表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/85

第18話 「絶対に、はなさねえ」

 音が、消えていた。俺は天井を見ていた。なぜ天井が見えるのかが分からない。さっきまで盾を構えていたはずだった。両手が、まだ盾を掴んでいる。それだけは分かる。


 指が痛い。骨が震えている。頭の奥が、白い。何も考えられない。



 ――あの日の白さに、似ている。



 三年前の冬の朝、父が鉱石採集のために洞窟に入る、と言った。父は元A級冒険者だった。引退して鍛冶屋を始めてからも、鉱石だけは自分の目で選ぶと譲らなかった。



 「お前もいずれ鍛冶を継ぐんだ。鉱石を見る目を養え」と俺を連れていった。



 洞窟の中で魔物が出た。父が前に出ようとしたから、俺は止めようとした。父さんは年だ、俺がやる、と。


 盾を構えて、前に出て、怖くなった。


 父さん、ごめん。あの時、俺は怖かった。


 盾が重くて、魔物がデカくて、足が震えて、俺は握っていた手を、離した。


 鉄の音が、洞窟の壁に反響した。父さんが、俺を押しのけて、俺の代わりに前に出た。素手で。


 父さんの左腕が、地面に落ちた俺の盾の上に飛んだ。赤い、温かい血が、盾の表面を伝って流れた。俺が離した盾の上に。


 あの右腕で、父さんは鉄を打っていた。左腕は鋼を押さえる腕だった。その左腕を、俺が奪った。



「死んでもはなさねえ」



 口が、勝手に動いた。あの日からずっと言い続けてきた言葉だった。



「絶対に、はなさねえ」



 ――あれから三年。



 俺は、剣を選ばなかった。攻撃魔法も、選ばなかった。盾を選んだ。


 二度と、誰も、俺の前には出させない。父さんも。母さんも。これから出会う誰も。



 俺の盾の後ろから一歩でも前に出させたら。俺はもう、俺じゃない。



 盾は、後ろの人を守るためにある。


 手を離さなければ、誰も死なない。


 それが、俺の答えだ。



 俺は、盾だ。



 今、俺の後ろにリーラさんがいる。カイルさんがいる。ノクス殿がいる。


 握っている。両手が痛い。骨が震えている。膝が折れそうだ。でも、離れていない。


 今度こそ、絶対にはなせねえ。


 視界の縁が戻ってくる。



 立て。立て、トール。



 膝に力を入れた。骨が軋んだ。脚が震えた。それでも、踵が石畳を噛んだ。背中の壁を蹴った。前へ。


 盾の柄を握り直した。両手の血が滲んで、革と一緒になった。それごと握った。



「来い」



 声が、自分でも知らない低さで出た。



「来いッ!」



 二度目は、咆哮になった。儀式の間の天井に反響して、自分の耳に戻ってきた。



「俺は、絶対に、盾をはなさねえ!」



「父さんが守ってくれた分、俺が立ってる! 二度と前には出させねえ絶対にだッ!」



 声が、喉を裂いた。血の味がした。それでもよかった。盾を構え直した。三年前のあの日と、同じ角度で。


 今度こそ、離さない。

お読みいただき、ありがとうございました。

この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