83話 4章 ~円卓会議~ -01
ジンくんと円卓の部屋に入ると、既に全員揃っていた。
そもそも全員と言っても、もうここには5人しかいない。
ジンくん。
チハヤくん。
マシロくん。
ユウリくん。
そして、僕。
もう二度と起こるとは思えなかった殺人事件。
残念ながら発生してしまった。
故に行わなくてはならない。
円卓会議を。
犯人を決める会議を。
「それでは、これから円卓会議を始めます」
僕とジンくんが決まった席に着くと、クウギョがいつものように中央部に現れた。
「これから皆様には蛇見ナギサ様を死に至らしめた人物が誰なのか、議論してもらいます。
議論の末、犯人だと思われる方に、お手元の電子機器の投票機能を使って入れていただきます。
最多投票の方が犯人でなければ、殺人を犯した方が見事、この宴の勝者となり、神様になっていただきます。
しかしながら最多投票が犯人の方であれば、その方は神様になる権利を失い、処刑されます。
もし同数であれば、猫泉様が入れた方が、最終的に選択された方になります。
――それでは議論を始めて下さい」
クウギョが場を去るなり、まず声を上げたのはチハヤくんだった。
「端的に聞くぞ。ナギサを殺した奴は手を上げろ」
当然のごとく、誰も手を上げずに場が静かになる。
「例え犯人であっても宣言する人はいないだろう。君は何を聞いているんだ、龍崎チハヤ」
ジンくんが呆れたように肩をすくめる。
「はん。ただ単に見ただけだ。ナギサを殺しておきながら平然としている奴なんだな、って確認をするためにな」
「そういう君が殺した線も残っているのだが」
「あ? 俺様がナギサを殺すって? お前、冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「冗談では無い。可能性の1つだ」
「・・・・・・なんだと?」
チハヤくんがつかつかとジンくんの元へと歩いて行き、胸ぐらを掴む。
「てめえ・・・・・・殺してやろうか・・・・・・?」
「議論を封殺する気か? そういう意味での殺しになるな、これは」
「ああ?」
「ありとあらゆる可能性を追う必要があるだろう、私達は。君はこの前の事件を忘れたのか?」
この前の事件。
それはサスケくんとヒナタくんの事件のことだろう。
「彼らは友人であった。友人なのに殺した。いや、友人だからこそ殺人になった、という方が正しいだろう。今回がそのケースでは無いという結論はまだ出ていない」
「俺様がナギサに頼まれて殺したってことか!? そんなことはありえねえ! そんなことするわけねえだろうがよ!」
「何故だ?」
「何故ってそれはあいつとは仲が良かったし、頼まれても――」
「君の言葉は、犬飼ヒナタと猿島サスケのことを侮辱しているのではないか?」
「っ!」
チハヤくんがジンくんを掴む力が弱まったのが見て分かった。
「自分ならそうしない。理由を聞いたら仲がいいから。じゃあ仲が良かったのに殺害した犬飼ヒナタは愚かだったのか?」
「それは・・・・・・」
チハヤくんはジンくんの胸元から手を離し、だらんと腕を下げた。
ジンくんは何事も無かったように白衣を手で払う。
「まあ、私は愚かだと思っているがな。ただそれは友人というものを理解していないからであるのも自覚した上で、そう思わざるを得ないだけだ。だからこそ、ありとあらゆる可能性を模索するために君も疑っている。――説明は以上だ」
「・・・・・・」
チハヤくんは無言のまま自席に戻った。
……この一連の流れ、きっとナギサくんがいたらジンくんの元に向かう前に止めていたんだろうな。
彼が殺害されてこの場に居ないことが、こういう所でも顕在化している。
「ただ、疑うだけでいちいち暴力に怯えなくてはいけないのは面倒だな。――クウギョ」
「はい。なんでしょうか、羊谷ジン様」
どこからかふわふわと現れたクウギョに、ジンくんは指先を突きつける。
「何かある度にこうやって物理的に突っかかれたら議論が進まない。何か対策をしてくれ」
「そうですね・・・・・・では、こういたしましょう」
クウギョはヒレを広げる。
「この円卓会議が終わるまでは、皆様、持ち場の椅子から離れてはいけません。離れた瞬間、こちらでその方を拘束させていただきます。――これでよろしいでしょうか」
「ああ。最初からそうやってくれれば助かるのだがな」
「ですが、そうすると証拠を共有する際などで動けなくなるデメリットもありますので」
「その場合は君が運べば良いだろう、クウギョ?」
「・・・・・・はあ。魚使いが荒い方ですね。了解いたしました」
不服そうにそう言って、クウギョはまたふよふよとどこかに行ってしまった。
「さて、と。これで余計なことを考えないで議論できるな」
ジンくんは机に肩肘をつく。
「では最初は私から報告しよう」
その言葉を皮切りに、議論が始まる。
「蛇見ナギサの死因だが、背後から衝撃を受けたショック死だな」
