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第172話 崩れた儀式場の、奥の階段へ

 戦いが終わったあとの儀式場は、咳が出るほど粉塵が満ちていた。崩落の音はもう聞こえない。私たちは、瓦礫に生き埋めになったロウェナの救出から始めた。


 まずロウェナを掘り出した。トールとガーレンが瓦礫を退かし、ミナが隙間に手を差し込んでロウェナの体を引きずり出した。


 崩れた天井の石材は一つ一つが大人の胴ほどもあって、トールが砕けた左膝をかばいながら腕だけで持ち上げるたびに、低い唸りが漏れた。瓦礫が動くたびに細かい砂が崩れ落ちて、ロウェナの金色の髪の上に降り積もっていく。私はその髪に触れて、まだ温かいことを確かめた。


 右足が不自然な角度に曲がっていて、肋骨も折れている。だが意識はあった。


 ロウェナの赤い瞳が薄く開いた。



「付き添いなんかいらないよ。先に行きな」



 蹴り出すような声だった。折れた肋骨で息をしているのに、口調だけは変わらなかった。


 ガーレンがロウェナを担ぎ上げた。階段の手前にある小部屋に運んで、壁にもたれさせた。ヴィオラがもう一度鱗杖で治癒を重ねて、出血の再発を抑えた。



「ここで待っていてください。戻ります」



 ヴィオラの声は静かだったが、有無を言わせない響きがあった。


 ロウェナが鼻を鳴らして目を閉じた。


 ミナがロウェナの傍に自分の水筒を置いた。


 何も言わなかった。


 小部屋は薄暗く、外の喧騒から切り離されたように静かだった。壁にもたれたロウェナの胸が、浅く、けれど規則正しく上下している。それを見届けてから、私たちは一人ずつ廊下へ出た。誰も口を開かなかった。足音だけが、崩れた石畳の上で乾いた音を立てた。


 ガーレンが廊下の先を確認した。



「この先の階段を上がって右。衛兵は十五分周期で北翼を巡回する。今ならちょうど南に向かってる」



 カイルが頷いた。私はカイルの隣に立った。トールが竜盾を構え直して右側に回り、シャルロットがトールの腕を借りて立ち上がった。


 右腕は使えない。左手だけで双剣の片方を逆手に握っている。


 ヴィオラが私の半歩後ろに控え、ガーレンとミナが後方を固めた。七人で、崩れた儀式場の奥の階段へ向かった。


 カイルが歩きながら、誰にともなく呟いた。



「ドルクの武器がなかったら、こうはいかなかった。それでも、辛勝だ」



 トールが竜盾を見下ろした。盾面に三本の亀裂が走っている。鱗の一枚が端から剥がれかけていたが、まだ割れてはいない。



「持ってくれたっす。父さんの盾」



 全員が傷を負っていた。カイルの胸当てには焦げ跡が走り、シャルロットは止血布で肩を固定したまま、トールに半分体重を預けて歩いている。


 トールの左膝は腫れ上がって、二人分の重さを支えるたびに顔が歪んだ。ヴィオラの額にはロウェナを治癒した時の汗がまだ乾いていない。


 私の手は。震えていた。


 ロウェナを抱き起こした時の血の温度が、まだ指先に残っている。誰も無傷では戻れなかった。それでも、立っている。立って、奥へ進もうとしている。


 階段は緩く右へ曲がっていて、上り口の手前で薄暗がりに沈んでいた。一段目に足をかけると、石が湿って冷たかった。先頭のカイルの背中が、その暗がりへ消えていく。私はその背を追って、もう一段、足を上げた。


 肩の上で、子猫のノクスが身じろぎした。金色の目が階段の先を見据えて、尾の先だけが小さく動いた。


お読みいただき、ありがとうございました。

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