第122話 「隣、いい?」
トールは、離れの縁側で、足湯の木桶に片足を浸けたまま、盾を膝に立てかけていた。
肩口の傷はもう塞がってる。けど腕を上げると引き攣るんだそう。あたしが見てる前で、何度か顔をしかめた。
それでも盾を傍に置く癖は、抜けないみたいだった。
隣に座って、足を湯に入れた。お湯がぬるくて、ちょうどよかった。
「トール」
「はい」
「トール、あの戦闘の時に、あたしの胸掴んだの、覚えてる?」
トールの耳が、一瞬で赤くなった。首まで赤い。
「わ、わざとじゃないっす、っ」
「知ってるわよ。で、感想は」
「か、感想っ!?」
トールの声が裏返って、足湯の湯が波立った。盾が膝から滑り落ちて縁側の板にがたんと当たった。
「聞いてんだから答えなさいよ」
トールが口を開いて、閉じて、もう一度開いた。耳の先から蒸気が出そうなくらい赤い。
「か、感触は、覚えてるっす」
止まった。あたしの脳が止まった。
「ば、馬鹿っ、何考えてんのよっ!」
叩こうとした手が途中で止まる。だって聞いたのあたしだ。自分で振っておいて何怒ってんだ。
顔が燃える。湯気でごまかせる熱じゃない。
「で、でも」
声が勝手に出た。止められない。
「つ、付き合ってるし、さ。さ、触っても、問題ないし」
最後のほう、声がどんどん小さくなった。両手で顔を覆った。指の隙間から湯気が入ってくる。
あたし今なに言った。なに言った。
隣が、完全に、沈黙している。指の隙間から横を見た。
トールが盾を拾おうともせず、膝の上で両拳を握って、月を見上げている。耳が赤いどころか、首筋まで全部赤い。唇をきつく結んで、息止めてる。
木桶の底がことりと鳴った。それきり、二人とも動けなかった。
――トール、何か言ってよ。
――いや、言わないで。
今あたしも限界だから。
トールの肩が動いた。自分の肩を、あたしの肩にそっと寄せてきた。ぶつからない力加減で、ただ、触れるだけ。
息が止まった。横を見上げると、トールは前を向いたまま、口元だけが少し緩んでた。
「まあ、ゆっくりでいいわ」
声が小さくなった。何言ってんだろ、あたし。ゆっくりって何が。自分でもわかんない。
湯の中で、足の甲が、トールのくるぶしに触れた。あたしから動かしたのか、トールから動いたのか、分からない。たぶん、両方。そのまま、どっちも、動かさなかった。
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