85話 4章 ~円卓会議~ -03
ナギサくんが投身自殺をした。
そのジンくんの言葉に一同は一瞬言葉を失った。
最初に口火を切ったのはマシロくんだった。
「サスケさんの事件の時にもそういう話があったよね?」
「ああ、そうだな。あの時は結果的に間違っていた結論だった。だが、それで蛇見ナギサは理解したのだろう。自殺も事件になる、と」
「だから今回やったってこと・・・・・・あ!」
マシロくんは思い出したかのように声音を上げる。
「そういえば今回のクウギョの言葉も前と同じだったよ。確か『蛇見ナギサを死に至らしめた人物』って言い方をしてたよ!」
思い返せば確かにそうだ。
クウギョは同じ言葉を口にしていた。
「何よりも一番あり得る答えではないか。どうして最初からその可能性に言及しないのかと思っていたくらい、シンプルな話だ」
「確かに・・・・・・ナギサくんが自分から飛び降りたのならば、何のトリックとかもいらないよね」
僕も納得してしまった。
至ってシンプルな結論。
19時ちょうどにナギサくんは身投げした。
結果、死んだ。
ただ、それだけ。
「となるとあの手紙を書いたのも・・・・・・」
「恐らく蛇見ナギサ本人なのだろうな。誰かが偽って書いたのでは無く、そのまま本人だったパターンだ。そう思えば、この手紙も自体が妙に真っ直ぐで筆跡を隠そうとしているみたいだったな。これもきっと、彼が他の人を疑わせる工作の1つだったのだろう」
ジンくんは懐から封筒を取り出して目の前に置く。
ほぼ同時のタイミングだった。
「・・・・・・ふざけてんじゃねえぞ」
ダン、と机が叩かれる。
チハヤくんだった。
「ナギサが自殺? んなわけねえだろうがよ」
「その根拠は何だ?」
「あいつが自殺なんかするわけねえんだよ。そんな心が弱くねえからな」
「ふむ。心が弱いから自殺、か。それは安易な考えだぞ、龍崎チハヤ」
ジンくんは短く息を吐く。
「蛇見ナギサは、強い意志を持って自らの命を絶った可能性がある」
「あ? どういうことだよ?」
「それは・・・・・・全部私が答えても何だな。――猫泉コータ。君なら分かるのでは無いか?」
「え?」
「ヒントを与えよう。これだよ」
突然振られて少し困惑していると、ジンくんが懐から封筒を取り出してひらひらと見せつける。
「これって・・・・・・『黒幕』の情報、だよね」
「ああ、そうだ。その中身について君は知っているだろう?」
「うん。教えてもらったからね」
ちらとジンくんに視線を投げると、彼は頷いた。これは内容について言っていいということだろう。
その中身は――
「確か、『黒幕』は神になろうとしている、だよね」
「その通りだ」
ジンくんは満足そうに笑みを見せる。
反面、僕は困惑していた。
「でも、それがどうしてナギサくんが自殺する理由になるの?」
「まだ気が付かないのか」
ジンくんは眉間に皺を寄せる。
「では順序立てて説明しよう。『黒幕』は神になろうとしていた。この円卓会議で『犯人』が指名されなければ神になる。これらが結びつくことはなんだ?」
「それって・・・・・・」
ジンくんのその問いの答えは、明確だった。
だけど、そんなことは信じられずに言葉に詰まる。
信じられなかったけれども、意を決して確認の意味を含めて言葉にした。
「ナギサくんが――『黒幕』だった、ってこと?」
「ふざけたことぬかしてんじゃねえよ!」
ダン、と。
机を思い切り叩きつけて、今にも飛びかからんばかりにチハヤくんが怒りを見せていた。
「ナギサが『黒幕』なわけねえだろうが! あいつが一番、『黒幕』を探していたんだぞ!」
「そう。最も怪しくない。――だからこそ、私は最も彼がそうだと疑っていた」
反面、チハヤくんは冷静に答える。
「龍崎チハヤ、問おう。『黒幕』について一番遠い人物は誰だ?」
「あ? 一番遠い人物って・・・・・・それはコータだろうが」
突然指名されたことからヒートアップ状態から少し冷めた様子を見せたチハヤくんは、僕を指さしてきた。
「コータはネコの干支で神になる権利がねえ。だから『黒幕』には絶対なり得ねえ」
「そうだな。ではその次に『黒幕』ではないと思われる人物は誰だ? 死んだ人物でもいいぞ」
「次は・・・・・・ナギサだ」
チハヤくんは力強く告げる。