「ってことはあいつは誰かに背中を殴られた、ってことか?」
「え? そうなの? ぼくはてっきり・・・・・・」
「てっきり? てっきり何だよマシロ?」
「あの、衝撃ってことだから、落下の衝撃で死んだのかな、って」
「落下だあ? なんでそう思ったんだ?」
「いや、それはあれを目撃したら誰だってそう思うよ・・・・・・」
「確かにな。私も同意見だ」
「だからなんだってんだよ!」
「ふむ、この様子だと龍崎チハヤは見ていないようだな」
「19時のアナウンスの最中に窓の外に何か落ちたんだよー。場所も大体カフェテリアの真下のあたりに落ちてたから現場と一致してるねー」
「あ? なんだそりゃ? だったらそれは・・・・・・ナギサじゃねえか」
「だから皆口にしているのだ。蛇見ナギサは落下死だと」
「・・・・・・だったら、上からナギサを落としたやつがいるはずだ。カフェテリアの真下ってんならカフェテリアから落としたんだろ! そこにいたやつが犯人だ! つまり・・・・・・てめえか、マシロ!?」
「ぼ、ぼくは違うよ! ぼくは美術室にその時いたから」
「因みに私も保健室にいたから除外されるな」
「となると残りは・・・・・・ユウリとコータ、てめえらのどっちかだな?」
「そういうチハヤはどこにいたのさー?」
「その時、俺様は1階の廊下にいた。だからカフェテリアにはいねえよ」
「誰か他にはー?」
「・・・・・・いねえな」
「そういう意味だと、龍崎チハヤも、兎沢マシロも、そしてこの私もそこにいたとは証明できないな。何せ1人だったのだからな」
「くっ・・・・・・」
「ねえコータ。勘違いしているみたいだからそこを指摘してあげようよ」
「そうだね」
僕は頷いて彼に伝える。
「チハヤくん。カフェテリアからナギサくんが落とされた可能性は絶対無いんだよ」
「あ? なんでだよ?」
「だってその時、カフェテリアには僕とユウリくんの2人がいたんだから」
「・・・・・・そうなのか?」
「そうだよー。だからお互い庇っているとか無い限りはカフェテリアから落としたってのは絶対無いねー」
ユウリくんが人差し指を立てる。
「そして庇う理由も無いよねー。だって――もう1人も落とせばいいんだから」
「あ、確かクウギョがそんなことを言っていたよね」
マシロくんがそういえば、と手をつく。
「円卓会議前に2人目が殺されても、その犯人は神になる権利はない、だっけ?」
「確かそうだねー。でも、同じ人が2人殺したら2人目なんて意味が無くなるんだよねー」
そんな恐ろしいこと、考えもしなかった。
単純に誰かに先を越される前に殺人をしろ、と急かすためのルールだと思っていた。
「2人目が死んでいない以上はその可能性も低いってことだよー。だからユウリとコータはシロとして見てほしいなー」
「・・・・・・分かったよ」
そう言って、チハヤくんは悩むように口元に手を当てる。
「でもよ、だったらナギサはどこから落とされたんだ?」
「それは・・・・・・」
その答えを僕は突きつける。
「屋上だよ。ナギサくんが落とされたのは屋上からだったんだ」
「ああ、確かに、屋上もあったな」
チハヤくんは納得したように頷きを見せる。
が、すぐに眉を下げる。
「でもよ、屋上って柵があったんじゃねえか? 人ひとりを背負って乗り越えるなんて大変じゃねえか」
「いや、そんなことはないよ」
僕は首を横に振って告げる。
「ナギサくんが落ちた辺りの柵はとても低かったんだ。ユウリくんでも身を乗り出して下を見られるくらいに」
「あー、なんでユウリを引き合いに出すのさー」
「いや、分かりやすい指標が必要だと思って」
頬を膨らませるユウリくんをまあまあと押さえていると、チハヤくんが「成程な」と感心したような声を上げる。
「下から見た感じだと分かんなかったけど、そんなに低かったんだな、あの柵。屋上なんかめったに行かないからすっかり記憶から無かったぜ」
「うん。だからナギサくんを持ち上げて柵を跳び越えさせて落とすことは、体格関係なく誰だって可能だと思うよ」
「だったら犯人はあの時、屋上にいたやつってことだな」
「と、思うでしょー。それが違うんだよねー」
「は? どういうことだよ、ユウリ」
チハヤくんの問いに、ユウリくんは応える。
「落ちたのを見た直後にね、ユウリは真っ先に屋上に向かったんだー。誰か落とした人がいるのかもってね。だけど、誰もいなかったんだー」
「いなかった?」
「屋上に行く間に誰ともすれ違っていないし、誰かがユウリの目を盗んで屋上の出入口から抜け出した様子も感じなかった。つまりユウリが来た時に屋上には誰もいなかったんだよー」
「だったら、犯人はどうやってナギサさんを落としたんですか?」
「考えられるのは、なんらかの仕掛けを使って自動で落とした、とかな」
「何らかの仕掛けってなんだよ?」
「例えば19時のアナウンスの音で振動して、勝手に蛇見ナギサが落下するとか」
