第125話 封蝋の山
午後、リーラはガーレンから届いた結社の追跡報告を持って、シャルロットの部屋を訪ねた。
シャルロットは机に向かっていた。机の上に、分厚い封書の山が積まれている。封蝋に侯爵家の紋章がいくつも並んでいた。
「シャロ、それ」
「求婚状の山よ。父様が断りきれなくて、半月後に何人か実家で会わせるって」
シャルロットが封筒の山を指先で軽く弾いてから、紅茶を淹れてくれた。二人で窓際の椅子に座った。
「温泉でも話したやつよ。並んでる札の中から一枚、ね」
シャルロットが紅茶を一口飲んだ。カップを置く仕草が、いつもより少し荒かった。
「あたしは、剣で殴り合えて、酒も奢ってきて、馬鹿話で一緒に笑える、そういう男じゃないと、退屈で死んじゃうわよ」
――それ、ものすごく具体的な男の話してるわよね。
紅茶のカップを置いて、黙ってシャルロットの顔を見た。シャルロットの目が泳いだ。自分が何を言ったか気付いたらしい。咳払いが一つ。
「まあ、義理は果たすわ。半月後、断りに行ってくる。その前に、ちょっとサフィアルのスイオン島まで寄るけど」
「他流試合?」
「ええ、約束してたから」
ふと、机の隅に小さな布袋が置いてあるのが目に入った。口が開いていて、中身が覗いている。
小さな剣の柄飾り。細工が丁寧で、蒼月の紋様が彫り込まれている。
「シャロ、これは」
シャルロットが紅茶のカップを置いて、さっと布袋の口を閉じた。
「シャロ、誰かいい人がいるの?」
シャルロットの頬が、ほんの一瞬だけ赤くなった。すぐに視線を窓に逸らした。
「人の恋路に首突っ込むんじゃないわよ」
「あ、認めた」
「認めてない。あたしのことはいいから、自分の心配しなさい。カイル殿下、放っておくと他の女に取られるわよ」
耳が熱くなった。シャルロットが笑う。いつもの、勝気な笑い方だった。
つられて少し笑って、そのままシャルロットの手を、両手で握った。
「シャロ」
「何よ、急に」
「話したくなったら、言ってね。私たち、血はつながってないけど、姉妹なんでしょ?」
言ってから、自分の顔が熱くなるのが分かった。シャルロットが目を丸くして、それから、ふっと力を抜いた。
「ありがと、リーラ」
シャルロットが、ぎゅっと握り返してくれた。
*
シャルロットがスイオン島へ発った夜、フィオレが手紙を持ってきた。ノエルからの返事だった。
封を開けた。中に便箋と、一枚の紙が入っていた。
便箋には、拙い字が並んでいた。
「お姉ちゃま、お歌、覚えました。早く帰ってきてね」
紙のほうは、絵だった。薬草園。緑の丸がたくさん並んでいる。
その真ん中に、金色の棒と銀色の棒が並んで立っている。金色がノエル。銀色が私。
足元に黒い丸が一つ。ノクス。
前に見た絵と違うところがあった。右端に、白い兎の絵が加わっていた。耳が長くて、丸い目をしている。フィオレの絵だった。
横を見ると、フィオレが立っていた。兎耳が顔の横にそっと寝て、目が潤んでいる。
「私も、描いてくださっていたのですね」
「うん。ノエルは、ちゃんと見てる」
フィオレの耳が、一度だけぴくりと動いた。
カイルが部屋に入ってきた。扉が鳴って、革のブーツの足音がいつもの歩幅で近づいてくる。隣に立ち、ノエルの絵を覗き込んだ。
「ノエルの歌、また聴きたいな」
「うん。落ち着いたら、薬草園で歌ってもらう」
「あの子、俺のこと覚えてるかな」
小さく笑って答えた。
「あの日、井戸の中から連れて帰った人を忘れるわけないでしょう」
窓から夕日が差し込んでいた。ノエルの絵の上に、橙色の光が落ちている。銀色の棒と金色の棒と黒い丸と白い兎が、夕日の中で温かく見えた。
フィオレが空のカップを盆に纏めて、静かに頭を下げた。
「お夕飯の支度に降ります。失礼いたします」
兎耳が一度だけ揺れて、扉が音もなく閉まった。
気を遣ったのが、すぐに分かった。カイルの手が、私の手をそっと取った。今度は躊躇なく指が自然に重なり、手のひらが温かかった。
「リーラ」
「うん」
「お前を信じている。お前が何を抱えていても、俺は隣にいる」
あの渡り廊下の夜とは、違う声だった。喉の奥が詰まって、言葉が出なかった。
カイルの胸に、額をつけた。心臓の音が聞こえた。速かった。私の鼓動と混ざって、どちらがどちらか分からなくなった。
カイルの腕が、背中に回った。短い動きなのに、強かった。確かな腕の中に、体ごと包まれた。
カイルの息が、髪の上に一度だけ触れた。別邸の窓辺。
夕日が二人の影を、一つに伸ばしていた。
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