第165話 「俺の城だ」
武器強化が済んだ翌日、ヴィルヌアを発った。カイル、トール、ミナ、ヴィオラ、ガーレン、シャルロット、そして私の七人。ルーシェとフィオレは別邸に残った。
馬車で一泊二日。王都ルグランディアの石壁が、夕暮れの光を受けて赤く染まっていた。
馬車が北門をくぐった瞬間、空気の密度が変わった。ヴィルヌアの積層構造とは違う、平面に広がる王都の大通りは整然と石畳が敷かれ、街路樹の影が等間隔に路面を横切っている。
行き交う人々の足取りは速く、表情は硬い。王都の大通りがこれほど静かなのは、見たことがなかった。
ガーレンが御者台から手綱を操っていた。この街を熟知している動きだった。
「宿は西区のはずれだ。城から離れている方がいい」
振り返らずに言ったガーレンの声は、馬車の幌を通して届いた。
カイルが幌を片手で押し上げて外を見ていた。顔には何の表情も浮かんでいなかったが、顎の筋が一度だけ動いた。
宿は三階建ての古い石造りで、看板の文字がかすれて読めなかった。入口の扉を押し開けると、黴と埃の匂いが鼻を打つ。宿の主人は金貨を見ても表情を変えず、部屋の鍵を三つ渡しただけだった。
二階の一番奥の部屋に全員が集まった。窓には厚い布が垂らされていて、蝋燭の明かりだけが壁を揺らしている。
ガーレンが革袋から折り畳まれた紙を取り出して、卓の上に広げた。王城の見取り図だった。書き込みが多い。赤い印が十数箇所、青い線が地下を這うように引かれている。
「三日前に城内に入った」
ガーレンの声は低く、淡々としていた。スキットルの蓋を親指で弾く音が一度鳴って、止まった。
「地下に結社の残党が二十名ほど潜伏している。指揮官の顔は確認できなかったが、統率が取れている。罠も増えた。以前の偵察時にはなかった魔法陣が複数仕掛けられている」
カイルが地図に目を落とした。指先が紙の上を這うように動き、赤い印の一つ一つに止まっては離れた。
「父上は」
「寝室から出てこない。食事は侍従が運ぶだけで、もう三ヶ月、誰にも会っていない」
カイルの指が止まった。
「ヴァーン殿下は執務室で政務を続けている。ただし目が虚ろだ。決裁の署名が崩れてきている。呪いの浸食は相当深い」
ミナが腕を組んで壁にもたれた。
「ロウェナは『マヌエルは雑兵』って言ってた。ここにいるのは、もっと上の連中ってことよね」
カイルが顔を上げた。蝋燭の光が頬の輪郭を切り取っていて、三年前とは別人の目をしていた。
「ロウェナの伝言を覚えてるか。教祖が動いた、五十年糸を引いてた爺さんが表に出てきた。あの女の言葉がどこまで本当かは分からない。罠かもしれない。だが、王城の残党が捨て駒だけとは限らない。最悪を想定しろ」
ガーレンが地図の北側を指差した。
「正門は監視されている。侵入は北側の地下水路を使う。古い排水路で、城の建設時に造られたものだ。幅は馬車一台分。途中で二度屈折するが、通れる」
カイルの指が青い線をたどった。水路の入口から城の内部へ、二つの曲がり角を抜けて、地下の広い空間に繋がっている。
「目標は二つ。父上の寝室で触媒を使い呪い解除を試みること。ヴァーンの執務室で同じく解除を試みること」
トールが竜盾の縁を握り直していた。新しい鱗の感触を確かめるように指が動き、盾面に映る蝋燭の光が揺れた。
カイルの声が変わった。
「残党は叩く。コソコソ抜けるつもりはない。俺の城だ」
ガーレンが地図の角を押さえたまま頷いた。ミナが腕を解いて短剣の柄に手を置いた。トールの指が竜盾の縁で白くなるほど握り込まれた。
シャルロットが地図の廊下の線をなぞっていた。
指先が止まった場所は、北翼の回廊だった。
「久しぶりね、この城」
声は独り言に近く、誰に向けたものでもなかった。
ミナが横目でシャルロットを見た。
「シャロ姐さん、何か思い出した?」
「別に。ただ、この城の廊下は、昔、よく走ったなって」
シャルロットの指が一瞬止まっていた。
目が地図の廊下の奥に向いていて、何かを追っている、けれどすぐに指を離して、それ以上は口にしなかった。
肩の上で子猫となったノクスが身じろぎした。金色の目が王城のある方角を見つめて、尾の先だけが動いた。
手のひらを握り込んで、爪の感触を確かめた。開いた。
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