第183話 「ここが私たちの城」
朝食の後、拠点の移動が始まった。ヴェイン家別邸に残っていた荷は、ガーレンが手配した馬車で運ばれてくる手筈になっている。
ルーシェは古代文献の資料を木箱三つ分抱えて王城に移った。王立図書館が近いのが決め手だったらしい。
フィオレも私の世話のために一緒に来ている。
シャルロットの姿はなかった。すれ違った侍従が「宰相閣下は第一会議室に」と教えてくれた。
王城の北翼に、カイルたちの居室が割り当てられた。カイルとガーレンが隣同士。
トールとミナが同じ階の別の翼。ミナが「同じ翼は嫌」と言い張って、トールが「了解っす」と素直に従った。
ヴィオラは南翼の静かな一室を選んだ。私の部屋は、カイルの部屋から廊下を一つ挟んだ向かい側だった。
荷を解きながら窓を開けた。王城の北側は高台にあって、窓の向こうに王都ルグランディアの屋根が連なっている。
その先に。北方の山脈が見えた。
朝霞に霞んだ稜線が、空との境界を曖昧にしている。雪を被った峰が幾つか、雲の切れ間から光を受けて白く浮かんでいた。
あの山脈の向こうに、神聖教皇国アルシェロンがある。教祖セレスティアス。教皇国の頂点に立つ男。五十年、結社の糸を引いてきた男。
ロイスが灰になりながら呟いた名前が、まだ耳の底に残っている。
――次は、あの男のところに行く。
窓枠に手をついたまま、山脈を見つめた。風が髪を揺らして、銀の毛先が視界を横切った。
胸元でノクスが体を起こした。子猫の首が伸びて、私と同じ方角を見ている。金色の目が山脈の稜線をなぞるように動いた。
「次は、もっと厄介な相手だ」
低い声だった。途切れない。短い文だが、言葉が完全に形を取っている。戦闘から一日以上経って、声がかなり戻っていた。
「分かってる」
「分かってない顔だ」
ノクスの尾が一度だけ揺れた。金色の目がこちらを見上げている。子猫のサイズでも、あの目だけは変わらない。二百年の重さが、虹彩の奥に沈んでいる。
「黙って」
「やれやれ」
ノクスが胸元に戻って丸くなった。前足で襟の布を一度だけ踏んで、目を閉じた。
テーブルの上に地図が広げてあった。ガーレンが朝食の前に置いていったものだ。ルグランド王国の全土と周辺諸国が描かれた大判の羊皮紙で、街道と山脈と国境線が細い墨で引かれている。
朝日が窓から差し込んで、地図の上を斜めに横切った。
光の帯が北方の山脈を越えた先。そこに、小さな文字が並んでいた。神聖教皇国アルシェロン。
指先が、その文字の上で止まった。
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