84話 4章 ~円卓会議~ -02
「え・・・・・・?」
僕は思わず隣にいるユウリくんの顔をまじまじと見てしまう。
彼はいつもと変わらない、飄々とした表情だった。
「ユウリがナギサを殺した、っていうの、ジン?」
「その可能性があると口にしてあるだけだ。まだ断定はしていない」
「あ! そういうことか!」
マシロくんが突如声を上げる。
「もし、さっきジンさんが言った通りにユウリさんが何らかの仕掛けでナギサさんを落下させたのであれば、疑問に思っていたことが解決できるよ」
「疑問に思っていたこと? それってなに、マシロくん」
彼は人差し指を立てる。
「ぼく達みんな、19時にとある場所に来て、ってナギサさんからの手紙に書いてあったでしょ。ぼくは美術室、ジンさんは保健室、チハヤさんは・・・・・・」
「俺様は体育館だな。行かなかったけれど」
「え? そうなの?」
「あんなの、ナギサが書くわけねえじゃねえか。だから体育館に何か仕掛けられていると思って行かなかったんだよ」
「そういうことね。それで、ユウリさんとコータさんは、同じくカフェテリアだったんでしょ?」
「そうだよー。コータと同じ場所だったー」
「それっておかしくない? なんで2人だけ場所が被って、他の人は独りになるように指示されていたの?」
「あ、そうか。つまりこういうことだな。
――9時にコータに一緒にカフェテリアにいたことを証言させるため、か」
「そういうこと。自動で落とす仕掛けを作っていたら、アリバイ作りになるからね」
「成程。つまりあの手紙は猪瀬ユウリが書いており、自分以外の他の人達のアリバイを無くすのが目的だったのか」
「状況的にも一番メリットがあるのが、ユウリさんなんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
僕は思わず声を出す。
「みんな、もしかして・・・・・・ユウリくんが犯人だと思っているの?」
「そうだよ、コータさん」
マシロくんは首を縦に動かす。
「状況的に一番怪しいのはユウリさんだよ。ユウリさんと同じ場所だったのもそうだし、1人だけ屋上に向かったのだっておかしいでしょ」
「おかしくないよ。ユウリくんには『能力』があるんだよ。だからきっと何かを感じ取ったんじゃないかな」
「その何かってなに? 結局犯人らしき人は居なかったんでしょ?」
「それは・・・・・・でもユウリくんがそんなことをやるはすが――」
「――その間違い、見つけたよ」
そう声を発したのは、ユウリくんだった。
いつものような冗長的な話言葉では無く、鋭い声でそう言葉を投げてくる。
そのあまりのギャップに、前傾姿勢で追求していたマシロくんがビクリ、と身体を引いた。
「ま、間違い? ぼくの話のどこに間違いが――」
「ああ、違うよー。間違いってのは――コータの方だよ」
「え? 何を言っているの?」
僕は思わず声を上げてしまう。
「今、僕は君が犯人でないことを説明しようとしているんだよ。それが間違いって事は・・・・・・」
――つまり犯人だってことになるのではないか。
そう口に出す前に、彼は口の端を上げる。
「コータは今、猪瀬ユウリが犯人じゃ無いって考えているじゃない。駄目だよー。
猪瀬ユウリは怪しいんだからちゃんと疑わないと」
(・・・・・・何を言っているんだ?)
