第185話 七人の馬車
北方街道に馬車が一台、砂埃を引いて進んでいた。御者台にカイルとガーレンが並び、幌の中に残りの五人が揺られている。
シャルートではなく軍馬を二頭つないだ簡素な荷馬車で、幌は薄く、北風が縫い目の隙間から吹き込んだ。王家の紋章は出発前に外してある。
出発から二日目の昼過ぎに国境を越えた。石の境界標が街道の脇に立っていた。
ルグランド王国の紋章と、アルシェロン教皇国の聖印が背中合わせに刻まれている。それだけの、何の変哲もない石柱だった。
だが、越えた瞬間に、空気が変わった。
街道の石畳が新しくなっていた。ルグランド側の石畳は角が欠け、馬車の車輪が溝に落ちるたびに全身が揺れた。国境を越えた途端、継ぎ目が均一になり、馬車の揺れが半分に収まった。
等間隔に街灯が立っていた。魔晶石を嵌め込んだ小さな灯りが、まだ昼だというのに淡く光っている。日が落ちれば、この街道は一晩中照らされるのだろう。
「きれいっすね」
トールが幌の隙間から外を覗いて呟いた。
ミナが反対側の幌を少しめくった。
「嘘でしょ。街道にこんな金かけてるの」
沿道に小さな修道院が見えた。白い漆喰の壁と赤い屋根。庭で子供たちが走り回っている。笑い声が街道まで届いた。
修道士が子供の頭を撫でている。さらに進むと、炊き出し所があった。長い列。修道士が木の椀にスープを注いでいる。
列に並ぶ人々の顔に絶望はなかった。結社が蝕んでいる国。のはずだった。
幌の中が静かになった。
ヴィオラが低い声で口を開いた。
「善行と悪行は、共存できるのです。表で民を救い、裏で使徒を狩る。五十年、両方をやり続けてきた方ということです」
御者台からカイルの声が聞こえた。
「厄介だな」
誰も反論しなかった。馬車が揺れる音と、馬の蹄が石畳を叩く音だけが続いた。
ロウェナが帽子のつばを押し上げた。赤い瞳が炊き出し所の方を向いていた。
「あの列に並んだことがあるのさ。飢えてた時にね」
杖を握る指が一度だけ力を込めて、緩んだ。
「あのスープ、うまかったよ。三日何も食ってない腹に、しみたのさ」
誰も何も言わなかった。
ノクスが肩の上で前足を組み直した。子猫の体が小さく震えている。
「どうしたの」
「何でもない。先が長い」
それだけ言って、ノクスは目を閉じた。馬車は北へ進み続けた。街道は滑らかで、街灯は等間隔に光り続けていた。
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