第139話 一瓶の薬
翌朝、中層の薬師まで走った。店の親父に症状を伝えて、一番効く薬を一瓶買った。
懐から革袋を出した。ギルドで稼いだ報酬の大半と、中層の薬師で買った薬が一瓶。
たった一ヶ月分の薬で、ギルド報酬二ヶ月分が飛んだ。
ガナ婆の部屋の扉を叩いた。
「誰だい、こんな時間に」
「あたし」
扉が開いた。
杖をついたガナ婆が、寝巻き姿で顔を出した。革袋を差し出した。
中で瓶と銅貨が擦れて、重い音を立てた。
「婆ちゃん、これ。足の薬。中層の薬師で買ってきた。一ヶ月分しかないけど」
ガナ婆の目が、革袋と、あたしの顔を、行ったり来たりした。
「なんで」
「なんでって、足、放っとけないでしょ」
「そうじゃないよ」
ガナ婆の声が震えた。杖を持つ手の甲に、血管が浮いていた。
「あんた、若いのに。若い子は、自分のために使いなさい。こんな婆さまに」
「婆ちゃん」
「あんたの稼ぎだろう。欲しいものがあるだろう。なんでこんなもう長くもない婆さまなんかに」
声が途切れた。ガナ婆の目尻から涙が落ちた。
杖を持ったまま、空いた手で目元を拭おうとして、指が震えて、拭いきれなかった。
「ばか言わないで。婆ちゃんがいなかったら、あたし、とっくに死んでた」
革袋をガナ婆の手に押し込んだ。皺だらけの指が、革袋を握り返した。
力が弱かった。
「飲み方は薬師がくれた便せんに書いてある。朝と晩、一匙ずつ。なくなる前に、また持ってくるから」
ガナ婆が小さく頷いた。涙を拭かないまま、革袋を胸に抱えた。
「ありがとうね」
その声が、あたしの胸の奥を、ぎゅっと掴んだ。
翌朝、リラが起きてくる前に身支度を済ませた。井戸で顔を洗って、荷を背負った。
リラが目を擦りながら庭に出てきた。あたしの荷を見て、目が覚めた。
「もう行くの」
「うん」
「また来てくれる?」
「来る」
リラの肩を掴んだ。
「リラ、黒い外套の男が来たら、絶対についていくな。ダールにも言え。あたしが戻るまで」
リラが頷いた。強く。
門を出た。振り返らなかった。
石畳を踏む音が、朝の空気に一人分だけ響いた。
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