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宣言 「胸毛と巣立ちと癒しの魔物」

せん−げん 「テッセラとザカリによる寝室談義」

 


 粘菌《クラパーツァ》がスライムに分類されるかどうかは置いといて、この世界にも魔物は確実に存在している。


 実際にシズルと使い魔契約を結んでいるザカリは、一見そうは見えないが正真正銘立派な魔物だ。

 人に擬態しているザカリは、背中まである銀色の蓬髪(ぼさぼさ頭)で、シズルと同じ緋衣草《サルビア》のような緋《あか》い眼をした長身の美麗な青年姿をしている。しかし本当の姿は獅子《リョダリ》ほどもある大きな魔狼《ヴォロリュコス》だ。



 この世界の魔物にも種類があって、野生の動物が何かのきっかけで魔物に変じたものと、最初から魔物としてこの世界に生まれるものがある。

 後者は何時何処でどのように生まれるのかまだ解明されていない。解明が進まないのは発見例が少なくとても珍しい魔物だからだ。


 ザカリはそんなとても珍しい魔物だった。


 元が野生動物の魔物はさほど知能は高くなく、人間ほど多種多様の魔法を使うわけではないがザカリは違う。彼は人語を解し人に擬態し、人間社会の様々な事柄をどんどん吸収し学んでいて、今もその最中だ。



 その彼と一緒にいる『イイマドウシ』でザカリの『親友』のテッセラは、茶色の眼と髪をした元貴族の魔導士で、平凡な容姿ではあるが、品の良さが滲み出る利発そうな少年だ。


 このでこぼこコンビは辺境の図書館の名物で、彼らはいつも連れ立ってやってきては色々な事を勉強をし蔵書を読み漁っている。


 いつも仲良しなふたりは、今日は何やら話し込んでいた。




「シズルとデュオはつ(・)が(・)い(・)になるって」



「ああ、うん。そう、ふたりはもうすぐ結婚するんだよ」



 テッセラは放任主義の主人《シズル》に代わり、ザカリの教育係のようなことをしている。彼は弱冠十二歳で、魔導士の番号持ちの『四番目《テッセラ》』になる程だから当然賢く物知りだ。



「そうしたら、もうシズルとはいっしょにねちゃだめ、ってデュオが言った」



 ザカリは随分しっかりと人間の言葉が喋れるようになったが、未(いま)だた(・)ど(・)た(・)ど(・)し(・)さ(・)が抜けきらない。その容姿と言葉遣いのギャップが、邸の『萌え』が命の女中たちのハートをがっちり掴んでいる。



「そうだね。僕も両親《ふうふ》とは別の寝室だったよ」



「つ(・)が(・)い(・)になったらどうしてべつじゃないとだめなの?」



「そりゃあ結婚したら夫婦で子供を作らないといけないからだよ」



 魔導士は様々な実験や、それに付随して解剖学なども学ぶので、人体の構造なども熟知している。なので具(・)体(・)的(・)な(・)作(・)り(・)方(・)は(・)露(・)知(・)ら(・)ず(・)とも、どうやって子供ができるのか生まれるのかは『科学的な知識』として知っている。

 知識としては知っていても未だ十二歳、しかもテッセラは元貴族で純粋培養の魔導士なので、情緒面ではちょっとずれている。

 ザカリのほうも見た目は青年だが中身はテッセラよりも幼い。その上魔物なので人の慣習には疎かった。



「でもこのあいだは三人でいっしょにねた、よ? デュオはだめって言わなかった」



「まだ結婚前だったからじゃない?」



「うーん」



 ザカリは未だ納得がいかないようだった。



 図書館はいつになくシンとし、異様なほど静まり返っている。

 話に夢中なふたりは気付かないが、周囲の大人たちは話の行方にハラハラしながら聞き耳を立てていた。




「あ、その時デュオは、『ザカリはシズルのとくべつ』だって言ってたよ。とくべつだからいっしょでもいいんじゃないかな」



「そうなの? ふうん、シズルもデュオも貴族じゃないし、ひょっとして平(・)民(・)の(・)夫(・)婦(・)は他の家族と寝室を分けるってわけじゃないのかな?」





 ───いやいや、夫婦が他の家族と寝室を別にするのは平民も貴族も同じだからねっ!


 静かな図書館で、周囲の大人たちは心の中で一斉にツッコんだ。

 特に夫婦の『夜の寝室』など、不(・)可(・)侵(・)領(・)域(・)以外のなにものでもないが、それをこの浮世離れしたお子様たちにどう説明すべきか、図書館にいる大人たちは皆同様に悩んでいた。





