リリと観劇
「すごい舞台でした!」
「楽しめたようで何よりだ」
リリは弾んだ声で、今まで見ていた劇に興奮しながら喋っていた。
その楽しそうなリリを見て、バルトロメイも機嫌がよさそうである。
彼は巫女という巫女に機嫌を損ねていたわけなので、こうしてリリのように楽しんだとはっきりわかって、表情も明るく自分を見る相手、と言う珍しい相手に気分が良いに違いなかった。
それはリリだってわかる。
誰しも、自分と顔を合わせた瞬間に機嫌を損ねる、おびえる、引きつった顔になる、と言った相手と仲良くなる事は難しいし、初手から友好的な関係を築く事は難しい。
初手から怖がられたら、どういう理由で怖いのかもわからない人は多いのだし、神様だから心の中がわかってしまうのなら、心の中がわかるからこそ、良い気分がしないに違いなかった。
それゆえに、自分はちょっと珍しい相手なのだろう、と判断がつく。
彼女からすればバルトロメイはきちんと話をすれば、お互いに理解が出来る相手になれそうな人であり、神様である。
やろうとする事の規模が大きくて、ついて行けない事はあっても、善悪の観点からすれば、悪とは思えない相手だ。
今までの巫女と言われていた女性達は、きっとまっすぐにバルトロメイを見る事をしなければ、バルバリアードゥに至っては見るという行為自体を忌避したに違いなかった。
それしかどう考えてもあり得ないと思えるほど、バルトロメイはリリの感覚で言えば普通の善悪の男なのであった。
そのバルトロメイは、仕立屋を自宅に呼びつけて、自分の手で着飾らせたリリを満足そうに見ている。
巫女を飾りたいのは、神様の特権なのだろうから、リリは素直に飾られる事を受け入れていた。
お気に入りの踊り子に、自分の好みの衣装を着せるのだって、ありふれた話なのだから、神様が巫女を飾るのだって変な話にもなりやしない……と思えるのである。
そんな、人生で一番の着飾り方で、ぱっと見は淑女や乙女のようにさえ見える姿のリリは、にこにこと薄布越しに、バルトロメイを見上げて言う。
「とっても素敵でした。常設の舞台に立つ人達の踊りは、参考になりますね」
「お前の方がうまい」
「いいえ! あれは舞台の移動のための計算をし尽くした結果です! 常設の舞台で踊る人達は、時間が正確に刻まれなければならないって聞きます。時間を気にしながらも、あれだけの出来の物を見せていただけるのは、すごいんですよ! 特に中央で歌った人の邪魔にならないように、控えめに踊る後ろの人達! ああやって存在感を薄くしながらも、技術的には非常に高い物を見せてくれる事に尊敬できます」
リリは彼を見上げて、どんどんと思った言葉を話していく。見下ろすバルトロメイは、はしゃぐ己の巫女を見て、かすかに笑っている。
お互いに気持ちの良い笑顔になっていると、リリは勝手に思っているので、気分が非常に良かった。
「それにしても、こちらの風習って少し変わっていますね。高貴な身分の女性が外出時には、顔を覆う薄布を被るなんて」
「古い時代の慣習が、巡り巡ってこうなったという所だ。遠い昔の女性達が自分達を守るために編み出した習慣とされている。顔が見られると言う事で、不幸せな横恋慕がいくつも起きたからな。女性達は外に出る際には、顔を覆って横恋慕の余地が減るようにしたのだ」
「そうなんですね。でも髪の毛はきれいに結って、皆に見せるんですね」
「男達は、女性の手入れされた美しい髪の毛と、女性の感性が光る衣装で教養を測るというわけだ」
「私の衣装はバラ様が選んだんですけど」
「そんなのはほかの男達が明確にわかる事ではない。それに俺はお前があまりにも適当な衣装しか選ばないから、口を出しているわけだ」
「私の普段着、八割が団長のお下がりで、二割がほかの団員のお下がりだったもので」
「お下がりを否定はしないが、お前とて新品の衣装は好きだろう」
「好きですよ! こういうふわふわのドレスとかも、初めて自分で着るものなので、緊張はします」