「あ、だから19時って時間指定だったんだね」
「でもよ、そんな仕掛け作れるのかよ」
「ただ思いついただけだ。実際にあるかは分からない」
「んだよ。じゃあ机上の空論じゃねえか」
「アイディアは出すべきだろう。思いついたことで何か真実に繋がることもあるかもしれない」
「あ、だったら1個思いついたんだけどさ。屋上の出入口以外から犯人は脱出したってのは考えられないかな?」
「出入口以外からー?」
「ユウリさんは誰とも出会っていないんでしょう? だったら出入口から屋上を出たんじゃなくて、例えばロープとか使って下の階に移動したとかあるんじゃない?」
「確かにその線はあるかもな。なかなか鋭い意見だと思うぞ、兎沢マシロ」
「えへへ」
「いずれにしろ、なんらかの方法で、猪瀬ユウリと遭遇しないようには出来そうだな」
「うーん、そうなのかなー?」
「ユウリくんはどこか引っかかるの?」
「話の中の方法って、準備が何かしら必要だよねー」
「そうだね。・・・・・・あ、そっか」
僕は気が付いたことを口にする。
「マシロくん、ロープを使って下の階に行ったのは考えにくいんじゃないかな」
「え? そうなの?」
「ロープを使って下の階に行ったってことは、あらかじめ犯人はロープを屋上に結びつけて逃げ道を確保していた、ってことだよね」
「うん。そういうことになるよね」
「でも何でそんなことをしたんだろうか」
「それはユウリさんの目を逃れるために・・・・・・」
「だったら言い方を変えるんだけど――なんで犯人はユウリくんが屋上に来るのが分かったんだろうね」
「あ!」
マシロくんも気が付いたようだ。
「何か落ちたのを目撃した時、僕達は真っ先に思ったはずだ。『何が落ちたんだろう』って。それを確かめに行こうと思うのが普通じゃないかな」
「確かに・・・・・・誰が落としたのか、なんて思いもしなかったよ」
「加えてもう1つ、落ちた何かを確認したくなるような状況だった」
それは――
「夜で中庭が真っ暗だったから、上から見てもなんだか分からなかったんだ」
「そっか。だったら直接見に行くよね」
「でもよ、ライトで照らせばなんだか分かるんじゃねえのか」
チハヤくんが疑問を挟んでくる。
「そうだね。咄嗟にスマホのライトがあるってのを思いつかなかったんだけど、もしあったら照らしていたかもしれない。――でも、そうしたら見えるモノって、ナギサくんの死体じゃないんだよね」
「ナギサの死体じゃない?」
「君も見たはずだよ。上から見た時、ナギサくんの死体より真っ先に目に入るモノが」
それが何かを僕は提示する。
「あの真っ白なキャンバスだよ」
「・・・・・・あれか!」
チハヤくんが目を見開く。
「ナギサくんの上に立てかけるようにあったキャンバス、あれがまず目に入る。その下に何かがあるかまで見えるかもしれないけれど、でもそれが死体で、そこから誰かが落としたかもしれないって発想にいたるのは、ものすごく確率が低いと思うよ」
「だよな。それより何が落ちたのかを見に行くだろうな、なおさら」
「つまり、すぐに屋上に誰か来るなんて想定している方がおかしいんだよ。なんなら遭遇しても4階にいたって嘘をつけばいい、って思うだろうし」
「そっか。じゃあ屋上から脱出する方法を使ったわけじゃないんだ」
マシロくんも納得してくれたようだ。
――しかし。
「その結論にはメスを入れなくてはならないな」
ジンくんがモノクルを上げる。
「その結論を出すのは早いぞ、猫泉コータ」
「どういうこと? なにかおかしいところでもあった?」
「ああ。先程、猪瀬ユウリが屋上にすぐに来るなんて誰も予想できなかった。そう言ったな?」
「うん。だから脱出するロープなんて用意しているわけがないって結論づけたんだよ」
「その点は同感だ。あの暗い中で用意したロープで下りること自体、ハイリスクローリターンだからな」
「だったら何が引っかかるの?」
「『猪瀬ユウリが屋上にすぐに来るなんて誰も予想できなかった』。――果たしてそれは本当か?」
「え?」
「1人だけいるだろう。それが予想できる人物が」
「それって・・・・・・」
ジンくんが言おうとしているのが誰か、僕は言葉にする。
「ユウリくん自身、だよね」
「ああ、そうだ」
ジンくんは大きく頷く。
「猪瀬ユウリは自分がすぐに屋上に行くという行動を取ることを知った――いや、言い方が違うな。屋上に向かうことが出来た。これは間違いないな」
「そうだねー」
ユウリくんは軽くそう言うと、目つきを鋭くさせる。
「ジンが言いたいことってなんなのー? はっきり言いなよー」
「・・・・・・屋上に行ったのは猪瀬ユウリのみ。ならばそこに何らかの仕掛けがあったとしても――猪瀬ユウリならば隠蔽できる」
つまり、とジンくんは続きを口にする。
「猪瀬ユウリ、君ならば誰にも見られずに、かつ仕掛けも残さずに蛇見ナギサを落下させることが出来る唯一の人物だ」




