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『断絶のプラットホーム 〜遮断機の向こう側〜』  作者: ユタカ
『断絶のプラットホーム 〜遮断機の向こう側〜

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静かなる精錬

(5時間前――神殿内部)

「――あなたには、ここから出る資格なんて、最初から無いんじゃないですか?」

 したり顔で榊を覗き込む佐藤。その瞳には、知的な優位に立った者の傲慢さが宿っていた。だが、榊はその挑発を、まるで羽虫の羽音でも聞くかのような無関心さで受け流した。

「資格、か。佐藤くん、君は面白いことを言うね」

 榊はゆっくりと佐藤に歩み寄る。その足音は神殿の静寂に不気味なほど共鳴していたが、佐藤は退かなかった。彼は冷ややかな笑みを浮かべ、さらに踏み込む。

「……榊さん。あなたが持っているあの木の器。あれ、先生から譲り受けたと言っていましたね? それ、嘘ですよね。あの器は、僕がこのナイフ一本で、時間をかけて丁寧に掘り上げたものなんです。先生が初対面のあなたに、僕の作ったものを簡単に差し出すはずがない」

 佐藤は言葉を区切り、榊の瞳を射抜くように見つめた。

「……先生と龍崎さんを殺したのは、あなたですね?」

 その直球の追及に、榊は一瞬だけ目を伏せ、わずかに口籠もった。

「……何を言っているんです。あれは、一人で行く龍崎さんが心配になって、私もついて行ったんですよ。護衛としてね。すると、二人が突然、あの紅い光の巨人に襲われて……」

「だから、それも嘘だと言っているんですよ!!」

 佐藤が榊の言葉を鋭く遮った。

「あの時、龍崎さんがなかなか戻らないのを不審に思って、僕は高瀬さんたちを起こした。そして三人で外へ飛び出した時……僕らは見たんですよ。青白い水辺に佇むあなたの背中と、先生と龍崎さんの亡骸に群がるあの白い人型たちを! あの時あなたは手にダークジャケットを持っていた。……巨人が現れて、そのジャケットを光で飲み込んだのはその後だ! 巨人に襲われて死んだんじゃない。あなたが殺したんだ!」

 佐藤の決定的な一撃に、神殿の空気が張り詰める。

 数秒の沈黙の後。

 榊の口元が、不自然なほど滑らかに歪んだ。

「……なるほど。見られていたのか」

 榊は言い訳が完全に破綻したというのに悪びれる様子もなく、むしろ芝居がかった手振りで薄く笑った。

「ええ、私が先生を殺しました。そして龍崎さんがそれを発見し、あの魂たち……白い人型に群がられた。私はただ、それを眺めていたんです。魂そのものである彼らが、無邪気に肉を裂き、骨を砕く姿があまりにも滑稽でね。危うく笑い声を上げそうでしたよ」

 狂気。

 それは、命が解体される光景を娯楽として鑑賞していたという、圧倒的な異常性だった。

「……あなた、本当に狂ってるな」

 佐藤の全身が、かつてない激しい怒りに打ち震えた。

 この狂った世界で唯一の導き手として心から慕っていた先生。そして、共にこの地獄から抜け出そうと誓い合った仲間の龍崎。その二人の命を奪い、あまつさえ魂の群れに無惨に食い荒らされる様を皮肉を込めて嘲笑ったこの男を、佐藤は絶対に許すことができなかった。

 計算高い青年の仮面が砕け散る。

「ふざけるなッ……!!」

 佐藤の手に、先ほど「器を彫った」と語ったあのサバイバルナイフが握りしめられる。知的な余裕などとうに消し飛び、ただ純粋な殺意と憎悪だけを剥き出しにして、佐藤は榊の喉元へと一直線に突進した。

「死ねえええッ!!」

 だが――。

「君は、先生に頼りすぎた」

 榊の体捌きは、激昂した素人の凶刃など意にも介していなかった。

 榊は幽鬼のようにすっと身を躱すと同時に、ナイフを振り下ろそうとした佐藤の手首を無造作に、しかし万力のような力で掴み取った。

「自分の頭で論理を組み立てているつもりで、その実、安全な盤上でゲームをしている気になっていただけだ」

 ギリリ、と骨が軋む不快な音が鳴り、佐藤の顔が苦痛に歪む。ナイフが床に乾いた音を立てて落ちた。

「だから……気づかなかったんだろう?」

 榊が佐藤の腕を強引に引き寄せた瞬間。佐藤は、自分の腹部に冷たい異物感が走るのを覚えた。

「え……?」

 見下ろすと、榊のもう片方の手が佐藤の身体に密着している。その手には、どこから取り出したのか、黒く鈍い光を放つ鋭利な刃物が握られ、佐藤の腹の奥深くまで深々と突き刺さっていた。

「私が君を、ただの肉の塊として『精錬』するつもりのことに」

 榊が刃を無造作に捻り、引き抜く。

 この世界の高度な「理」や「知性」での戦いだと思い込んでいた佐藤に対し、榊が突きつけたのは、現実世界から持ち込んだ圧倒的で、あまりにも原始的な暴力だった。

「あ……が、ぁ……っ!」

 ごぼりと、佐藤の口から鮮血が溢れ出す。

 佐藤は信じられないものを見る目で榊を見上げながら、悲鳴を上げる間もなく、自分の血溜まりの中に崩れ落ちた。

 榊はその様子を、まるで役目を終えた道具を眺めるような冷徹な無関心さで見下ろしながら、刃に付いた血を静かに拭い取った。

 そして、ふと顔を上げ、虚空の遠くの一点を見つめる。

 脳裏に何かを思い描くようにわずかに瞳を細めると、倒れた佐藤にはもう一瞥もくれず、榊は静かにこの場を後にした。

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