第108話 月が隠れた
翌日の深夜。
月が厚い雲に隠れた瞬間、全員が一斉に動き出した。目指すは拠点の裏口。ガーレンが昨夜の偵察で目を付けた、荷運び用の狭い通用口だった。
鉄の錠前を、ガーレンが腰のポーチから取り出した細い金具二本で三秒で外した。音はしなかった。
先頭にカイル。その横にシャルロット。
ガーレンが暗闇の中を先導し、トールとミナが中央で盾と双短剣を構えている。
私とノクスはその後ろ、フィオレとルーシェ先生が最後尾から続いた。
肩のノクスの爪が、外套の縫い目に食い込んでいる。金色の目が闇の中で細まり、私だけに届く低い声で囁いた。
「気を張れ。中に古代術式の臭いがする」
背筋が冷えた。
出発前、ヴィオラが静かに頭を下げていた。
「私もご一緒させてください。教皇国内部の結社の配置を知る者として、お役に立てるかと存じます」
ルーシェが眼鏡を直しながら続けた。
「あの、私も。古代術式の解析、現場で行うのが最も確実で迅速かと」
カイルが二人を見た。
「ヴィオラ殿は治癒と結界。ルーシェ先生は解析と鑑定。両方、戦力になる」
シャルロットが腕を組んで横目で一同を見回した。
「女戦力、層が厚くなってきたわね」
ガーレンが短く息を吐いた。
「心強い」
ノクスは私の肩にいた。前足が鎖骨の上を踏んで、金色の目が闇の中で細まっている。
通用口を抜けると、倉庫の内部は予想以上に広かった。天井が高く、木箱と樽が壁際に積み上げられている。松明の代わりに魔導灯が等間隔で吊るされていて、青白い光が箱の角を照らしていた。
空気が、夜の倉庫にしては乾いている。魔導機関の余熱だ。中央の貯水池から引いた魔素が、まだ流れているのかもしれない。
ガーレンの手が上がった。止まれ、の合図。
見張りが二人、木箱の隙間から顔を出した。ガーレンの吹き矢が音もなく飛んだ。一人が崩れ、もう一人が声を上げようとした瞬間にシャルロットの双剣の柄が喉元を打って沈黙させた。
奥へ進んだ。二つ目の倉庫に入った瞬間、警報が鳴った。
天井の魔導灯が赤く明滅して、金属を叩くような甲高い音が倉庫群全体に反響した。
木箱の陰から、通路の奥から、梁の上から、結社員が一斉に現れた。
三十人。剣を抜いた者、杖を構えた者、素手で拳を固めた者。統率された動きではなかった。警報に反応して駆けつけてきた雑兵の群れだ。
私はフィオレを背中に庇う位置まで下がった。ルーシェ先生の腕も同時に引いて、最後尾の木箱の陰へ寄せた。
「先生、ここから動かないで」
「は、はい」
カイルが一歩前に出た。フレイムソードの刃が朱に染まった。
「焔穿」
突きの軌跡から、焔の槍が三本同時に伸びた。一本目が正面の結社員の胸を貫き、二本目が右側面の二人を薙ぎ、三本目が天井の梁に張り付いていた弓手を叩き落とした。
シャルロットが横を抜けた。双剣が弧を描いて、五人の足元を払った。崩れた体が木箱にぶつかって、箱が割れた。
中から干し肉の束が散らばった。補給物資だ。
トールが盾を構えて前に出た。三人の結社員が同時に斬りかかって、刃が鉄板に弾かれた。
その隙にミナの双短剣が脇腹を二つ抉った。
「まだ来るっす!」
トールの声が倉庫に反響した。左側の通路から十人が雪崩れ込んできた。
ヴィオラの手が動いた。両手を腹の前で組み、唇が古い言語を紡いだ。白い光の壁が一同を囲むように展開して、飛んできた矢と投擲ナイフを弾いた。
「結界、維持いたします。お気になさらず」
声に力みがなかった。白い光が安定して揺れもしない。
ガーレンの吹き矢が暗がりから連続で飛んだ。結社員が三人、声も出さずに倒れた。首筋に細い針が刺さっている。
ミナが結界の隙間から飛び出した。低い姿勢で二人の膝裏を斬って崩し、三人目の首筋に柄を叩き込んだ。
残りの結社員が後退し始めた。カイルの焔がもう一度走って、退路を塞いだ。挟まれた結社員が武器を捨てて膝をついた。
三十人が沈黙するまで、息を数回吸って吐くほどのわずかな間だった。
シャルロットが双剣の血を払った。
「これで終わり、じゃないわね」
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