善後 「辺境伯の頭痛の種」
ぜん−ご 「頭痛の種は三つある」
ジークハルト・アフティ・フロトポロス、二十七歳。彼はエデル国の端っこに領地を持つ、所謂『辺境伯』だ。
彼は未婚であるにも拘らず、まるで花嫁の父親のような今の己の立場にげんなりしていた。『父親役』なら適任者が他にも居るが、国王が絡んでいる今回に限っては彼らには荷が重い。
げんなりはしていたがジークハルトとて、シズルとデュオをそれなりに祝ってやりたい気持ちはある。シズルにとっても結婚というのは一大事であり、習慣や価値観が違う異世界人の彼女が、この世界に根を張る重要な分岐点でもあるからだ。
可憐な乙女とは言い難いがシズルは仮にも女性である。結婚やそれに付随する催しについて、夢や希望があったのではないかとジークハルトは『らしくなく』彼女に尋ねてみた。
しかし彼の気遣いを知ってか知らずか、シズルは「こちらの世界の慣習に則ったもので構わないですよ」と実にあっさりと答えた。
ある意味合理主義で面倒臭がりのシズルらしい回答とも言え、ジークハルトは思わず苦笑したのを思い出す。
そんな風にごく一般的な結婚を望む本人たちそっちのけで、ジークハルトの義兄であるバシレウスが困った事に異様なやる気を見せているのだった。
バシレウスは貴族準拠の婚姻式や宴が開かれるのを期待し、それに参加したがっている様子だったが、シズルとデュオはそんな豪華絢爛な宴は望んでいない。
そもそもこの世界で大々的に婚姻の宴を設けるのは貴族のみで、よっぽどの豪商でもない限り平民の結婚は普通、銀紙署名(当事者ふたりと証人一名が記入する)を交わすのみで終了するとても慎ましいものだ。
いくらデュオが城付き高位魔導士の番号持ちだといっても、バシレウスが署名以外で関わり表立って行動するのはまずい。
国王が婚姻式や宴に参加するとなれば他の貴族が黙っているわけがなく、そうなれば最終的には国を挙げての一大行事に発展してしまう恐れがあったからだ。
只でさえデュオとの結婚で目立つであろうシズルを、これ以上目立たせるのは得策ではないとジークハルトは考えていた。
領民で雇い人のシズルの希望を優先させるために、ジークハルトは彼女の庇護者として、やる気満々のバシレウスを何とか落ち着かせないといけないのだ。下手をすれば、実姉であるオルタンシアもやる気を発揮しそうだった。
押しの強い国王夫妻を相手にしなければならないのか、とジークハルトは思わず溜息を溢した。それを見たシルベスタが声をかけた。
「シズルたちの件ですか?」
「まあな。だがそっちはなんとかなるだろう。それより例の件だ」
ジークハルトの頭痛の種はシズルたちの結婚絡みのことだけではない。それよりももっと厄介な事柄が彼を悩ませていた。
邸で雇用する魔導士の中に以前から若干問題ある者がいる。
ジークハルトは辺境を治める貴族ではあるが暴君という訳ではないので、気に入らないからと強権を行使して配下を押さえつけ、白を黒と言うような好き勝手な領地経営をしているわけではない。だからといって杓子定規でお堅い清廉潔白な為政者というわけでもなく、彼自身は清濁併せ持ち、適当に箍を緩めた性格で、貴族にしては自由度の高い人物だといえる。それ故、さほど実害のないうちはその魔導士の事も放っておいたのだ。
問題の魔導士は色々な『大人の事情』というやつで未だに解雇出来ずにいるのだが、彼はいつまで経っても貴族気分が抜けず、邸の雇い人たちにも横柄な態度で、おまけに魔導士としてもやたらと上昇志向が強い人物だ。
彼は番号持ち『一番目』の信奉者で、以前からヘイスに何とか取り入ろうと必死だった。彼はヘイスに対して、どうにかして自分が使える人間だとアピールし、王城で彼の直属の配下に抜擢してもらいたいと目論んでいる。
当初彼がヘイスにしていたご機嫌伺い程度の軽い報告が、辺境に毛色の変わったシズルが来た事や、その後ジークハルトの下に『四番目』と『二番目』が相次いでやって来た事で、その魔導士の何かをさらに刺激したのかも知れない。
それで以前にも増してヘイスへのご注進具合に拍車がかかったようだ。