「でもやっぱり夫婦になったら、シズルとデュオはふたりきりで寝るでしょ」



「ぼくのかわりにデュオがシズルとねるの? デュオは毛がないのに。シズルはぼくのむ(・)な(・)げ(・)が大好きなんだよ」



「シズルはも(・)ふ(・)も(・)ふ(・)が好きだもんね」



 シズルが魔狼(ヴォロリュコス)姿のザカリの首っ玉にかじりついて、よく頭を突っ込むようにしているのを知っているテッセラはそう言って笑った。





 だが、それを聞いた図書館の人々は、ざわりと音もなくどよめいた。


 ザカリはシズルの使い魔で、同じ部屋で暮らしていることは周知の事実だったが、まさかひとつ寝台(ベッド)で抱き合って寝ているとは知らなかったのだ。

 ザカリは魔物で、大きな魔狼(ヴォロリュコス)だと皆知っているが、この邸に来て以来ずっと人に擬態して過ごしているため、邸の人々は美麗な青年姿のほうがザカリの『本来の姿』だと思うようになっている。



 ───というかザカリはあの爽やかな見た目で胸毛がわ(・)さ(・)わ(・)さ(・)なのか。それにさっきはシズルとデュオと三人で一緒に寝たとか言っていなかったか? シズルは毛深い男が好み? デュオは毛がない? どこが? 何が?


 ザカリによって次々と明かされる事柄に図書館の中は、静かに恐慌状態に陥っている。




「・・・ふたりとも、ちょっとこっちに来なさい」



 偶々(たまたま)調べ物で図書室を訪れていた良識派のアディスが深い溜息を吐いて、ザカリとテッセラを呼び寄せた。








 庭で話しているシズルたちのところにザカリとテッセラがやって来た。

 何事かあったのかと訝るシズルを前に、ザカリはいきなり胸を張り、誇らしげな表情で高らかに宣言したのだ。



「それでぼくはシズルからす(・)だ(・)つ(・)ことにした」



「は?!」



 何が『それで』なのか。さらに『巣立つ』とは一体。


 シズルは何のことだかさっぱり分からず思わず驚きの声をあげた。

 すかさずザカリの教育係兼通訳のテッセラが、ザカリの足りない言葉を補足する。



「アディスがね、ザカリは赤ちゃんじゃないんだから、そろそろシズルから離れてひとりで寝起きしたほうがいいんじゃないかって。でも新しく部屋を用意してもらうのもどうかと思って、それで話し合って夜はぼくの部屋を使おうかってことになったんだ」



「そう、今日からぼくはひとりでねるんだよ」



 ザカリはえへんと得意げだ。

 得意げなのはいいが、子供っぽいその仕草と見た目とのギャップが相変わらず半端ない。そんなことよりも話が急展開過ぎてついていけずシズルは頭を抱えた。

 ひとりでできるもん、とか懐かしすぎるとぼやいているシズルとは正反対に、デュオは顔を輝かせた。



「でかした、アディス!」



 以前シズルとふたりきりになろうと、ザカリの排除を目論(もくろ)んで失敗し、シズルの逆鱗に触れたデュオが小さくガッツポーズをしている。

 シズルはそれを目敏(めざと)く目撃したが、取り敢えず気を取り直してザカリに優しく話しかけた。



「いや、巣立つのはとってもいいことなんだけど、別に部屋まで分けなくても。ザカリは私の癒しの魔物なんだし」



「偉いぞ〜ザカリ。お前の自立心は立派だ尊重しなくちゃな。心配ねえこれからは俺がお前を癒してやるよシズル」



 デュオはご機嫌でシズルの肩を抱こうとしたが、その手は無情にも彼女によって払い除けられた。



「ええい! 毛皮のない人はちょっと黙ってて下さいよっこのエロ魔人!」



 最初の頃のようなザカリの後追い行動がなくなったのを喜んでいたシズルだったが、大好きなも(・)ふ(・)も(・)ふ(・)の毛皮まで手放す気はなかったのだ。



「ザカリ本当にいいの?」



「ぼくはお(・)と(・)な(・)だからへいき」



「いやまあ確かに見た目だ(・)け(・)はそうデスガ」



 シズルは何とか食い下がってみたが、煩悩全開のデュオに騙された時とは違い、尊敬しているアディスに諭(さと)されたザカリの決意は固いようだった。


 ザカリはシズルに近付くと彼女の頭をゆるりと撫でた。

 おそらくアディスと話をした時に、頭を撫でられたザカリはそれを真似ているのだろうが、完全にいつものシズルと立場が逆になっている。 



「シズルも子(・)ば(・)な(・)れ(・)しないとだめ」



「・・・」



 ザカリは子(・)供(・)じ(・)ゃ(・)な(・)く(・)て(・)使(・)い(・)魔(・)なんだけど、という言葉を飲み込んだシズルは、己の使い魔に独立宣言をされた上に、子離れしろと的外れな説教をされている。


 使い魔(ザカリ)に髪の毛をぐしゃぐしゃにされながら、遠い目をしているシズルの横で伴侶予定の男(デュオ)が堪らず吹き出した。



「・・・ぷっ、くくっ」



 シズルは何だか釈然としないまま、お子様なザカリの大きな手を渋々受け入れつつ、隣で本格的に笑い出したデュオをげしっと蹴飛ばした。







 一方執務室では。


 傍目から見れば戯(じゃ)れているとしか見えない暢気なシズルたちとは違い、彼女の雇い主であり庇護者でもあるジークハルトは、山積する問題に頭の痛い思いをしていたのだった。










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