第127話 「また、ここで食べよう」
朝日が別邸の食堂に差し込んでいた。窓辺の薬草の鉢が光を受けて、葉の縁に露が一つ光っている。パンの焼ける匂いと、スープの湯気が漂っていた。
席に全員が揃っていた。
カイルが窓際の椅子に座って、干し肉を齧っている。隣でトールが大皿のパンを三枚重ねて頬張りかけていた。
ミナがトールの向かいで紅茶を啜りながら「あんた、食べすぎ」と呟いている。
ガーレンは壁際の椅子で腕を組んで目を閉じていた。ルーシェがその隣で押収品の整理ノートを膝に広げている。
フィオレが紅茶のポットを持って席の間を回っている。兎耳が朝日の中で柔らかく揺れていた。
ノクスは私の膝の上で丸くなっている。
朝食の匂いに鼻がひくついたが、動かなかった。
食事が一段落した頃、スプーンを置いた。
「皆さんに、お話があります」
声が食堂の空気を切り、全員の視線がこちらに集まった。
トールがパンを咥えたまま固まっている。
「私、サフィアルの古代神官図書館に、使徒の資料を確認しに行ってきます。ヴィオラさんとノクスと一緒です。一ヶ月くらい、戻れないかも」
カイルのスープの匙が、皿の縁で止まった。
「サフィアルか。護衛はどうする」
「ただの図書館調査だから、護衛はヴィオラさんで十分です。それに、神聖教皇国がサフィアル南方に置いている古代神官図書館分院は、戒律で女性しか入れない区域なんです。男性は入口で止められる」
ヴィオラがスプーンを置いて、補足を入れた。
「神聖教皇国の南方分院は、古層神官術の文献庫を女性のみの聖域として管理しております。サフィアル連合の領域内ですが、運営は教皇国が代々担っております。リーラ嬢の御身は私が責任を持って」
カイルの眉が動いた。口元に何かが浮きかけて、飲み込まれた。視線が私とヴィオラの間を一度往復して、皿に戻った。
「分かった。お前を信じる」
その言葉が、胸の奥を刺した。
嘘をついている。
この人が一番大事にしているものを取り戻すために行くのに、それを伝えられない。
「ありがとう、カイル」
喉の奥が詰まりかけたが、最後まで言えた。
それだけが救いだった。
カイルが干し肉を齧り直して、椅子の背に体を預けた。
「それなら俺は北方の剣鬼ヴァロアのところに修行に行く。リーラが戻るまでの一ヶ月、ちょうどいい」
カイルの視線がトールに向いた。
「トール。お前も来るか。盾だけじゃ足りない相手が出てくる」
トールが頬のパンを一気に飲み込んだ。
「うすっ! ご一緒させてください!」
「お前をもっと強くする。俺も新しい技を覚えたい」
カイルの声には迷いがなかった。
修行の場所はもう決めていたのかもしれない。北方山脈の剣鬼。冒険者の間で噂になっている隠者だった。
ルーシェが膝の上のノートを閉じた。
「私は、別邸に残ります。補給拠点から持ち帰った押収品と古代文献。たまりにたまっていますので、この一ヶ月で整理と研究を一気に進めます」
ガーレンが壁際で目を開けた。腕を組んだまま、低い声で。
「一つ報告がある。今朝の伝聞紙に載っていた。ハイレドンの補給拠点が吹き飛んだ件。この国にも届いている。国の与り知らぬところに大量の爆薬が備蓄されていたと、王都で大問題になっているらしい」
食卓の空気が一瞬引き締まった。
「結社の名前はまだ出ていない。だが、誰かが嗅ぎ回り始めるのは時間の問題だ。俺は街道沿いの諜報網を再構築しながら、その動きも拾う。週に一度は別邸に戻る」
ミナが紅茶のカップを皿に戻した。
「あたしは下層に戻る。久しぶりに修道院に帰るよ」
フィオレが紅茶のポットを胸の前で抱えて、小さく頭を下げた。
「私は、別邸を守ります。ルーシェ様のご研究もお手伝いいたします」
兎耳が、少しだけ緊張したように立っていた。
一人一人の声を聞きながら、胸の中で数えていた。全員が、それぞれの場所へ散る。一ヶ月。その間に、私は古竜を倒して、カイルの家族を救う触媒を持ち帰る。
ノクスが膝の上で尾を一度揺らした。金色の目が半分だけ開いて、私を見ている。
「お前、顔に出てるぞ」
ノクスに小声で言われて、口元を引き締めた。
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