第18話 「絶対に、はなさねえ」
音が、消えていた。俺は天井を見ていた。なぜ天井が見えるのかが分からない。さっきまで盾を構えていたはずだった。両手が、まだ盾を掴んでいる。それだけは分かる。
指が痛い。骨が震えている。頭の奥が、白い。何も考えられない。
――あの日の白さに、似ている。
三年前の冬の朝、父が鉱石採集のために洞窟に入る、と言った。父は元A級冒険者だった。引退して鍛冶屋を始めてからも、鉱石だけは自分の目で選ぶと譲らなかった。
「お前もいずれ鍛冶を継ぐんだ。鉱石を見る目を養え」と俺を連れていった。
洞窟の中で魔物が出た。父が前に出ようとしたから、俺は止めようとした。父さんは年だ、俺がやる、と。
盾を構えて、前に出て、怖くなった。
父さん、ごめん。あの時、俺は怖かった。
盾が重くて、魔物がデカくて、足が震えて、俺は握っていた手を、離した。
鉄の音が、洞窟の壁に反響した。父さんが、俺を押しのけて、俺の代わりに前に出た。素手で。
父さんの左腕が、地面に落ちた俺の盾の上に飛んだ。赤い、温かい血が、盾の表面を伝って流れた。俺が離した盾の上に。
あの右腕で、父さんは鉄を打っていた。左腕は鋼を押さえる腕だった。その左腕を、俺が奪った。
「死んでもはなさねえ」
口が、勝手に動いた。あの日からずっと言い続けてきた言葉だった。
「絶対に、はなさねえ」
――あれから三年。
俺は、剣を選ばなかった。攻撃魔法も、選ばなかった。盾を選んだ。
二度と、誰も、俺の前には出させない。父さんも。母さんも。これから出会う誰も。
俺の盾の後ろから一歩でも前に出させたら。俺はもう、俺じゃない。
盾は、後ろの人を守るためにある。
手を離さなければ、誰も死なない。
それが、俺の答えだ。
俺は、盾だ。
今、俺の後ろにリーラさんがいる。カイルさんがいる。ノクス殿がいる。
握っている。両手が痛い。骨が震えている。膝が折れそうだ。でも、離れていない。
今度こそ、絶対にはなせねえ。
視界の縁が戻ってくる。
立て。立て、トール。
膝に力を入れた。骨が軋んだ。脚が震えた。それでも、踵が石畳を噛んだ。背中の壁を蹴った。前へ。
盾の柄を握り直した。両手の血が滲んで、革と一緒になった。それごと握った。
「来い」
声が、自分でも知らない低さで出た。
「来いッ!」
二度目は、咆哮になった。儀式の間の天井に反響して、自分の耳に戻ってきた。
「俺は、絶対に、盾をはなさねえ!」
「父さんが守ってくれた分、俺が立ってる! 二度と前には出させねえ絶対にだッ!」
声が、喉を裂いた。血の味がした。それでもよかった。盾を構え直した。三年前のあの日と、同じ角度で。
今度こそ、離さない。
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