第176話 「俺は結社の駒だった」
廊下の壁にもたれていた。扉の向こうから声が漏れ聞こえる。ヴァーンとカイルの声だった。
壁越しに、くぐもって、けれど言葉は拾えた。
「俺は結社の駒だった」
ヴァーンの声が震えていた。低くて、掠れて、自分の声に慣れていない人間の響き方だった。
「父上を見殺しにした。国を歪めた」
「兄上」
「王になる資格はない」
カイルの声が詰まった。
「カイル。お前が王になれ」
「俺は、第二王子だ。王位は兄上のものだ」
「形式の話をしているんじゃない」
ヴァーンの声が少し強くなった。力が入っている。呪いが解けたばかりの体で、それでも弟に伝えようとしている。
「この国を立て直せるのは、外で戦い続けたお前だ。俺はこの椅子に座って国を壊した男だ」
壁越しに、二人の呼吸だけが聞こえた。
「お前には、仲間がいる」
ヴァーンの声が静かになった。
「俺にはもう、誰もいない」
指先が震えた。壁に押し当てた手のひらが冷たかった。
「兄上、俺が」
「頼む、カイル。これだけは、弟として、聞いてくれ」
長い沈黙があった。
扉の向こうで、何かが動く音がした。椅子が軋む音か、床を踏む音か。
「分かった」
カイルの声だった。低くて、絞り出すようで、けれど覚悟の声だった。
涙が頬を伝って顎から落ちた。袖で拭おうとして、拭えなかった。次から次に溢れてくる。
ノクスの小さな前足が、顎の下に伸びてきた。肉球が顎を押した。
泣くな、の合図だった。
「ごめん」
「鼻水、毛に、つけるな」
笑いが一つ漏れた。涙の途中で。
扉が開いた。カイルが出てきた。目が赤いまま、けれど表情は変わっていた。
「リーラ」
名前を呼ばれた。
「行くぞ。全員、集めてくれ」
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