第155話 小さくなった
ノクスのS級昇格を祝って、その夜、ギルドが丸ごと宴会場に変わった。
グレヴァが全館貸し切りを宣言した。受付カウンターの上に料理が並び、依頼掲示板の前に樽が三つ積まれ、二階の会議室まで開放された。
非番の冒険者にまで伝令が飛んで、夕方には酒場に入りきらない人数が廊下まで溢れていた。
骨塚のヴェルガリオン討伐。千年に一度の偉業。ギルド支部の歴史に刻まれる夜だった。
討伐の証として卓の中央に置かれた黒い鱗を、冒険者たちが代わる代わる触りに来た。
指で弾いて音を聞き、持ち上げようとして重さに驚き、隣の仲間を呼んで「本物だ」と叫ぶ。
それが一晩中繰り返された。
香ばしい串焼きの煙と、こぼれた葡萄酒の匂いが、ギルドの天井まで立ち込めていた。床は早くも酒で湿り、誰かが踏むたびに杯の欠片が小さく鳴る。普段は依頼の貼り紙で埋まる掲示板が、今夜だけは誰も見ていない。
「ノクス様に乾杯!」
誰かが叫ぶと、百人分の杯が上がった。ノクスはカウンターの特等席で、冒険者たちが次々に差し出す干し肉を一切れずつ食べていた。
子猫の体には明らかに多すぎる量だったが、S級の猫の食事量に突っ込む度胸のある者は、このギルドにはいなかった。
「ヴィオラ殿にも!」
ヴィオラは杯を両手で抱えて、小さく口をつけていた。
A級の戦士に肩を叩かれ、B級のパーティーに握手を求められ、新人冒険者に「ど、どうやって古竜と戦ったんですか」と詰め寄られている。
そのたびに丁寧に頭を下げて、答えに困ると私のほうを見た。助けを求める目だった。
古竜と戦った神官が、酒場の宴会にたじろいでいる。
「リーラ殿にも乾杯!」
これは予想していなかった。
助手の私にまで杯が向けられて、周囲の冒険者たちが笑いながら拍手している。
「あの猫の助手が古竜から生きて帰ってきたぞ!」「助手って何してんの?」「知らん! でもすげえ!」
顔が熱くなった。葡萄酒のせいだと思いたかった。
宴は深夜まで続いた。グレヴァが二度目の樽を開け、料理長が追加の串焼きを運び、誰かが吟遊詩人を連れてきて即興の歌を歌い始めた。
「骨塚の魔法猫」という題だった。
三番まであって、全部でたらめだった。
ノクスの耳が怒りで倒れていたが、私だけがそれに気づいていた。騒がしくて、温かかった。
前世にはなかったものだ。二百年で一度も、こんな夜はなかった。
ただ、一つだけ気になった。この場にいない人のことを、考えていた。
北の山脈で剣を振っているはずの、カイルのことを。帰ってきたら、伝えなければならないことがある。
あなたの父上と兄上を取り戻す鍵が、見つかったと。
宴が終わって、部屋に戻った。
ノクスを枕元に降ろした時、手が止まった。軽い。
こんなに軽かったか。片手で持ち上がる。
前は両腕で抱えていたのに、今は指の間に収まってしまう。子猫のノクスが枕の窪みに丸くなった。
小さな背中が、呼吸のたびに上下している。あの背中は、もっと大きかった。
肩に乗ると重かった。走ると揺れて、爪が食い込んで、痛かった。
毛布を被った。暗い天井を見上げた。
隣で、小さな寝息が聞こえる。前は低い唸りだった。
今は、ほとんど聞こえない。耳を澄まさないと分からないほど、小さい。
涙が横に流れ、音を立てないように口を押さえた。枕元の子猫を起こしたくなかった。
この子は、私のために小さくなった。声も、出なくなった。
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