86話 4章 ~円卓会議~ -04
羊谷ジン。
医学に詳しい為、検死を主に任せていた。
故にみんなも彼の結果を信じていた。
――しかし。
それが揺るがされる事態が今、起こっている。
「全くもってくだらないとしか言えないな」
当の本人は腕組みをして、深く溜息をついた。
「私の検死結果が偽りだと? 言いがかりでしかないな。なんか証拠があって言っているのか?」
「検視結果が偽りである証拠・・・・・・」
僕は思い出す。
ナギサくんが目の前で落下したと思い込んでいたから気が付いていなかったけれど、今思えばおかしい点があった。
「もしかしたらあるかもしれない」
その証拠を知っている人は――
「チハヤくん。確認をさせてほしいんだけどさ」
「俺様か? 何をだ?」
「ナギサくんの身体って――固かったよね?」
「ああ。外の寒さにやられたと思うくらい体温も人肌に比べれば下がっていたし、それでカチコチになっているのかと思っていたぜ。死後硬直とかあるんだろ?」
「そう。死後硬直だよ」
僕はおかしいところを突きつける。
「ジンくん、君の検死結果だと落下直後に死んでいるよね? で、僕達が下に到着したのはものの数分後だ。――そんなに早く死後硬直が始まることってあり得るの?」
「・・・・・・」
「あり得ないねー」
答えないジンくんに代わって発言したのは、ユウリくんだった。
「基本的に死後硬直は首とかそういう部分的に固まるのは1~2時間後で、全身に回ってくるのが5~6時間後なんだよー。まあ外気温によって変わるけど、ここの外の環境だったら普通にそれくらいだろうねー」
ユウリくんは鋭い視線をジンくんに向ける。
「それくらい、ジンなら分かっていると思うけどねー。なんで落下死だなんて判定したんだろうねー」
「・・・・・・」
視線がジンくんに集まる。
数秒間の沈黙の後、彼は肩をすくめる。
「すまない。私が間違っていたようだな」
「間違い?」
「ああ。私はただの医学に詳しい学生だ。医者では無いのだからな。思い込みで検死をしてしまった。不十分だったのは認める」
頭を横に振るジンくんに対して、
「えー? ジンって、ただの医学に詳しい学生じゃないよねー? だって『能力』で医学に関しての知識があるんだからさー。そういう矛盾も気が付くはずでしょー? あ、もしかしてさー」
ユウリくんが人差し指を彼に向けながら問いかける。
「まさか――本当の『能力』が違う、とかないよねー?」
「っ!」
ジンくんの顔が驚きに歪む。
「あれー? 本当に『能力』が違うって顔しているよー。図星だったのかなー?」
「・・・・・・」
ジンくんが本当の『能力』を隠していた?
ヒナタくんのように偽りの『能力』をみんなに伝えていたとしたというのならば、
「ジンくんの『医学の知識』が地力ってことだよね」
「そういうこと。コータは何かジンの本当の『能力』に心当たりあったりする?」
「ジンくんの本当の『能力』・・・・・・」
そういえば以前、ジンくんと会った時に不可思議な出来事があった。
ぶつかったはずなのに、衝撃が全然無かった。
まるで吸収されたかのように・・・・・・
そしてジンくんの干支はヒツジだ。
ということは――
「もしかしてジンくんの本当の『能力』って・・・・・・『衝撃を吸収する』じゃないのかな?」
「っ!」
ジンくんの顔が強張る。
どうやら正解のようだ。
「前に廊下でジンくんとぶつかっちゃったことがあったんだけど、その時、なんかふわっとした感触だったんだ。その時は何かクッション性のあるものを持っていてぶつかったのかな、って思ったんだけどジンくんは何も持っていなくて、不思議に思っていたんだ」
「ああ、そういえば、ナギサも同じことを言っていたな」
「ナギサくんが?」
おうよ、とチハヤくんが首肯する。
「食堂でジンにぶつかった時、なんか違和感があったって話をしていたんだよ。違和感って何かはそんときは分からなかったけど、コータと同じだったんだな」
「・・・・・・ここまで分かられていれば誤魔化すことは出来ないな」
ジンくんは降参だというように両手を真上に向ける。
「そうだ。私の本当の『能力』は『衝撃を受けない』ことだ。医学の知識は、自分で身につけたモノだ」
