第10話 「一緒に依頼を受けない?」
ギルドに戻った。夕方の受付はいつものように閑散としていた。カウンターに数人の冒険者が報告書を書いているだけ。
カイルがカウンターに歩いていって、報告書を受付に出した。脇腹の布が裂けて血が滲んでいたが、構わず立ったまま喋り始めた。
「下層で双頭の魔獣に遭遇しました。俺が吹き飛ばされた後、気がついた時には、ノクス殿が仕留めていました」
カイルが革袋から双頭の角を四本、カウンターに並べた。赤黒い角の先端が、ギルドの灯りの下で微かに紫に光った。
空気が変わった。
近くで報告書を書いていた冒険者が手を止めて顔を上げた。奥のテーブルにいた者も立ち上がり、カウンターの前に人が集まり始める。声が飛び交う中、ギルドマスターのグレヴァが身を乗り出して角を見つめた。
グレヴァの顔が変わった。角を手に取って裏返し、先端を指先で弾くと高く澄んだ音がして、表情が引き締まる。
「これは、双頭の瘴気獣だ。Bランク指定討伐対象。下層に出たのか」
「はい」
「ノクス殿が?」
「はい」
グレヴァが角をカウンターに戻した。手が微かに震えている。それを隠すように腕を組んだ。
周囲の冒険者たちがざわめいた。
「おい、Bランク指定だぞ」
「護衛依頼でたまたま遭遇して、猫が単独で」
「角四本って頭が二つある方のやつだろ。嘘だろ」
「嘘じゃねえよ。角見ろ。あの色は瘴気獣だ」
「やっぱり猫様か」
「Aランクは格が違う」
ノクスが、私の足元でくるりと一回転した。胸を反らし、尾をぴんと立てた。
「これがAランクの貫禄というやつだ」
前足で髭を撫でつけ、にゃあ、と一声鳴いてみせる。
肩が、勝手に揺れた。瘴気獣を焼いたのは、私なのに。
報酬を受け取った。双頭の瘴気獣討伐の追加報酬まで上乗せされていた。
全部「魔法猫ノクス」の戦功として記録された。
―――別れ際だった。
カイルが出口に向かって歩いていく。革の胸当てに血の跡が残り、脇腹の布が大きく裂けている。それでも歩く背中は真っ直ぐだった。
夕日がギルドの窓から差し込んで、カイルの影が私の足元まで伸びていた。
この男は耳がいい。勘がいい。近くにいたら、いつか詠唱を聞かれる。
離れるべきだ。ずっとそうやってきた。
近づきすぎた相手とは距離を取る。それが一番安全で、誰も傷つかない。
カイルの背中が遠くなっていく。あと三歩で扉を抜ける。
指先がまだ震えていた。耳の奥で、あの声が、もっと古い声と重なっていた。
なのに、目の前の男の胸当てに滲んだ血の赤が、目に刺さって離れない。
「カイル」
弱い奴が先に死ぬのはおかしい。
カイルが言った言葉が、まだ胸の中にあった。おかしいなら、私が隣にいればいい。
カイルが振り返った。
「明日から、一緒に依頼を受けない?」
あの魔獣の前で決めたことを、そのまま口にしただけだった。
カイルがわずかに目を見開いた。
「掲示板に遺跡の調査依頼が出てた。ノクスもいるし」
理由は決まっている。でも弱い助手がそれを言えるわけがない。
だから取り繕う。ずっと、そうやってきた。本音を隠して、もっともらしい言葉で包む。
カイルの口の端がわずかに動いた。笑みではなかった。もっと小さな何か。
「朝七時にここで」
「はい」
「遅れるな」
「遅れない」
カイルが背中を向けて角を曲がり、脇腹の裂け目から覗く血の赤が最後に見えて、それも消えた。
ノクスが私の足首に体をこすりつけた。一周。何も言わなかった。
私は自分の手を見た。震えは止まっていた。
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