リリと歓迎
エリカという彼女は、リリに対して最初から好意的な視線と態度であった。
それにリリはかなり戸惑ってしまったのだ。
「おはようございます、リリさん! お屋敷で軽はずみに通っては行けない場所を聞きたいと言う事ですよね、喜んでご案内させていただきます」
エリカはにこにこと友好的な態度で、初対面の相手からこうも愛想よくされるのは、少し慣れていなかった。
リリは団ではあまり表に出ない人間だった。踊り子が下手な事に巻き込まれないようにと、団長は買い物係に任命している、値引きの上手な人がいたのだ。
その人が大部分の買い物を担当し、荷物持ちで男達がついて行くのが基本だったのだ。
それもあって、踊り子達は熱心に、貢ぎ物の多さで優劣を争っていたとも言える。自分で買えないから、もらう物の多さで優秀さを競っていたのである。
そんな関係だと、踊り子達はぎすぎすした関係だったと思われるだろう。
だが踊り子の仲間達は、贈り物や貢ぎ物の量を比べあいっこしたりしているが、あれで非常に団結力のある仲良しだった。
仲良しだから行われる競争だったのかもしれない。
踊りの練習に熱中するリリには、あまり関係のないところではあったが。
「ええと、エリカさん。よろしくお願いします」
「はい」
エリカはそう言いリリについてきて欲しいと言って、本宅の中をゆっくりと案内してくれた。
やはり使用人達が日常的に使う通路は、リリには通って欲しくないらしい。
理由が。
「巫女様に、とっちらかった裏通路を使ってもらうの恥ずかしいじゃないですか! 昨日の今日で、皆で大急ぎでお片付けしたり、お掃除のやり直しをしたりしてますけど」
というもので、やっぱり誰でも、人目につかない所はぐちゃぐちゃにするんだな、ととても親近感のわいたリリだった。
リリは持ち物がどうしたって少ない、旅の団所属だった事から、荷物は抱えられる箱一つ分という制約があったので、とっちらかるもぐちゃぐちゃも、あまり自分では縁がない。
だが、団で一番人気の歌姫の美女は、贈り物が多いから荷物が多くなって、滞在先で荷物を広げると、そりゃあもう、手伝いの女の子を頼まなければ撤退の際に収拾がつかなくなる人だった。
彼女は今はどうしているだろう。あれだけ歌う人だったから、今でも観客の人達から拍手喝采、団長がにこにこ笑う人に間違いはないだろうが。
そこまで思って、ふとリリは、自分は団にもう一度戻りたいのかもしれない、と思った。
……単独で雇われて、古巣に戻れない踊り子なんて掃いて捨てるほどいる。
自分もその運命になった。
……だからそれを受け入れて、いる場所で精一杯のやれる事をするまでなのに、どうしてあの場所に戻りたい、と思ってしまうのだろう。
これがお姫様のところで思うなら話は別で、だってあんな境遇で幸せに暮らす事は出来なかった。
自分を踊り子としてではなくて、接待要員にして、都合よく扱おうとしてきた人達と、色々変なところはあっても、リリとして接してくれた団の仲間達は、比べるのだって団の仲間に失礼な事だ。
こんなに大事に扱ってもらって、戻りたいなんて、自分はどうしたのだろう。
リリは道を案内されたり、入って欲しくないリネン室などを教えてもらったりしながら、そんな心を感じていた。
「リリさんが、一人がつまらなくなったら、こちらに来てくださいね。リリさんがそうしたいって事だったら、ご主人様だって怒ったりしませんよ。あ、でもご主人様を優先してくれないと、私達困っちゃいますけどね」
そう言って、最後に案内されたのは使用人達の集まる談話室らしく、そこで場所を選ばない家事を行っている使用人達がいた。
「皆さん! 巫女様のリリさんです! ご挨拶!」
エリカがはきはきとした声で言うと、そこにいた誰もが顔を上げて、そして目をまん丸くして、わっと近付いていた。
「エリカ、奥方様じゃなくて巫女様?」
「やだ、神託通りの稲穂の髪の毛に常磐の瞳!」
「ものすっごい美人! うわ、ご主人様の神様面食い!」
「リリービアンカ様が眼中になくなっちゃいそう」
「あんたリリービアンカ様を見た事あるの?」
「実はある! ご主人様がお食事のお誘いを断られた時に、こっそり見に行った!」
「あんたのその行動力のある野次馬根性が、さすがね」
その誰もがリリに対して友好的すぎて、思わずリリは言ってしまった。
「皆さんどうして、私にこんなに親切な対応をしてくれるんですか? いきなり現れたぽっとでの素性の知れない踊り子に」
それは端的な事実であったが、男も女も関係なく、使用人達は顔を見合わせた後に、一人が代表のように手を上げてから、こう言った。
「え、だってご主人様に降りている、バルバリアードゥ様が見いだした巫女様でしょう? あなたが昨晩バルバリアードゥ様のために踊ってくださった後から、屋敷の中の重たい力が軽減されて、皆熟睡できたんですよ」
「ご主人様の体を走る、バルバリアードゥ様の不機嫌の象徴もすっかりなくなっていますし」
「素性が知れないと言いますが、たとえ素性が知れなくても、武神様が選んだと言うだけで、我々にとってはそんな事ささやかで意味がない事になるんです」
「そんな警戒心のなさでいいんですか……?」
さすがにリリが不安になって突っ込むと、使用人達はくすくすと笑った。
「リリさんは、あれを体感していらっしゃらないからそのように言えるんですよ」
「バルバリアードゥ様の巫女様のことごとくが、王宮から派遣されたろくでもない女性で、数が重なっていくごとに、バルバリアードゥ様の機嫌が低下して……我々は殺されないとわかっていても、あの重圧の中の生活は、大変だったんです」
「武神様が悪いわけではないと、皆わかっていたので、こうしてずっと務めてますけれどね」
「皆さんは、バラ様を慕っていらっしゃる?」
「慕ってますよ。何しろ労働の対価がきちんとしてらっしゃる!」
「福利厚生バッチリ!」
「俺なんかばあちゃんの介護で休職した時、お給金前借り出来て、ばあちゃんが心安らかに天国に行くまで、ばあちゃんに不自由させないですんだ!」
「私は実家の姉さんが、妙な病気にかかった時に、バラ様が様子を見に来てくれて、妙な病気じゃなくて呪いだって判明して、すぐに解呪士を探せたから、姉さんの命どころか、本当に狙われていた姪っ子の命が助かった!」
「お優しいお方なんですよ」
「自分の家臣達には惜しみない情を与えてくださるんですよ」
「本当に神様の様な、出来たお方で、一生ついて行くと決めていますが、バルバリアードゥ様の不機嫌の圧だけは、体がうけつけなかったんです」
そういう話題になって、リリは、バルバリアードゥの被る猫であるバルトロメイが、人に愛される人格なのだな、とはっきり感じ取れたわけだった。




