貢物 「新婚夫婦と猪」
みつぎもの 「寄せ書きとナマモノ注意」
シズルはつい先日デュオと結婚した。
結婚自体は実にあっさりしたものだった。
・・・と言いたいところだが、そこに漕ぎ着けるまで実に様々な出来事があった。
まず使い魔ザカリにいきなり巣立ち宣言をされてしまった。
尊敬するアディス兵団長に諭された結果だが、その事を渋るシズルは何と『子離れしろ』とザカリ本人に説教されてしまったのだ。
もふもふの癒しの魔物製の『抱き枕』の自立宣言に、シズルは泣く泣くその『抱き枕』をテッセラの部屋へ送り出した。
で、案の定というか予想通りというかシズルがザカリを送り出した直後、「独り寝は寂しかろう」とデュオがいそいそ部屋にやってきたのだ。
ここまで己の欲望に忠実だと寧ろ清々しい。
しかし『抱き枕』の造反に苛ついていたシズルは、ザカリの言葉を引用して「おとなだからへいき」と笑顔でデュオを追い返した。
もちろん怒りのオーラを背負い、拳をちらつかせたのは言うまでもない。
結婚そのものについても、国王バシレウスが介入して危うく国を挙げての結婚式になりかけた。
そこはジークハルトの尽力もあって、阻止しすることには成功し、ふたりは平民同様、銀紙署名だけの地味婚ができる事になった。
だがしかしその銀紙署名自体が、国王夫妻とミゼンのお陰で大変な事になったのだ。
デュオは平民といえど、王城お抱えの魔導士の中でもひと握りの『番号持ち』という特権階級に属している。その立場のせいで、貴族並みのお堅い婚姻証明をする必要があった。
証人二名。
これは貴族籍を持つシルベスタとアディス団長によって既に署名を済ませてあった。
国王と領主の署名。
これはバシレウスとジークハルトが行うものと決まっている。
あとはもちろんシズルとデュオの署名だ。
通常は本人たちを含め六名の署名で終了だった。
それにも拘らず皆が寄ってたかって署名をしたがり、最終的には学生が卒業式に貰う色紙のような状態になってしまったのだ。
まずミゼンが「親友なのだから自分も証人として署名をさせろ(意訳)」と言い出した。
デュオが渋々承諾すると、そこからは堰を切ったように我も我もと皆が群がり始めたのだ。
言い出しっぺの『国王付き』魔導士0がにこにこと署名をすると、元祖凶悪天然で女性最高位の『王妃』オルタンシアが「あらそれならわたくしもしなくてはね」と至極当然の事ようにさらさらと署名した。
ここまではまだ許容範囲だったが、その事を知ったルカが、「同郷のよしみで是非署名させてください」と涙目で懇願し、「それならぼくも!」とただ単に面白がったテッセラがそこに加わった。
そして何故か『国王欄』に署名したにも拘らず、バシレウスまで『証人欄』に書き込んだのだ。
「証人は多い方が良かろう」とはバシレウスの言である。
デュオはなんとも言えない顔をしていたが、シズルは何だか学生時代の騒々しさを思い出して嬉しかった。嬉しいついでに気分が高揚していたシズルは、アフセン老医伯と使い魔ザカリにも署名させたのだ。
「ふふ」
「嬉しそうだな」
「ええ。私の国では『寄せ書き』といって、何か節目の時にこうやって親しい人達に名前やメッセージを書いてもらう習慣みたいなものがあるんですよ。普通はこんな風に証明書の類には書きませんけどね」
「シズルのこの署名はシズルの国の文字か?」
「そうですよ。母国で使っている文字のひとつです」
守山静流
この世界の文字で書いた『シズル』の隣に書いた文字。
同郷の招聘者ルカしか読み書きできないシズルの国の文字。今は誰にもこの名前で呼ばれることはない。
少し感傷的になったシズルが文字を指でなぞっていると、デュオがそっと包み込むようにその肢体を抱いた。
「シズル・・・帰りたいか?」
「帰って欲しいんですか? 困りましたね、私はもうこの世界に居座る気満々なんですけど。そもそもそうでなきゃ結婚なんてしませんて」
戯けて答えたシズルに対して、デュオは彼女を抱く腕にぎゅっと力を込めた。
「もし帰る方法があっても返さねえ。全力で阻止する」
「ぜひそうしてください」
確かにこの世界で一番の魔導士なら、もし帰れるとなっても本当に阻止してしまうかもしれない。
いつものように自分を真っ直ぐ見つめるデュオの菫色の瞳。シズルは初めてそれを美しいと思った。
そしてごく自然に顔を近付け彼の薄い唇にキスをする。
いきなりくちづけされて驚いたデュオの顔があまりにも可笑しくて、シズルは彼の優しく暖かい腕の中に捕らわれたままくすくす笑い始めた。
そんなふたりの前代未聞な婚姻証書は王城に保管されている。
