歪な果実と密語
「……俺たちが寝床にしてる場所へ案内しますよ。こっちです」
佐藤が静かに踵を返し、歩き出した。
彼らが案内する道は、青白い水たまりを取り囲む窪地の縁に沿っていた。そこには、背の高い椰子のような奇妙な植物が群生しており、先ほどの「顔のない人型」たちが、うごうごと蠢きながら何かをしていた。
高瀬が目を凝らすと、白い巨躯たちは黙々と木の実を収穫していた。頭上の葉の間に実る、人間の頭ほどもある赤黒い果実。それを幾つもの個体が無言で刈り取り、地面に等間隔に積み上げている。その作業には一切の感情がなく、ただプログラムされた機械のように統制が取れていた。
その列の横を通り抜けようとした時、榊がふと足を止めた。
彼は無造作に靴の先を動かし、綺麗に積み上げられていた果実の山を蹴り崩した。ゴロゴロと足元に転がってきた実を二つ拾い上げると、一つを高瀬の胸へと放り投げる。
その瞬間だった。
榊の真隣、手が届くほどの距離に、一つの白い人型が立っていた。
足音も気配もなく、いつの間にかそこに「在った」。顔のないのっぺりとした頭部が、至近距離から榊の顔を覗き込むように傾いている。
「……っ」
常に氷のように冷徹だった榊の肩が、一瞬だけビクッと跳ねた。明確な戦慄。
だが、次の瞬間には榊の右手が閃いていた。スーツの内ポケットから滑り出たサバイバルナイフの刃が、一切の躊躇いなく、白い異形の胸の中心を深く貫いていた。
ぶつん、と。
肉を刺したはずの感触はなかった。ナイフが突き立てられた箇所から、白い巨躯は弾けたように無数の泡となって崩れ落ちた。地面に落ちた泡は瞬時に蒸発し、小さな雲のように渦を巻き始める。
そして数秒後。凝縮した白い霧の中から、再びあの顔のない人型が何事もなかったかのように立ち上がった。
再生した異形は、自らを刺した榊を一瞥することもなく、崩された果実の山へとのっそり向き直り、再び一つずつ実を積み上げ始めた。
その異様な光景に、前を歩いていた佐藤たちも足を止め、言葉を失っていた。
だが、佐藤は小さく息を吐き出すと、努めて平坦な声を作った。
「……こっちです」
再び歩き出した一行。その道すがら、高瀬は前方を歩く佐藤と龍崎の不審な動きに気がついた。
佐藤が歩調を緩め、隣を歩く龍崎の耳元で何事かを短く囁いたのだ。龍崎は一瞬だけ、鋭い視線を背後の榊へと向け、小さく一度だけ頷いた。何を話したのかは聞こえない。だが、二人の間に交わされたただならぬ緊張感だけは、高瀬の肌をチリチリと撫でていた。
やがて彼らが辿り着いたのは、廃材や大きな葉を繋ぎ合わせて作られた、粗末だが雨風は凌げそうな小屋だった。
中に入ると、それぞれが適当な場所に腰を下ろし、重い荷物を下ろしてくつろぎ始める。
「食えますよ、それ」
佐藤に促され、高瀬は先ほど榊から渡された赤黒い果実に口をつけた。
表皮を破った途端、どろりとした果汁が口内に溢れる。強烈な甘みと、あの青白い水と全く同じ、生々しい鉄の味。水たまりで飲んだ時と同様、不快な味覚とは裏腹に、体が歓喜してそれを胃の腑へと流し込んでいく。
ふと隣を見ると、榊は果実を食べる手を止め、ナイフでその表皮を器用に切り開いていた。
分厚い皮は思いのほか簡単に剥けるようだが、ナイフを引く音から、それが分厚い革製品のように強靭であることが窺えた。榊は剥き終わった皮を、ベルトほどの幅に切り揃え、何本かの束を作り上げていく。
「高瀬さん、これをあなたの鞄にしまっておいてください。いずれ役に立つでしょうから」
「……え、これを、ですか」
榊から差し出された皮の束は、裏側が不快なほどヌルヌルと粘り気を帯びていた。触れるだけで鳥肌が立ったが、あの眼差しを向けられて断れるはずもない。高瀬は顔を引きつらせながら、それを鞄の奥へと押し込んだ。
食事を終え、人心地ついた高瀬は、何気なく小屋の壁へと目を向けた。
木材の隙間に、一枚の古い写真が挟み込まれている。
写っているのは、廃墟にいたあの盲目の老人――佐伯の、若かりし頃の姿だった。隣には優しげな笑みを浮かべる妻らしき女性と、二人の間に立つ幼稚園児くらいの小さな男の子。幸せな家族の風景が、この狂った世界ではひどく異物に思えた。
「先生、奥さんと二人でここを探して、この世界に来たって言ってたわ」
不意に、少し離れた場所に座っていた立花が、写真を眺める高瀬を見てぽつりと口を開いた。その声には、どこか気怠げな響きが混じっている。
「罪がどうとかって。再生だとか、門番だとか……それで、先生に頼まれて近くのピラミッドに――」
「立花さん」
「立花さん」
佐藤と龍崎の声が、完璧に重なった。
小屋の中の空気が一瞬で凍りつく。佐藤は目を細め、静かに、だが明確な圧を込めて冴子を制止した。
「……喋りすぎだ」
冴子はつまらなそうに肩をすくめ、口を閉ざす。
佐藤はすぐにいつもの理知的な表情を取り繕うと、高瀬と榊の顔を交互に見渡し、よく通る声で言った。
「高瀬さんと榊さんには、サプライズとしてピラミッドのことは伏せておいたんですけどね。……まあ、立花さんが言う通り、僕らも歩き疲れたし、貴方たちも同じでしょう? ここで少し、一眠りしましょう」
佐藤は穏やかな笑みを浮かべ、薄暗い小屋の外――自分たちが歩いてきた果てしない闇の方角へと目を向けた。
「数ヶ月ここにいますが、あの『赤い光』もここまでは来ませんから