「あいつはずっと『黒幕』を探していた。誰が見ても明確に探していただろう。『黒幕』がそんなことするわけねえだろうが」
「確かに、私もそう考える。猫泉コータの次に『黒幕』たり得ないのは蛇見ナギサだ、と。最初に殺された根津アユムや『黒幕』が残っていることをクウギョに証言させた猿島サスケよりもな。――兎沢マシロはどうだ?」
「あ、ぼ、ぼくもそう思うよ」
突然話を振られて身体を跳ね上げつつも、マシロくんは肯定の言葉を口にする。
こちらにも回ってくるかと思ったが、ジンくんは2人聞けば十分だと思ったのだろう、質問を止めて話を続ける。
「だからこそ、彼が死んだらみんなこう思わないか? 『蛇見ナギサは黒幕に殺された』と。それ以外に蛇見ナギサが殺される理由は無い、と」
正直、そう思っていた。
ナギサくんが殺されたのは『黒幕』に近づきすぎたからだ、と。
「だから彼は、ただ飛び降りた。そうすることで、私達はありもしないトリックを想像し、存在し得ない犯人を捜し続けるのだからな。さて、そうすることで蛇見ナギサに何が得をするだろうか」
「それは・・・・・・神になる、ってこと?」
「そうだ。このまま彼を指名しなければ、彼が神になっていただろう。そして神になろうとしていたのは――故に、蛇見ナギサが『黒幕』である、という結論を私は出した」
確かに、筋が通っている。
何のトリックもなしにナギサくんが飛び降りたのも、ジンくんの説明で納得感はあった。
ただ、腑に落ちない点もいくつかある。
「でも、どうして自殺って形だったの? 神になるのならば、誰かを殺した方がいいじゃないのかな?」
「確実性の話になるな。蛇見ナギサの『能力』では、見破られずに犯行を行うことが出来ないと判断したのではないか」
「でも、人数が少なくなってから実行に移したのはどういうことになるのかな。多い方が犯人としてなすりつけられる人物が多かったんじゃないかな」
「タイミングの問題だろう。彼が『黒幕』を探していて信用を得る時間も必要だったし、今回の犯行としてはみんなを特定の部屋にいさせる必要がある。イレギュラーな可能性を極力減らしたかったのだろう。もっとも、龍崎チハヤはそのイレギュラーだったようだがな」
「・・・・・・」
名前を挙げられたチハヤくんは眉間に皺を寄せながらも、怒りは既に収まった様子で口を真一文字に結んでいた。
「こうやって可能性を上げても、きっと皆の中で蛇見ナギサが『黒幕』ではないという意識が残っているだろう。それが彼の狙いであり、今回の事件の動機だったのだよ」
ジンくんの説明には説得力がある。
そして、それを受けてもナギサくんが『黒幕』だとはどうしても思えなかった。
ただ、それは感情であり、ジンくんの積み上げた理屈は崩せない。
「龍崎チハヤ」
唐突にジンくんはチハヤくんの名前を呼んだ。
「君が一番信じることが出来ないだろう。しかしながら、状況から見ても蛇見ナギサの自殺でなければ説明が付かないのも理解してほしい。そうでないと何の痕跡も残さないで屋上から落下させ、猪瀬ユウリの目を掻い潜って屋上から離脱した人物がいたことになるのだから。私にはそんな方法は到底思いつかない。君はどうだ?」
「俺様は・・・・・・」
唇を噛みしめ、チハヤくんは首を横に振る。
反論したいのに出来ない、という悔しさが全身から現れている。
そこから沈黙が場を支配した。
誰もジンくんに反論できない。
何故ならば、ナギサくんが自分で落ちた以外に考えられなかったからだ。
だけど、僕にはどうしてもナギサくんが黒幕だとは思えなかった。
だから同じ意見を持っているであろう彼に呼びかける。
「ねえ、チハヤくん、本当にナギサくんが『黒幕』だと思っているの!?」
「そんなこと・・・・・・」
思っているわけねえよ、と続くと思った。
だが、
「・・・・・・っ」
チハヤくんは顔を歪ませる。
「分かんねえ・・・・・・俺様はもう、ナギサが分からねえんだよ・・・・・・」
「チハヤくん・・・・・・」
「あいつが『黒幕』じゃねえってのは思ってる。だけど・・・・・・だったらなんで自殺したんだよ・・・・・・その理由が分からねえんだよ・・・・・・」
ギリ、という歯を食いしばる音が聞こえた。
あまりにも辛そうなその表情に、僕は思わず声を掛ける。
