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リリとお誘い

「これをやる」


日中なのでバルトロメイと称する事にしよう。彼は仕事から帰宅してきて、夕食を食べる前だと言うのに、リリの居室を訪ねてきた。

ちゃんと扉を介してやってきたので、今は神様の気分ではないようだ。

そんな彼が、出迎えたリリに押しつけたのは、豪華な花束だった。


「うわあ、すごい! この季節にこんなたくさんのお花なんて」


押しつけられた花束の大きさと、花の種類と、その見事さにリリはきゃらきゃらと弾んだ声をあげた。

意中の男性でないと言ったところで、踊りを褒めてくれる相手からの花束が、うれしくないわけがなかったのだ。

元々リリは、花束を贈られるという行為に憧れがあった。

ほかの踊り子達には、贈り物の一つとして花束が直接渡される所を何度も見たし、団で一番の歌姫の元には、花束がいくつも捧げられていた。

それらのきれいな花を見るたびに、リリはいつもいいなあ、と思ってきた。

いくら踊りに熱中している、踊りの事ばかりで頭がいっぱいの少女でも、きれいな花を贈られる事は、憧れてしまっておかしくない行為だったのだ。

だがリリは、今までどんなに公演をしたところで、花を贈られた事が一度としてなかった。

無論もっと豪華な贈り物も捧げられた事などなく、それゆえリリは、団で一番質素な持ち物の踊り子であった。


「すごい、白百合だ! うわあ、きれい……」


リリは花束を抱えて、ためすすがめつ持ち上げたりくるくると回転させたりして、あまたの花の色を見て、それらの美しさに息を吐いた。


「お前の名前の花だ」


「私の?」


「お前はリリだろう。百合の別称はリリーだ。つまりお前の名前は百合にちなんだものだからな」


「そうなんですね……団長が適当に名前をつける物だから、そんなちなんだ、なにがし、なんて、考えた事もなかったです」


「気に入ったのか」


バルトロメイの言葉に、リリは満点の笑顔で頷いた。それからはっとする。


「でも私、お花をもらえるような事をまだしていません!」


「……昨晩の踊りが気に入った。あれだけの踊りを捧げられた事がないと、あの方がとても気に入っているご様子だった」


「そうですか! バルバリアードゥ様は初夏の踊りが気に入ったんですね」


「……ああ」


「じゃあもっと精進しますね」


リリは邪気なくそう言った。喜んでもらえる踊りを、もっと素敵な物にする。それは当たり前に行われる行為のように思えたのだ。

彼女はそう言い切った後に、もう一度花束を抱えて眺めて、花に顔を近づけて香りを嗅いだ。

ふわっと香る花の匂いは、丁寧に育てられた花特有のかぐわしさであり、野の花とはまた違う物で、香水のように華やかだった。

香りを嗅ぐ体勢で動かなくなったリリを見て、バルトロメイが問いかけてくる。


「そんなに気に入ったか」


「はい。だって人生で初めての花束ですから」


一生忘れられない物ですよ、と言い切ったリリに、バルトロメイは何を思ったのか、目を細めてただ頷いた。


「そうだ、お姫様とお夕食をするんじゃないんですか」


「あの女性はまた気分が乗らないという返事をしてきた。大体理由は想像がつく」


「お加減が悪いんですかね」


「俺に合わせると食事の内容が不満になるのだろう。神依はいかなる時も、質素な食事をする事を義務づけられているからな。俺の日常の食事と、ご自分の食事の違いが耐えられないのだろう」


「いやいや、質素と言ってもかなり、私からすれば立派なご飯なんですけどね」


「かわいがられた第三妃の麗しの姫君にとっては、耐えがたい食事内容なのだろうな」


バルトロメイはほかにも言える何かがある様子だったが、それをあえて言わない事にした様子で、リリを見やって口を開く。


「巫女殿。俺と食事をともにしていただけるだろうか?」


「よろこんで、バラ様」


リリにとっては豪華な立派な食事である。その誘いを持ちかけられて、いやという事は、よほどのお腹の調子を崩していなければあり得ない。

そのためリリは頷いて、差し出された手をとろうとして、花束をどこに置いたら良いだろうかと思って固まった。


「どうした」


固まって左右を見回したリリに、バルトロメイが問いかける。


「お花、どこに置いたら良いんでしょう。あれこれしないと、枯れちゃうししおれちゃいます」


「そんな事か」


そう言ったバルトロメイが呼び鈴を鳴らすと、速やかに女性の使用人がやってくる。呼び鈴の場所は使用人達の空間につながっているので、どこの部屋で呼ばれたかすぐにわかるのだ。