「じゃあ――」
「だからといって」
強い口調でジンくんは遮る。
「蛇見ナギサを殺したのは私ではない。単純に、検死結果を間違えた理由を説明しただけだ。それがすなわち、私が殺害したという証拠ではない」
「それは・・・・・・」
確かにそうだ。
ジンくんの検死結果が間違っていた、というだけ。
彼が検死結果を偽っていた、という証明にはならない。
「あー、でもこれで納得したよー」
パン、と。
手を叩く音が隣から聞こえてきた。
「チハヤ、確か19時に中庭の近くにいたんだよね-?」
「ん? ああ、中庭の扉の前にいたぜ。何故か開いていたからな」
「その時、ってかアナウンス以外でさー、なんか変なこととかなかった? 例えば――変な音、とかさ」
「変な音? いや、そんなもの聞いた覚えはねえな」
「だよねー。――だったらおかしいよねー、コータ?」
ユウリくんが同意を求めてくる。
ということは、僕にも分かるということだ。
19時あたりで発生しているはずの変な音。
それは――
「落下して地面に落ちた時の音、だよね」
「せいかーい」
ユウリくんは両手で丸を作る。
「ユウリとコータでボウリングの球を落とす実験をした時、めちゃくちゃ音がしたんだよねー。でも19時にはそんな音がしなかった。チハヤが一番聞きやすかったんじゃないかなー」
「だろうな。でもそんな音はしなかったぜ」
でもよ、とチハヤくんが首を捻る。
「結局、ナギサが死んだのは19時じゃなかったんだろ? それが何か意味があるのか?」
「あるよー。2つの意味でねー」
ユウリくんはピースマークのように中指と人差し指を立てる。
「1つは、昼に落下したとしても同じように音がしていただろうってことだよー。でも誰もそんな音、聞いていないよねー」
「俺様は昼前まで外にいたが、そんな音は聞いてねえな」
「ぼ、ぼくも」
「僕も聞いていないね」
「勿論ユウリも聞いてないよ。で、もう1つ」
ユウリくんが中指を折り畳む。
「ユウリ達が見た、あの黒い物体がなんだったのか、って話だねー」
「あ。確かにそうだよ!」
マシロくんが大きな声を上げる。
「さっきからずっと不思議に思っていたんだけど、ぼく達は何かが落ちたのを見ているんだよ。あれがナギサくんじゃなかったら何だったっていうのさ」
僕も確かに何かが落ちたのを見ている。
しかもかなり大きなモノが。
しかし、ここまでの話で言うとそれは――
「もしかして――ジンくんだったんじゃないかな」
「え!? ジンさんが!?」
「さっきの話だと、ジンくんの本当の『能力』は『衝撃吸収』だ。だったら落下した衝撃を吸収できる・・・・・・つまり、怪我1つ負わずに落下して見せられるんだ」
「ああ、だとしたら、あの黒いフードは、その時にジンが被っていたのか」
「そうだと思う。だから中庭に黒いフードがあったんだろうね」
だんだんと繋がってきている。
彼が犯人だという事実として。
「あ。こういうことか!」
「どうしたのマシロくん?」
「キャンバスが置かれていた理由だよ。斜めに置いてあったキャンバスに落下したら、その方向に反発するでしょ。そうなったら、もし落ちた地点にすぐに明かりをともされても、その時にはそこにはいないってことになるよね」
「ああ。確かにそうだね。もしかするとその方向は中庭の扉の方向だったのかも。そうすれば一気に移動できて、いかにも落ちた地点にはいなかったというように出来るかもね。だから中庭の扉が開いていたのかも」
「ただ実際にはそこまで上手く行かなかったんだろうねー。というか上手く行ってたらチハヤとぶつかってバレていたのかもねー」
さて、とユウリくんは区切りをつける。
「落ちた黒い影については大体分かったねー。で、もう1つの方、昼でも落下したら音が鳴るよね、って方なんだけどさー。結局、たまたま居合わせなかっただけなのかなー?」
もうそれについても答えは出ている。
僕は結論を突きつけた。
「19時に落下したのはナギサくんじゃなかった。
だったら――ナギサくんは落下死じゃなかった、ってのが真実なんじゃないかな」
「あれ? でもナギサさんの死因は落下死だって・・・・・・」
「マシロくん――その検死をしたのは誰?」
「あっ!」