「自殺じゃなくて誰かに殺されたかもしれないじゃないか。僕だってナギサくんが自殺したとは思えないよ。だから――」
「――もういいだろう」
僕の声を遮って、ジンくんがぴしゃりと言い放つ。
「これ以上考えても時間が過ぎていくだけだ、猫泉コータ。これ以上やっても龍崎チハヤが苦し無だけだと思うぞ」
「それは・・・・・・」
その通りかもしれない。
僕が押し黙ると、ジンくんは視線を中央に向ける。
「結論は出たようだな。さあ、早くこの円卓会議を終わらせようか。――クウギョ」
「はい」
「犯人投票を」
「それはまだ早いよ、ジン」
みんなの視線が1人の人物に集められる。
僕も真横にいる彼を見た。
ユウリくんだ。
「猪瀬ユウリ。先程から何も口にしていなかったようだが、まだ何かあるのか?」
「あるよ。だってユウリは知っているんだもの」
「何をだ?」
「ナギサが『黒幕』じゃない、ってことをだよ」
はあ、とジンくんが見るからに深い溜息をついた。
「また感情の話か。蛇見ナギサが『黒幕』だったのはさっき私が説明した通り」
「感情じゃないよ。ほら」
ユウリくんが手に持っていたのは封筒だった。
「ユウリの持っていた『黒幕』の情報。これが証拠だよー。はい」
「え?」
ユウリくんはその封筒を僕に投げ渡してきた。
「中身を読み上げてみて、コータ」
「えっと・・・・・・え?」
書いてあった中身を見て、僕は驚きの声を上げる。
「猫泉コータ。何が書いてあったんだ?」
「読み上げるね」
僕ははっきりとみんなに聞こえるように告げる
「――『黒幕は2文字の干支の人物ではない』」
「っ! それって!」
チハヤくんが身を乗り出す。
「『ヘビ』の干支であるナギサは『黒幕』じゃないってことじゃねえか!」
「そういうことー」
満面の笑みのユウリくんに、僕は問う。
「ちょっと待って。ユウリくんは最初からナギサくんが『黒幕』じゃないって知っていたってことだよね?」
「そうだよー」
「じゃあなんで言わなかったの? そのせいで間違った方向に推理が進みそうになっていたよ」
「ごめんねー。でもユウリはみんなの反応を見て、この円卓会議の中で『黒幕』を見極めようとしていたんだよねー」
言われて気が付いたが、後半の議論でユウリくんはほとんど発言はしていない。
「・・・・・・これはどういうことだ?」
ジンくんが額を押さえる。
「蛇見ナギサが『黒幕』でないとするのならば、この事件はどういうことなのだ・・・・・・?」
「ジンが困惑するのも分かるよー。考えられることはいくつかあるよねー」
ユウリくんは、うんうんと頷く。
「1つはユウリの持っていた『黒幕』の情報がねつ造だっていうこと。だけどそれはあり得ないよねー」
「ああ。君に全くメリットがないからな。そこは疑っていない」
「なら答えは1つだよ」
ユウリくんは指をビシッと立てる。
「ナギサは、自殺じゃない、ってことだよ」
「・・・・・・何を言っているんだ」
ジンくんは笑い飛ばす。
「状況的に蛇見ナギサの投身自殺しかあり得ないという議論は済んでいるだろう。それよりも『黒幕』じゃないのに自殺した、という方がまだあり得るだろう」
「・・・・・・いいや」
そこで声を上げたのはチハヤくんだった。
「ナギサが『黒幕』だったならともかく、そうじゃなかったら自殺なんか絶対しねえよ。それは自信持って言えるぜ」
「また感情論か・・・・・・」
ジンくんはチッと舌を鳴らす。
論理で突き詰める彼には合わないだろう。
だが、同時に分かっているはずだ。
ナギサくんが自殺ではないという可能性を信じているのが、少なくともこの場では3人以上いるということが。
それは、明言したチハヤくんに、提言したユウリくん、加えて――この僕だ。
「ならさー、逆に考えてみようよー」
パン、と手を打ってユウリくんは提示する。
「無い証拠を探すんじゃなくて、あるとおかしいものがなかったか、みんなで議論してみよー」
「あるとおかしいもの? それは何だ、猪瀬ユウリ?」
「ナギサが投身自殺しただけならばあるはずがないないものとかないかなー、って」
「あ、そういえばあったぜ。あの中庭に黒いフードがあったぜ」
「黒いフード? どこにあったの、チハヤさん?」
「ナギサの死体と中庭への入り口のちょうど真ん中らへんのとこだな」
「だがそれは蛇見ナギサの投身に何か関係する手掛かりなのだろうか」
