第109話 「まだ来るっす!」
倉庫の最奥、鉄の扉の向こうから、重い足音が複数響いていた。扉が内側から蹴り開けられた。
現れたのは十人の集団。その後方から、四足の影が三体、滑り出るように進み出てきた。
先頭の男たちは、金属の胸当てを纏い、剣の柄には古代文字の刻印がある。その目の奥には魔力の残滓が妖しく帯びていた。獣の纏う魔力は、それを遥かに凌駕していた。
使役獣は背丈が成人男性の胸ほどある。体表が艶のない黒い甲殻に覆われ、頭部に角が二本、四本足の関節が逆に折れている。
結社が呪術で改造した使役獣。文献でしか見たことがない、本来は神話の獣だ。
「使役獣、古代禁術級に似ています!」
ルーシェの声が後方で震えた。
カイルの焔穿が先頭の人間に伸びた。
胸を狙った一撃が、弾かれた。
古代術式の障壁が一瞬だけ光って、焔を散らした。同時に、左から黒い甲殻が跳んできた。
トールが盾を翻して受け止めた。鉄板が悲鳴を上げ、トールの足が床を擦って後退した。
獣の爪が盾の縁に深い溝を残した。
「もっと要る」
カイルが舌打ちした。
シャルロットが風魔法を双剣に乗せて突っ込んだ。疾風斬りが二人の胸当てを裂いたが、倒れない。
膝をついて、すぐ立ち上がる。二体目の使役獣が右側面から跳んだ。
シャルロットが背中の気配を読んで身を捻った。獣の爪が双剣の腹を擦って、火花が散った。
獣は壁を蹴って三度躍り、二歩離れた地点で再び低く構える。
「化け物っ、並みの獣じゃないわよこれ」
ミナがトールの盾の横から飛び出して、双短剣で一人の脇を刺した。今度は倒れた。
間髪入れず、三体目の獣がミナの背後に滑り込もうとした。
「ミナさんっ後ろっす!」
トールが叫びながら、片手でミナの腰を引き寄せた。
盾の陰に体ごと引き込もうとして、位置が、ずれた。
太い指が、革の胸当ての上から、思いきり鷲掴みにしていた。ミナの目が見開かれた。
獣のことを忘れた。
「ど、どこ掴んでんのよっ馬鹿トールーーっ!」
「えっ、すんませんっ、わざとじゃないっす!」
「分かってるわよ馬鹿っ、戦闘中だってのっ!」
その怒鳴り合いの間に、トールの盾は反転して獣の鼻先に鉄板を突き出していた。獣の頭部の二本角が盾に食い込み、引き抜けないまま、もう一本の角が鉄板を裂いた。
胸を掴まれたままミナが盾の陰で身を捻り、双短剣で獣の脇を二度突いた。
「も、もういいけどねっ、戦闘戻るわよっ!」
ミナがトールの手を振り払って正面に向き直った。
顔が真っ赤なのは、戦闘の熱気のせいだけではなかった。
ガーレンの吹き矢が獣の喉笛に刺さった。即効性の高い神経毒。
獣の動きが鈍り、二秒遅れて崩れた。
「獣にも毒は効くか」
ガーレンが次の矢を装填しながら呟いた。
ヴィオラの治癒術がトールの擦り傷を塞いだ。白い光が肩口を撫でて、血が引いた。
倉庫の中が焔と金属音と獣の咆哮と怒号で満ちた。
ルーシェが後方で古代文献の巻物を広げていた。眼鏡の奥の目が、天井の魔導灯の明滅パターンを追っている。
「皆さんっ、待ってください! この警報。古代術式の通信回路です! 止めないと援軍が来るかも知れません!」
カイルが振り返った。
「止められるか!」
ルーシェの指が巻物の上を走った。
「止めます。三十秒ください!」
ヴィオラの結界がルーシェを包んだ。矢が二本弾かれた。
同時に、二体目の獣がルーシェの結界を狙って跳んだが、壁に弾き返されて床を転がった。ルーシェが天井の魔導灯に向かって、古代語の解呪式を唱えた。
声が震えていたが、術式は正確だった。魔導灯の赤い明滅が止まった。
警報音が途切れた。
「遮断しました。通報は届いていません」
カイルが頷いた。
「助かった」
立ち上がった二体目の獣に、カイルの焔穿が真横から伸びた。三本の槍が同時に獣の胴を貫き、断末魔が倉庫の天井に反響した。
最後の一体の使役獣が沈黙するまで、さらに五分かかった。
全員が息を切らしている。トールの盾に深い凹みが三つと、角で裂かれた長い溝が一本増えていた。
シャルロットが汗を拭いた。
「やったか」
倉庫の最奥。もう一つ、扉があった。
お読みいただき、ありがとうございました。
この物語を見届けたいと思ってくださったら、ブックマークと★で、そっと背を押していただけると嬉しいです。毎日更新しています。