全く意図が読めない発言に困惑している僕に、彼は次々と言葉を投げつけてくる。
「猪瀬ユウリってやつは確かに怪しいねー。だって真っ先に屋上に行ったし、普通はそんなことは思いつかないよ」
「でもそれは、僕と2人だったから・・・・・・上と下の確認の役割分担が出来る状態だったからだよ。1人でいた時に真っ先に屋上に行っていたらそれは怪しすぎるよ」
「でも犯人がいるかもしれない、って言って屋上に上がることだって出来たじゃん。だからやっぱり屋上に行ったのは怪しいよ」
「その理屈で言えば同じ場所に2人でいる必要も無いよ。むしろいることで逆に疑われる結果になったし」
「でもそれはなんらかの仕掛けを使って落下の瞬間を一緒に目撃するのが目的でしょ。そもそもの議論の発端を忘れちゃ駄目だよー」
「いや、そもそもそれだって『なんらかの仕掛け』が何なのかをはっきりさせないといけないでしょ」
「――と、いうことだよー」
にっこりとユウリくんは微笑んだ。
「ユウリが犯人だと疑う前に、まずは屋上にあったという仕掛けが何かを議論してほしいなー」
ようやく理解した。
彼は自分が犯人だという前提で僕に議論をふっかけて、疑われることとなった元の
導き出させたのだ。
それまでは5人いる内の3人がずっとユウリくんを責め立ててた状況で僕と同じ事を言っても言い訳としか思えなかっただろうし、意見を聞いてくれる可能性は低かった。
だが、今はどうだ。
突拍子も無いことで自分が言いたかったことを僕に言わせたことで、膠着した場を作り出した。
(・・・・・・面白いなあ)
こんな場面なのに思ってしまった。
ユウリくんという人間の凄さにただ圧倒された。
「はい」
パン、とユウリくんが手を叩いた音でハッとする。
「それじゃあユウリが屋上で仕掛けた何かについて、具体的にどうすればそういうのが出来るのかって話をしようよ」
彼の言葉に端を発し、皆は議論を開始する。
「具体的にって何の話をすればいいんだ?」
「あれー? 最初に言い出したのはジンでしょー?」
「私は可能性の1つとしてあげただけだ。19時ちょうど、というのがキーなのではないか、とな。そこから先に発展させたのは兎沢マシロだぞ」
「ぼ、ぼく?! そ、それは思いついたからで・・・・・・」
「別に議論を進めたことは問題ないし、むしろどんどん意見出してもらっていいんだよー。ってことでマシロ、なんかないのー?」
「え? えっと・・・・・・あ! 確かジンくんが言っていたよね、あの放送の音で落ちたんじゃ無いかって」
「確かに言ったが根拠は何も無いぞ。方法も思いついていない」
「でもよ、音じゃ無くても19時を合図に、自動でじゃなくて、なんらかの方法で落としたとかはあるんじゃねえか。例えば長い縄を垂らしてどこかで切って落とすとか」
「それってつまりーユウリとコータ以外の誰かがやったってことだよねー?」
「あ、そうだよね。ユウリさんとコータさんは同じ部屋にいたから、そんなこと出来る隙はなかったってことだよね」
「そうなると我々3人の中に犯人がいるということになるな」
「んだよ。さっきと逆の結論になったじゃねえか」
「――コータ」
ユウリくんが僕の方を真っ直ぐ見てくる。
「例えユウリ達に不利になる状況でも、それでも真実追究のためにはしっかりと訂正しなきゃ駄目だよー」
・・・・・・ユウリくんにはお見通しか。
僕は先程の議論の中で矛盾している点を指摘する。
「チハヤくん、長いロープで結びつけておいて切って落とす、っていうのは不可能だよ」
「そうなのか?」
頷いて僕は説明する。
「ロープを使って、ということはどこかに結びつける必要があるよね。屋上で結びつけられる所なんてあの柵しか無いよね。でも落ちた場所の真上の柵を調べたけど、擦れた後とか何か設置した跡とか、そういうのは全く無かったんだ」
「つまり、俺様が言った方法は使えねえってことか」
「ちょっと待って。それは違うかもしれないよ」
マシロくんが手を上げる。
「コータさんが言ってたけど、調べたのって真上でしょ? そこから離れた場所とかにロープを結びつけて風で流されたとかはないの?」
「それはないよ、マシロくん」
「なんでそう言い切れるの?」
「それは試したからだよ。実際にどうなるかをね。それを証明できる人がいるはずだ。そうだよね」
僕は彼に問いかける。
「ジンくん」