「お呼びでしょうか」


「この花束を、巫女殿のために生けておくように」


「かしこまりました」


女性の使用人は、豪華な大きな花束に目を軽く見開いた物の、速やかに作業に移ってくれた。


「ご主人様、食事の支度が調いました事をお伝えします」


「ああ。ではリリ、行くぞ」


「はい」


それなりの知識のある人に頼んだのだろうから、お花はもう大丈夫。そう判断したリリは、バルトロメイの手をそっとつかみ、優しい力加減で握られて、彼とともに食事をする部屋に向かったのだった。





ほかにも、バルトロメイはリリを甘やかす方向に舵を切ったのか、その夕食の席で問いかけてきた。


「リリは観劇に興味があるだろうか?」


「お芝居とかですか? 私はそれをやる側だったので、興味もなにも……」


事実だ。リリは時に観劇の中の劇中舞踊に参加し、劇に花を添える役の一人でもあった。

そのため、舞台裏には詳しいのだが、バルトロメイの言うところの興味とは何を示すのだろう。

夕食の最後のチーズを口にしながら、リリは彼の考えているところを読み取れないかと顔を見た。

リリにわかるわけもなかったが。


「芝居をする側だったなら、実際に客の側でそれらを見てみたいと思った事はないだろうか? と聞いている」


「そりゃあ、ありますよ。お客様がどんな気持ちで、どんな事を期待して見てくれているんだろうって思った事なら、何回も」


「今のお前は俺の雇う踊り子であり、丁重に扱われるべき巫女だ。そう言った希望はできる限りかなえたいと思うわけだが」


「……私が見たいと言ったら、観にいかせてくれるんですか」


「ちょうど初夏の公演の初日が近いからな」


「うわあ、初日の公演って下手な事出来ないから、一番緊張するんですよ! そんな貴重な公演を見るつてがあるんですか。演目は? こちらの国でどれくらいの腕前と称される人達の公演ですか」


初夏に栄えた街で行われる公演は、人々が浮き足立っている環境であるため、下手な物は用意されない。長時間の演目を行っても、極寒でも酷暑でもない時期は観客も体調不良にならないため、長時間の人気演目を行うのが相場だ。

長時間の演目は集中力を試される物であり、練習の数を見られる物ともって良いので、それが成功したら人気演目とされるのだ。

一体どれくらいの腕前の人達の公演を見て良いと言われているのだろう。

身を乗り出したリリに、バルトロメイが言った。


「初夏に王都で公演を行うのは、常駐の劇団だ。そして一番大きく立派な劇場を使う腕前の劇団である、フォストイ劇団が「春雪姫」を公演する」


「ああ、団長が言ってました! 悲恋に見せかけたハッピーエンドの大団円の、お姫様がめちゃくちゃかわいい演目って」


「話の中身は?」


「一通りは。でも実際に公演している物を見た事はありません。団長が団を始める前に、隣の国の劇場で見た時の話でしか」


「まあ、お前の故郷の国では公演されないだろうな。春雪姫は、都の一番大きな劇場でしか公演できない理由がある」


「その理由とは?」


「舞台装置あれこれだ。詳しくは知らないが、舞台装置を最大限に利用していると聞くからな」


「じゃあうちの団で、いくら公演したくても出来ないものですね。常設の劇場の舞台装置を、旅の団が真似できるわけないんで」


リリの納得した様子を見てから、バルトロメイがこう言った。


「観にいく気にはなったか?」


「はい、とても! 今日からわくわくして寝れなくなりそうです」


素直な言葉に、彼は目を細めて、唇を緩めたのだった。

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