第111話 血錆の刃(二)毒と治癒
毒の刃を受けたトールの膝が、目の前で崩れかけていた。私は息を呑んで、駆け寄った。
奥の柱の影に潜んでいたガーレンが、吹き矢を口にくわえたまま、低い姿勢で柱から柱を渡って一気に距離を詰めた。トールの横に滑り込み、肩口の傷を一目見る。指先で傷の縁に触れ、紫の液体を親指と人差し指で擦り合わせて、鼻に近づけた。
「神経毒です。アコニトゥム属。すぐ動けなくなる」
腰のポーチを開けた。薬草の束と小瓶を二つ取り出して、片手で蓋を外しながらもう片方の手でトールの肩を押さえた。
ヴィオラが反対側から駆け寄った。トールの肩に手を当てて、白い光が指先から静かに広がった。古代神官術の治癒。正確で、柔らかい光だった。
「肩口の止血と組織修復を進めます。ガーレン殿の解毒薬が効くまで、体は保てるかと」
傷口の出血が緩やかに止まっていく。ヴィオラの手が動くたびに、トールの呼吸が少しずつ安定した。
私はトールの反対側の肩に手を当てた。指先で、声にならない古い言語を細く流した。ノクスが肩の上で前足を一歩踏み出した。金色の目が半分だけ開いている。
魔力がトールの心拍と呼吸に乗った。血流が安定して、顔色がわずかに戻った。
毒は中和できない。それは、前世の時も同じだった。でも心臓を動かし続けることはできる。呼吸を支えることはできる。ガーレンの薬が効くまでの時間を、稼ぐことだけは。
「ノクスの加護で、心拍と呼吸は保てる」
ガーレンが腰のポーチから小瓶を一本、迷いなく抜き出した。
諜報員の常備品。よくある毒に対する解毒剤を、いつもいくつか携行している。
「アコニトゥムの解毒剤です。進行は止まります」
蓋を歯で抜いて、トールの口に流し込んだ。トールが咳き込んで、薬の苦さに顔を歪めた。
その瞬間、空気が動いた。
「カイル!」
シャルロットの叫びとほぼ同時に、ザイラの影が伸びていた。
六本の短刀が、治療に集まった私たちを一斉に襲った。
カイルが私たちの前に飛び出した。フレイムソードが弧を描いて、二本を弾き、三本目を焼き切る。残り三本が左右に散って、カイルの脇を抜けようとした。
シャルロットが右の脇に滑り込んだ。太腿の傷を引きずりながらも、双剣の交差で二本を受け止め、最後の一本を流した。
刃が壁に突き刺さって止まった。
ザイラがゆっくりと、影の短刀をまた呼び戻した。
「治療している間に、片付けたかったんだけどね」
シャルロットが双剣を構え直したまま、肩越しに短く吐いた。
「ガーレン、まだ?」
「終わった。心拍が戻りつつあります」
ミナがトールの反対側に膝をついた。声が震えていた。
「馬鹿。あんた、また、あたしの目の前で」
「ミナさん、すみません」
「ぶ、無事ならいいんだからねっ」
ミナの声が裏返った。
トールの手を両手で掴んで、離さなかった。
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