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第114話 血錆の刃(五)九本の槍

「承りました、ルーシェさん」



 ヴィオラが両手を、組み上げていく。指の間に深紅の光が立ち上がる。


 出力が二段階上がっていく。前回より、明らかに濃い色だった。



「封印」



 深紅の鎖が、ザイラの影に絡みついた。今度はしっかりと、影を絞めている。


 ザイラの動きが、揺らいだ。



「カイル殿下、お願いします」



 ヴィオラの声が静かだった。


 カイルがすでに走っていた。フレイムソードを腰だめに、トールの後ろから一歩出る。



「リーラ、ノクス殿の援護を頼む」



 私は頷いた。ノクスがすでに肩から飛び降りていた。


 前足で床を派手に一打、金色の目を見開いて影の中心を睨む。その間に、私の指先が、誰にも見えない角度で古い言語を細く編んだ。


 剣身を撫でる魔素の波動。


 前世の私は攻撃専門で、支援はあまり使わなかったが、カイルの剣には、これが要る。


 フレイムソードの刃に、青白い波動が乗った。影を物理的に貫通する、古代の波長。



「あの黒猫、また何か」



 ザイラが呟いた。



 同時に、ヴィオラがもう一つ、術式を組んでいた。



 片手は影への封印を維持。もう片手の指が左右に分かれて、シャルロットの太腿とルーシェの脇腹の二方向に、それぞれ治癒術の白い光を流している。


 横目でそれを見て、私は内心、舌を巻いた。前世の私でも、封印と治癒を、ここまで滑らかに三人分を平行して回せたかどうか。


 ザイラが影の腕を四方に伸ばして、波状攻撃に出た。封印で動きを削られたうえに、影の出力が散り始めている。


 それでも、まだ速い。



「シャルロットお嬢様とルーシェ先生の傷は、私が見ております。ご安心ください」



 ヴィオラがカイルの背に声を投げた。



「ありがたい」



 カイルが踏み込んだ。



「焔穿――」



 焔の槍が、波動を乗せて伸びた。ザイラの胸の中心を狙った。



 ――だが。



 ザイラが、辛うじてそれを身を捻って避けた。素早さだけが異常だった。


 胸を掠めただけに見えた。カイルの踏み込みが、わずかに浅かったようだ。


 胸の古傷を押さえて、膝が落ちた。ザイラが嘲笑した。



「あら、遅いわね、王子様」



「トール! 盾共鳴だ!」



 カイルが叫んだ。



「了解っす!」



 トールが既に動いていた。盾を正面に据え、両膝を深く落とす。



「肩、まだ痺れてるっす。けど」



 ヴィオラがトールの足元に治癒術の光を一筋送った。


 白い光が、足から膝、腰へとゆっくり昇っていく。トールが目を見開いた。



「ヴィオラさんっ、魔法のおかげか、身体、少し軽くなったっす!」



「まだ保ちます。集中なさってください」



「はいっす! いけるっす!」



 盾の中心、ドルクが施した共鳴対応の刻印が、青白く脈を打ち始めた。



「ミナさん、頼むっす!」



「任せろ!」



 ミナのナイフが、連続で四本、五本、六本。指の間から続けて飛んだ。ザイラの周囲にナイフが雨のように降って、影の腕を一本ずつ削っていく。


 ザイラが両手の短刀でナイフを弾くのに集中せざるを得なくなった。



 ヴィオラの指が、続けて別の術式を組んだ。



 両手の指が左右に分かれて、二人別々の的に向く。



「カイル殿下に速度、トール殿に追加の防御魔法を重ねます!」



 カイルの足元に淡い緑の光が広がった。速度上昇の支援術式。


 同時に、トールの盾の魔素膜の外側に、もう一層、深紅の保護壁が重ねられた。防御強化。


 息を呑んだ。


 さっき三重平行を見たばかりなのに、その上にまた違う種類の術式を重ねてきている。カイルがフレイムソードを、トールの盾の中心に向けて構えた。


 剣の刃の波長と、盾の刻印の波長が、空中で噛み合う。



「盾共鳴。焔穿!」



 カイルが突きを放った。焔の槍が、盾の刻印に触れた瞬間、共鳴した。


 増幅された出力で、盾を抜けて、トールの背後に九本の槍が同時に伸びた。波動と速度と共鳴が乗った焔は、もはやただの突きではなく、刃の壁になっていた。


 ザイラの素早さでも、今度は避けきれなかった。九本のうち五本がザイラの胴体を貫いた。


 波動を帯びた焔は、影の自己修復を貫通して、肉体ごと焼いた。ザイラが膝をついた。


 今度こそ、影の瘴気が薄くなっていく。トールが盾を抱えて膝をついた。


 盾の刻印の青白い光が、共鳴の代償で薄れていく。盾の縁に、新しい亀裂が一本走っていた。



「届いたっすね、カイルさん」



 カイルの肩がトールの肩に一度だけ触れた。



「ああ。皆のおかげだ」



「ヴィオラ、貴女、見つけたのね」



「第九を」



 声が掠れていた。


 血が、本物の血が、口の端から伝った。



「マヌエル様の、世界が、来るわ……あんた達には、止められない」



 目が閉じた。ヴィオラが静かに歩み寄って、ザイラの傍に膝をついた。


 両手を胸の前で組んで、短い祈りを捧げた。



「ザイラ、あなたの選択は、悲しかった」



 倉庫の奥に、沈黙が広がった。松明の炎だけが揺れていた。


 シャルロットが息を切らせたまま、双剣を鞘に戻した。



「これで、終わりよね?」



 ガーレンが頷いた。



「拠点の警報も無効化済みです。残党は雑兵のみ。撤収に移ります」


お読みいただき、ありがとうございました。

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