「それでも裾捌きがきちんと出来るのは上出来だ。慣れないうちは裾に躓いて転ぶ人間も多い」
「ありがとうございます」
リリが布越しでも満開の笑顔で言うと、バルトロメイは目を細めた。
そんな時だ。
「これはこれは、大将軍閣下ではありませんか。観劇に来るのは久しぶりですな」
「ああ、久しぶりだな。何せ体の印が消えない限りは、出入りを禁止されている物だ」
「大将軍閣下が悪いわけではございませんのに」
そう言って話しかけてきた男性は、きれいな女性を一人伴っている。彼女は大変にきれいに髪の毛を整えていて、髪飾りなども素晴らしかった。
ドレスは彼女の体を美しく見せる色合いと形をしているらしく、彼女の足の長さがわかるようだった。
ものすごい美人だ、とリリは内心で思いつつ、踊り子の作法ではあるものの、丁寧に不格好に見えない様に一礼した。
「大将軍閣下にお目通りできて光栄ですわ。私はアリアと申します」
彼女、アリアが優雅に言う。男性はにっこりと笑って、アリアの腰を抱いた。
「アリア殿は私の婚約者なのですよ」
「……アリア、と言えば、聞き覚えがあるな。アリア・フランシェード姫だろうか」
「ご存じでしたか! 南のフランシェード伯爵の長女姫でございます」
男性がうれしそうに言う。それはバルトロメイに自分の婚約者が認知されていた名誉を喜ぶ調子だった。
自慢の、素敵な相手なのだろうとリリは判断して、自分からは名乗りはしない。踊り子は自分からしゃしゃり出て挨拶などしないのだ。
巫女はどうだろうか。だが巫女も、きっとしゃしゃり出て挨拶はしないだろう。
そんな風に考えていた矢先だ。
「大将軍閣下、そちらの美しい金髪の女性は」
「ああ、バルバリアードゥ様の巫女殿だ。皆は彼女をリリと呼ぶ」
「なんと! バルバリアードゥ様の巫女君であらせられましたか! 確かにこうして立っていらっしゃる姿も、バルバリアードゥ様にふさわしい凜としたものですな」
リリは紹介されたので、軽く頭を下げた。……自分に凜としたという形容詞は似合わないが、とりあえず黙っている事にしたのだ。
面倒な会話は、踊り子にも巫女にも必要ないだろう。
……というのは建前で、自分が口を開いたらバルトロメイに迷惑がかかる可能性を感じて、黙っていただけである。
沈黙し、ただバルトロメイに寄り添っていたリリに、アリアが言う。
「……おきれいなお方……立っているだけで、おきれいだとすぐにわかる方は、生まれて初めてお会いしましたわ……」
「……ありがとうございます」
これくらいは大丈夫かもしれない、とリリはそのべた褒めの言葉を受け取った。
顔を薄い布で隠した状態で、きれいだのと言われても、違和感があったが、これもきっと社交辞令の一つに違いない。顔がわからない人だからこそ、立ち振る舞いで色々と判断するのだろう。
……立ったままお腹を抱えて笑ったりは出来なさそうである。
「美しいだろう。彼女の美しさは、こうした場で発揮される物ではないがな」
「なんとうらやましい事をおっしゃる。私のアリアはどこでも光り輝く美しさですが、そう言ったたった一人のためだけに美しくなる方も、また素晴らしいお心なのでしょう」
男性はそう言った後、バルトロメイと少し立ち話をしてから、アリアを連れて去って行った。
「大変ですね」
有名人は大変だ、と言う考えから言うと、バルトロメイはこう答えた。
「王族から生まれ、神依と言う立場上、俺の顔は誰もが知っているに等しいからな」
「劇を見るのが好きなのに、体の光があって出入り禁止だったんですね」
「数少ない教養のある趣味が、観劇だったんだがな。体の光が強いと周囲に悪い影響があるせいで、劇場の支配人に拝み倒されて出入り禁止だった」
「それならば、もう大丈夫ですね。私がいっぱい踊りますよ」
「……お前は単純だな」
リリが心を込めて踊れば、バルバリアードゥのいらだちは収まる。体の光も消える。
だからもう、彼が自分の数少ない趣味を捨てるような真似はしなくて良い、と思っての言葉に、バルトロメイは少しあきれたようにそう返事をしたのだった。