「デュオがシズル目当てに辺境までやって来て腰を落ち着けた事で、魔導士の話が今まで以上にヘイス殿の興味を惹いたらしい」
「興味?」
「デュオがひとつ所に居着かないのは有名な話だ。魔道に関わる事以外は興味を持たなかったデュオが、たったひとりの女性を追って態々辺境まで来たんだ。おまけにその相手が自らが招聘に関わった異世界人のシズルだ。ヘイス殿はシズルにデュオの気を惹く『魔術的な何か』があると考えたのだろう」
「無理もないですよ。オレもデュオ本人から聞くまであいつはシズルの異能目当てだと思ってましたからね。ヘイス殿に限らず、城の魔導士たちがここでシズルに振り回されるデュオを見たらきっと驚きますよ」
そう言って笑顔を見せるシルベスタに釣られ、ジークハルトも苦笑する。
数多の貴族の美姫に言い寄られても見向きもしなかったデュオが、惚れた女を追っかけて辺境の地にまで来たなどヘイスには尚更思いもつかないだろう。
「余程ヘイス殿の反応が良かったのだろうな、それで終いには邸で起こる変事を時間を置かず逐一報告するようになってしまったわけだ。それが延いては賊を呼び込む事になり、幽閉塔での惨事に繋がったわけだが、当の魔導士はどこまでそれを自覚しているやら」
「何も感じていないと思いますよ。未だにシズルの周囲を探っているようですからね」
「・・・参ったな」
自領の様々な事柄が外に漏れるのは仕方がない。他領の情報を集めるのはジークハルトもやっていることなのでお互い様である。
ただ限度や節度というものがある。
特にシズルに関しては、広まっても差し支えのない事柄とそうでない事柄が存在するのだ。
魔力ゼロだった異世界人のシズルが、急に魔術を使えるようになったのは、『魔物に噛まれた為』と表向きの理由はそうなっている。
魔物に噛まれたからといって普通は魔物と『混ざる』ことはなどないが、生まれながらの『生粋の魔物』の生態は解明されてないし、彼女が異世界人だった事から「そういうこともあるのか」と周囲は納得している。
だがシズルが行使するのが、この世界の魔法ではなく異能だという事はごく一部のものしか知らない。
この世界の人間は今は亡き『原初のミゼン』の理に縛られ、どんなに強力な魔力を持っていても呪文なしでは魔術を使えない。彼女のように無詠唱で力を使うのは、『原初のミゼン』の理以前の失われた古の技なのだ。
普段は間抜けな言動も多いシズルだが意外と用心深い。
その為、特定の人物以外の前で異能を使う時、シズルは必ず何か『それらしい』言葉を紡いで、無詠唱で術を行使できる事を悟られないようにしている。
そのお陰で件の魔導士にもその事は知られておらず、ヘイスには『変わった呪文で魔術を使う』ということしか伝わっていないようだ。
だがその魔導士が現在のままヘイスの間者のような行動を取り続けるつもりなら、大人の事情がどうのとは言ってはいられない。
「どうします?」
「どうもこうもないな。さすがにこのまま放っては置けないが、それよりもっと厄介な事になりそうで俺は頭が痛い。その魔導士、俺がどうにかする前にデュオに攻撃されなければいいがな」
ジークハルトは再び大きく息を吐いた。
果たしてジークハルトが『言霊』を知っていたかどうかは知らないが、不吉な事を簡単に言葉にしてはいけない。デュオ曰く「言葉には思わぬ力が宿って、呪いになることがある」からだ。
後日、シズルたちが無事結婚し、件の魔導士は新妻シズルに要らぬちょっかいを出してしまった。
そこに颯爽と(笑)現れた夫の魔導士デュオに売られた喧嘩を、無理やり買わされた彼は、まるでジークハルトの言葉が『呪い』に変化したかのように、デュオによってあっさりと排除されてしまったのだ。
幸運にも命に別状はなかったが、魔導士は二度とヘイスの間者紛いの事はできなくなり、生家の子爵家に差し戻される事になった。
その為、命拾いしたその魔導士に関わる『大人の事情』の事後処理で、領主であるジークハルトがまた頭を抱える羽目になったが、それはまた別の話である。




