(閑話) 九条理人の苦悩
「めっずらしー。理人が仕事してるじゃん」
生徒会室の扉が開かれ、そう言って入ってきた男は何食わぬ顔で自分の席へと座った。
俺は片手に書類を持ち、立ち上がるとその男に近付いた。
「ん?どうし、」
「お前にその言葉そのままそっくり返してやるよ」
溜まっていた書類を男の机の上に積み上げた。抗議の声は一切受け付けない。
ほら、隣に座ってる千紘だって微笑んで‥‥‥る?
「久しぶりだね皐月‥‥ちなみにそれ今日中ね」
「えぇ!?‥‥‥‥あ、はい、分かりました」
「素直でよろしい」
千紘のやつ俺より怒ってんじゃねぇか。
生徒会メンバーの中でも温厚な--河野千紘。でも今回は相当怒っているらしい。‥‥まぁ、一番仕事が滞ったのは会計の千紘だから、怒るのも無理ないけどな。
「というか、皐月はいつまでその格好してるの?」
「その格好‥‥って着替えるの忘れてた!?」
皐月の今の格好は、制服姿に黒のエプロンを着けている。多分、家庭科室からそのまま生徒会室に来たのだろう。
面白いから黙っていたのに千紘のやつ教えるなんて。
「ククッ‥‥」
「ちょ、理人気付いてたなら言ってよ!」
「いや、むしろ誰も教えなかったのかよ」
家庭科室に誰かしらいただろ、と言えば彼は何ともいえない表情をする。
いつも女を"とっかえひっかえ”している皐月。そんな皐月の周りには代わる代わる女がいたはずだ。
「家庭科室には部員以外入れないようにしてるんだ‥‥集中したいし、それに‥‥」
杏花ちゃんに誤解されたくないから、と皐月の視線が俺へと真っ直ぐ向けられた。千紘は「ふぅん‥‥」と面白そうに笑っている。
「‥‥‥‥勝手にしろ」
「うん。勝手にするよ」
その答えを聞いて皐月は満足そうに笑う。
杏花、目を離した隙に色んな敵を作りやがって‥‥めんどくせぇ。
「‥‥ったく‥‥、」
皐月のところから自分の席へと戻れば、頬杖をついてこちらを見てくる千紘と目が合った。
「じゃあ、僕も勝手にしようかな?」
「お前は何もするな。しないでくれ」
「ふふ、冗談だよ」
理人ってば本当に心配症だよね、と千紘は笑う。アイツは「ちーちゃんの笑顔は癒しだね」と言うが、癒しになったことは一度もないし、これからもないだろう。
「というかさぁ、杏花ちゃんは?」
ここにくれば杏花ちゃんに会えると思ったのに、とあからさまにショックを受けたような皐月。
その言葉で俺は千紘と顔を見合わせた。職員室に資料を取りに行ってくるといい‥‥あれから結構な時間が経っている。
「様子見に行ってくる--、」
千紘と皐月に告げれば、廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
---バンッ、
乱暴に開かれた扉からは‥‥1人は苛立ったように、もう1人は泣きそうな顔をして生徒会室へと入ってきた。
「チッ‥‥後藤の野郎め」
「きょ、杏花先輩が‥‥っ 」
"杏花”、"後藤”といった単語が彼らから聞こえ、理人は頭が痛くなってくるのをなんとか抑え、彼ら--城崎兄弟に何があったのか問う。
「ご、後藤さんが杏花さんを連れて行ってしまったんですうぅぅ」
「‥‥‥‥ハァ」
本日何度目かの溜息を吐き、理人は呟いた。
「‥‥頭痛てぇ」と、