そうだ。
全て彼だったら、出来た犯行なのだ。
「ジンくん。君は、あらかじめナギサくんを殺害して中庭に置いておき、19時のタイミングで自身が落下して皆に見せ、死亡推定時刻を勘違いさせてアリバイを作った。
検死をするのが君だということを逆手に取り、自分の犯行を隠した。
君が――犯人だ」
「・・・・・・ふふふ。はっはっは」
ジンくんから聞いたことのない笑い声が聞こえた。
僕達は思わずたじろいだ。
「ああ、すまない。あまりにも言いがかりがすぎるのでな。私の真の『能力』や検死間違いから、こんな風に犯人だと擦り付けられるとは」
「あくまでも自分が犯人ではない、って言いたいの?」
「それはそうだろう。何故ならば証拠が無いのだからな」
ジンくんは不敵な笑みを浮かべる。
「私の検死結果としての死亡推定時刻が間違っていたことは認めよう。ただ、落下死については間違っていないぞ」
「てめえ・・・・・・もう言い訳すんなよな!」
「いいや。言い訳などではない。なんならば君達で検死をすれば良かったではないか」
「クウギョー。今から検死しに行っちゃ駄目ー?」
「円卓の部屋は会議が終わるまでは開放できません。そうでなければ無限に捜査が出来てしまい、犯人の方が不利になってしまいますからね」
「だよねー。じゃあ証明できないんだー」
「そういうことだ。君達は考えすぎなのだよ。事実は19時に蛇見ナギサが落下したということだ。トリックも何もない。私もこの目で落下した瞬間を見たのだからな」
「見たから落下したのは自分ではない、って言うの、ジンさん?」
「その通り。黒い布に私の指紋でもついているかどうかでも試すか?」
「指紋検出キットなら僕、持っているけど」
「無駄だよー。布から指紋を採ることは難しいんだー」
「ならばあくまで空想の話でしかないだろう。私が明らかな虚偽を付いていることや決定的な証拠があるなら出してみるがいい」
ジンくんは自信満々の様子だ。
だけど。
「コータ、何かないー? ユウリは証拠はないと思うから、何か発言で明らかに嘘をついている所を指摘するしかないと思うんだけど」
「大丈夫だよ、ユウリくん。もう見つけているから」
円卓に手を置きながら、僕はみんなに確認をする。
「19時に黒い物が落ちるのを見た場所を今一度確認するよ。僕とユウリくんはカフェテリアにいたよ。マシロくんは?」
「ぼくは美術室にいたよ」
「そうだよね。チハヤくんは中庭の扉の前にいたけど見ていない、で合ってるよね?」
「ああ。俺様は何かが落ちたのは見ていない」
「それで、ジンくんは保健室で見た。美術室、カフェテリアの他に窓がある場所はないから、これは間違いないね?」
「ああ。私が保健室にいることは何の違和感も無いだろう?」
「うん。いることには違和感は無いね。でも」
僕は決定的な事実を突きつける。
「保健室から落下するものを見ることは出来ないんだよ」
「・・・・・・馬鹿なことを」
ジンくんは鼻で笑う。
「カフェテリアの真下辺りは、保健室の窓からも見られるぞ。何を言って」
「あの時、保健室の窓からは外の景色が全く見えなくなっていたんだよ」
「・・・・・・なんだと?」
驚愕の表情を浮かべるジンくんを横目に、僕はそのことを知っている彼に声を掛ける。
「だよね、チハヤくん」
「ああ。今日、俺様が近くの木を折っちまったことで、保健室の窓を塞いじまったからな。少なくともカフェテリアの下なんて見られるわけがねえな」
「馬鹿な・・・・・・そんなことが・・・・・・」
みるみる内にジンくんの表情が青ざめる。
保健室にずっといたからこそ、実際に当日に見えるかどうかを確認する手間を怠っていた。 それ故に犯行が露見した。
「保健室の窓が見えない状態のままであることは確認済みだよ。そんな状態でどうやって君がいう、落下するナギサくんを目撃することが出来るのか、説明してもらえるかな?」
「それは・・・・・・」
口を開いては閉じ、また開いては閉じを繰り返すジンくん。
――だが。
「・・・・・・流石にもう無理か」
深く溜息を吐くと、彼は天を仰いだ。
「何もかも想定外で、それ故に今思うと穴だらけすぎる。愚か者の所業だな。
――馬鹿につける薬はないな」