「・・・・・・私か?」
「ジンくんが検死をしていた時に、ある出来事があったでしょ」
「ああ、あれか」
「え? 何かあったの?」
「猪瀬ユーリがボウリングの球を落としてきたんだよ」
「なんでそんなことしてんだよ、ユウリ」
「さっきマシロが言ったように、風の影響とかを調べるためにねー。結果は真下に落ちたよー」
「ならば流されたということはなさそうだな。つまり真上に跡が無い以上は誰かがロープを結びつけて落とす、というのはなさそうだな」
「うーん、そうなのかな・・・・・・あ、こういうのはどう?」
マシロくんは手を打って提示してくる。
「真上から落としたんじゃなくて横から勢いついて落下したとかは? ほら。振り子みたいな形でさ」
「成程。そうすれば真上に跡が付かなくとも現場に遺体は落下する。いい視点だな。――と言いたいところだが、それはあり得ないぞ、兎沢マシロ」
「え? なんで?」
「私達は実際に見ているではないか。蛇見ナギサが落下するところを。その時、落下軌道は真っ直ぐだっただろう?」
「あ」
マシロくんは口元に手を当てて、うっかりしていたという表情になる。
「そうだったよ。なら真上からの落下しかあり得ないね。・・・・・・うーん、いつものみんなみたいに推理して事件解決に貢献しようとしたけど、駄目だったなぁ」
「いいや。そういう意見を出すのが大事なのだ。くじけてはいけない、兎沢マシロ」
悔しそうに臍を噛んでいるマシロくんに、ジンくんはいつもながらぶっきらぼうな口調ではあるものの、前向きな言葉を掛ける。
「しかしながらこれで証明できたわけだな。龍崎チハヤ、兎沢マシロ、猫泉コータ、そして私には屋上に上がらずに蛇見ナギサを落下させることは出来ないということが」
「おいおい。だったら犯人は残る1人じゃねえかよ」
チハヤくんが鋭い目つきをユウリくんに向ける。
だが、すぐさま否定の言葉が飛んでくる。
「まあ待て、龍崎チハヤ。理由は似て非なるモノだが、結論から言うと、猪瀬ユウリも不可能、となるのだ」
「あ? どういうことだよ?」
「屋上に何も仕掛けがあった跡がなかったということは、つまり――猪瀬ユウリも同じように仕掛けをすることが出来ない、ということだ」
その通りだ。
そもそもユウリくんが疑われたのは屋上に行って、そこに誰もいなかったからだ。その前まで僕と一緒にいたので、本来は疑われる立場では無いのだ。
「・・・・・・待てよ。おかしいじゃねえか」
チハヤくんが眉をへの字に曲げる。
「この中の誰もが、ナギサを落とすことが出来ない、ってことだろ? そんなことありえねえだろうがよ」
そう。
現状は、この中の誰もが犯人になり得ない、ということ。
だったらナギサくんは誰に殺されたのか――
「――1つだけ、まだ選択肢は残っている」
ジンくんが口を開く。
「むしろ、猪瀬ユウリが犯人だという説よりも、私はこちらの方を有力視している」
「そうだったんだー。じゃあユウリをわざわざ疑うようなことは言わなくて良かったじゃん」
「話の中で1つの可能性に思い当たったから口にしたまでだ、猪瀬ユウリ」
唇を尖らせるユウリくんに、ジンくんは肩をすくめる。
「しかも、どうせ君も思い当たっているだろう?」
「んー? なにがー?」
「・・・・・・まあいい」
ジンくんはモノクルを押し上げ、僕に問いかけてくる。
「なあ、猫泉コータ。何も仕掛けも無く、19時の時点では屋上にいて、その後、猪瀬ユウリが来る前に屋上からいなくなることが出来た人物がいるんだが、誰だか分かるか?」
「え? そんなのいないって話になったんじゃ・・・・・・」
と、そこまで口にして僕は気が付いた。
「まさか・・・・・・この人のこと・・・・・・?」
僕は恐る恐るといった様子で、彼の名を口にした。
「ナギサくん、だよね?」
「そうだ」
ジンくんが頷いた。
「蛇見ナギサであれば、何の跡も残さずに19時ちょうどに屋上から姿を消せる。何せ落ちるだけだからな」
「おいおいおいおい、何言ってんだてめえ」
額を押さえて震える声でチハヤくんが抗議する。
「それって・・・・・・ナギサが自分から落ちた、ってことを言っているのか?」
「そういうことだ。この事件は至極単純だったのだよ」
ジンくんはチハヤくんの隣の席――ナギサくんの席を指さす。
「今回の事件は、蛇見ナギサによる投身自殺だ」




