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『断絶のプラットホーム 〜遮断機の向こう側〜』  作者: ユタカ
『断絶のプラットホーム 〜遮断機の向こう側〜』

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帰還の断片

神殿の静寂の中に、鉄錆に似た生臭い匂いが立ち込めていた。

 緒方は慎重な足取りで、横たわる佐藤の元へと歩み寄る。その瞳には、かつて幾多の現場で見てきた「他殺体」の冷徹な事実が映し出されていた。

「……刺殺だ。それも、急所を的確に突いている。プロの仕業だな」

 緒方の声は低く、怒りを押し殺したように響いた。佐藤の腹部から流れ出た血は、石の床に黒ずんだ染みを作っている。

 ふと、緒方は血溜まりから少し離れた床に、黒い柄のサバイバルナイフが転がっているのを見つけた。刃に血は付いていない。佐藤がこれで榊に襲いかかり、あえなく叩き落とされたのだろう。

 緒方はそのナイフを拾い上げると、柄の方を高瀬に向けて差し出した。

「高瀬。念の為の用心だ、持っておけ」

「緒方さん……」

「これから先、何が起こるか分からない。自分の身は自分で守れるようにしておけ」

 高瀬は無言で頷き、そのナイフをしっかりと受け取った。佐藤が木を彫り、そして最期に握りしめたそのナイフは、ずしりと重かった。

 ナイフを懐にしまったその時、高瀬の視線が、佐藤の遺体の傍らに落ちているものに止まった。

「緒方さん、あれ……ノートです」

 血飛沫に汚れ、無造作に投げ出された一冊のノート。高瀬が震える手でそれを拾い上げ、張り付いたページをゆっくりと捲る。

 そこには、佐藤が最期の瞬間まで榊と共に解読を進めていた「この世界の真理」が、執念を感じさせるほど綿密な文字で記されていた。

 ページを読み進めるにつれ、高瀬の顔色が変わる。

「緒方さん、これを見てください……」

 そこには、この地獄が「魂を削り、新たな命として巡らせる循環世界」であること。そして、ある重要な「例外」についての仮説が記されていた。

『――罪なきシステムエラーの前では、執行官の光は死ではなく、現世への誘い(いざない)となる』

「罪なき者……。この精錬工場に集められたのが、過去の罪を抱え、精算されるべき死者たちだとしたら。偶然この世界に迷い込んだ生きた人間……『罪なき者』ってのは、まさに俺たちのことじゃないか?」

 緒方の確信に満ちた言葉に、高瀬の脳裏で、立花が命を落としたあの砂嵐の光景がフラッシュバックした。

 あの「紅い光の巨人」は、立花を貫いた時はその指先を鋭利な槍のように変貌させていた。しかし、逃げる自分たちを追ってきた時……巨人の手は、確かに何かを「安全に捕まえよう」とする、人のような形へと変化していたのだ。

「あれは……私たちを殺そうとしていたんじゃなかったんだ。システムエラーである私たちを確保し、現世へ送り返そうとしていた……!」

 高瀬の声が震える。それは恐怖ではなく、暗闇に差した強烈な希望によるものだった。

「緒方さん、あの紅い光の巨人は、化け物なんかじゃない。あの光こそが、私たちが帰るための『ゴール』そのものだったんです!」

「ああ。俺たちはあいつから逃げる必要なんてなかった。……むしろ、これからあいつを見つけ出さなきゃならない」

 これまでの前提が、完全に裏返った。

 恐怖の対象だった執行官が、唯一の帰還装置へと変わる。自分たちなら、あの紅い光に導かれて帰れる。

 二人は佐藤に最期の黙祷を捧げると、巨大なピラミッドに背を向けた。

 目指すは、この悪夢が始まった場所。日常と異界を分かつ、あの地下鉄のホームのような「断絶のプラットホーム」。あそこに行けば、再びあのサイレンと共に、帰還の光を放つ巨人が現れるはずだ。

 砂漠の地平線を見つめる緒方の胸には、例え榊が立ち塞がろうとも、必ず高瀬を生きて帰すという熱い誓いが、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。

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