「あ、誰かが置き忘れたとかだよね。それはあり得るかも」
「まあ落下途中で服が脱げてそっちに飛ばされた、ってのもあるかもしれないだろう。私達が落下した瞬間を見たのは一瞬だったのだから」
「しかも黒い影だったしね。中からの明かりでかろうじて、何かが落ちた、くらいしか見えなかったよ」
「他にあったとすれば、キャンバスとかか」
「ケンタロウの事件以降に外にあった可能性はないか?」
「誰か片付けた記憶あるー?」
「ないな。他の現場も含めてクウギョがそこら辺片付けていると思っていたぜ」
「でもこれも風で流されたとかじゃないかな」
「うーん、これ以上に何も無いとは思うぜ」
「暗かったし、仕方ないのではないか」
「ねえ、コータ。ナギサがただ落下しただけならば、やっぱりあれっておかしくないかな」
「うん。僕も気が付いたよ」
僕は彼の意見に同意する。
「チハヤくん、君の言う通りだよ」
「あ? 何がだ?」
「ナギサくんが自分でただ落下したならおかしいモノ。
それは――キャンバスだよ」
「ん? 何がおかしいの?」
マシロくんが首を傾げる。
「黒いフードと同じように風で飛ばされたり、近くに落ちていただけじゃない? それだったら別にあってもおかしくないと思うんだけど」
「そうだね。マシロくんの視点だとそうかもしれないね。
だけど――あのキャンバス、最初はナギサくんの上にあったんだ」
「そうなの!?」
「そうだよー。ユウリも上からライト当てた時に見えたし、なんならその場にいたチハヤも見たよねー」
「ああ、確かに俺様も見た。あのキャンバスは、ナギサの上から立てかけられていた」
「ということは、あのキャンバスは、ナギサくんが落下した後に上に載せられた、ってことなんだよ」
「おいおいおい、おかしいじゃねえか」
チハヤくんも気が付いたようだ。
「あの時は風も別に強くなかった。つまり・・・・・・ナギサが落ちた後に、誰かが意図的に立てかけた、ってことになるよな?」
「物理法則的に落下の衝撃でキャンバスが載る、なんてあり得ないからね。そういうことになると思おうよ」
・・・・・・あれ?
そうなると――前提条件がおかしくないか?
途端に、僕の中である種の結論が導き出される。
それが正しいものなのか、確認も兼ねて僕は口に出す。
「いったん整理するよ。
落下したのを見て、僕は中庭に向かった。
その途中の扉の前でチハヤくんと合流して、遺体のある現場に向かった。
そこでナギサくんの死体を見つけた。
その後にジンくんが来て、死亡を確認した。
直後にクウギョのアナウンスが流れて、マシロくんとユウリくんが現場に来た。
つまり、僕とチハヤくんの前に誰も死体には近づいていないはずなんだ」
となると、おかしい前提条件とは――
「・・・・・・ナギサくんって、本当に、あの時に落ちたのかな?」
「コータ、どういうこと?」
「僕達が来る前にキャンバスが置いてあったってことは、落下してから僕達が来るまでの間に誰かいたってことだよね。でもそんな時間は無かった。だったら――落下したのがあのタイミングじゃ無かったとしか考えられないんだよ」
そして、僕は畳みかけるように続ける。
「でも、あのタイミングでナギサくんが落下していないとなると、1つだけ、矛盾が生じるんだ」
それは――
「死亡推定時刻だよ」
そう。
実質的に、これは告発だ。
犯人が彼であるということの。
「あらかじめあの地点にナギサくんの死体があったのならば、彼が19時ちょうどに死んだとは考えにくい。それよりもっと前に死んでいたんじゃないかな」
「おいおいおい、ちょっと待てコータ」
チハヤくんが目を見開く。
「ってことはよ、あいつが言っていることが嘘だって言っているのか?」
僕は首を縦に動かす。
「僕達の推理が行き詰まったのは、あの時間、何のトリックもなしにナギサくんを落とすことが不可能だったからだ。
でも、その前提条件である『死亡推定時刻』が変わるのならば、それらの疑問は解消される。だって、その時に飛び降りて死んだんじゃないんだから」
では、誰がそんな風に死亡推定時刻を偽れるか。
そのような人物は、僕達の中でたった1人しかいない。
「ジンくん。
君がナギサくんを殺害し、検死結果を偽った――犯人じゃないのかな」




