃、床板が軋んだ。トールが起き上がる気配がした。


 暗闇の中で大きな体が動いている。何をする気だ。


 心臓がうるさい。毛布を握る手に力が入った。


 足音。一歩。



 ――何かに躓く音。



 ベッドが沈んだ。重い。熱い。潰される。


 トールの体がミナの上に倒れ込んでいた。


 吐息が額にかかる。


 左手が、胸の上に、ある。



「っ」



 声が出なかった。喉が詰まって、心臓まで止まりかけた。


 動けない。トールの体重で動けないのか、自分の体が動かないのか、区別がつかなかった。



「あ、あんた」



 声が震えた。情けない。こんな声、出したことない。


 トールの顔が真上にあった。暗闇に目が慣れてきて、輪郭が見える。大きな目が、まっすぐこちらを見ている。



「そ、その気になったの」



 言ってから死にたくなった。何を言っている。何を期待している。



「え? すみません転んで」



 手を引こうとした指が胸の上で動いて、体が震えた。自分で止められない。


 え、待って。あたし、はじめてなのに。心の準備が。


 月明かりで顔が見えてる。見られてる。


 は、恥ずかしい。もういい。いつかこうなると思ってたし。覚悟を決めて目を閉じた。



「わ、わかった」



 三秒。五秒。



 ――何も起きなかった。



 体重が消えた。床板が軋んだ。トールが毛布に戻る音がした。



「そうだ。トイレに行こうとしたんだった」



 独り言を呟いて、壁伝いに歩いていった。


 目を開けた。天井が暗く、心臓だけがまだ速い。


 トイレ。転んだだけ。何も考えていなかった。覚悟を決めたのは自分だけだった。


 戻ってきた足音が毛布に潜り込んで、三秒で寝息が始まった。枕を掴んで立ち上がり、全力で振り下ろした。



「殺す」



「え、なん――」



「黙れ。寝ろ。二度と触るな」



 もう一発。もう一発。三発で止めた。手が震えていたから。怒りなのか何なのか分からない。分かりたくもない。寝息はすぐに再開した。


お読みいただき、ありがとうございました。

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