だが保管する際に人目に触れない筈はなく、どうやらその辺りから魔導士デュオの婚姻が貴族の間に一気に広まってしまったようだ。
相手が貴族令嬢ではなく、異世界人だという事も彼らの好奇心を大いに刺激したようだった。
情報というものは新鮮さが命である。そしてその情報が変わったものであればあるほど、人々の興味を誘い食いつきも良い。
全く個人情報の管理はどうなってるのだと、シズルは異世界に物申したい。
今シズルは目の前に積まれている、何処の誰とも分からない貴族たちからの贈り物の数々に辟易とし胸焼けがする思いだった。
ジークハルト曰く、『将を得んと欲すれば先ず馬を射よ』ということで、現在シズルにばかすか贈り物という名の矢が打ち込まれている最中なのだ。
シズルはこの世界にもそういう諺があることに驚いたが、それは置いといて、自身が『将の馬扱い』されていることにも是非ひと言物申したかった。
貴族嫌いでひとつの場所に居着かない、多情でストレンジャーなデュオを射止めたということでシズルの人気が急上昇。
・・・ではなく彼女を介して何とか番号持ち『二番目』に繋ぎをとりたい、という貴族がてんこ盛りな状態になっているのだ。
つまり『何かの時には宜しくね』という付け届けの前払いだ。
送られてくるものの中には見るからに高価そうな宝石も含まれており、貴石に関しては若干思う所のあるシズルが「どうせなら食べられるものが良いのに」とぽつりと呟くと次からは各地の銘菓や果物が届けられるようになった。
異世界にクール便はないが、状態保存の魔法で新鮮なまま届けられるので何も問題はなかった。
しかし猪が丸ごと届けられるに至ってさすがのシズルも遂にキレた。
「うがあ! ふざけんなあっ!!」
猪を前に吼える様はまるで肉食獣のようだが、もちろんシズルはそのまま生肉に噛り付いたりするわけではない。屋敷の料理人のガストロも猟師ではないので、一頭丸ごとの猪が捌けるわけではない。
怒髪天を突く勢いで怒りぐるぐる唸っているシズルと、途方に暮れるガストロたち料理人の前に、器用者の魔導士が進み出た。
「そんなに怒んなよシズル。くく、おっかねえなあ。俺がやるよ」
デュオが笑いながら、いつもの小物入れから鉛筆サイズに『圧縮』された筒状のものを取り出し『解除』した。
すると以前鉱石を砕いた時のものとはまた別の道具入れが現れた。こちらは何やら刃物の類のようだったが、何本か初めてみる形状の物が混ざっている。
デュオはナイフ片手に、庭にででんと横たわる猪に近寄って調べ始めた。
確かに丸ごとの猪だったが、血抜きをされ内臓も抜かれているらしく、これなら大したことはないとデュオは言った。
それを聞いたシズルが、そこまでするなら何故『枝肉』にしてから送ってくれないのか、とぶうぶう文句を言い始めた。
「奇を衒うってやつだな。この方が印象に残るからだろ?」
「肉に奇を衒ってどうしようっていうんです。こんなの既に嫌がらせですよ。貴族の考えることはさっぱりです」
シズルはそう言ったが、数ある貢物の中では群を抜いて『悪目立ち』している事は間違いない。確かに頭にきて送り主を忘れることもなさそうだ。
シズルが考えている間にも、デュオはナイフを器用に使って手際よく皮を剥いでいく。
「へえ凄いですね。そんなこともできるんですか?」
「まあな。いつも」
「・・・」
「・・・屋根のあるところに寝泊まりしてたわけじゃないからな」
「へー成る程」
何やら気になる空白があったが、シズルは猪解体に免じてスルーしておくことにした。今更デュオが泊まり歩いていたであろう情婦の家の事を追求しても詮無い事だからだ。
一方デュオの方も、自分が言い淀んだ事の中身を察した上で、シズルがそれをさらりと流した事に気が付いている。
新婚だというのに既に熟年夫婦の趣のあるふたりだった。
次第に見慣れた肉の塊になっていく猪を、待機していたガストロたち料理人が受け取っていく。
「ガストロさん、これ食堂で使っちゃってください」
「そりゃ嬉しいが、いいのかお前への贈り物だろ?」
「構いませんよ。結婚祝いのお裾分けです。それと」
シズルは声を張り周囲に宣言した。
「えー、次からこういう『現物』をそのまま送ってきた方はぁー要注意人物として私のブラックリストに載せるのでそのつもりでぇー」
「誰に向かって言ってんだよ」
ナイフを片付けながらデュオがシズルに問いかけた。
「間接的ですけど貴族の方々へのメッセージです」
「・・・なるほどな」
デュオも邸でのシズルの言動が、王都の貴族たちに筒抜けになっている事に気が付いている。
最近は特に『あからさまに』新妻シズルの周囲を飛び回っている『白い羽虫』の存在を、夫である彼は大層鬱陶しく思っていたのだ。




