82話 4章 ~捜査編~
中庭に横たわっていたナギサくん。
目を閉じた状態であり、暗闇の中でライトが当たっている限りでは目立った外傷も見当たらない。
けれども、身体に触れた時に驚くほど冷たかったし、人に触れたとは思えないほど堅かった。
だからもうナギサくんは・・・・・・
「嘘だろ・・・・・・ナギサ・・・・・・」
ふらふらとした足取りで、チハヤくんがナギサくんに寄っていく。
「お前さあ、冗談きついぜ。なあ、こんな所で寝て・・・・・・こんな身体が冷たくなっているし・・・・・・何してんだよ、早く部屋に戻って身体を暖めろよ……」
「チハヤくん・・・・・・」
「なあ、起きてくれよ・・・・・・ナギサ・・・・・・ナギサぁああああああああ!」
チハヤくんの慟哭が響く。
同時に僕に自覚させた。
ナギサくんはもう死んでいるのだと。
悲しみに目を伏せた、その時。
「一体何があった、龍崎チハヤ、猫泉コータ?」
背後から声と共に光が当てられる。
逆に光を当て返すと、そこにはジンくんがいた。
「ジンくん・・・・・・ナギサくんが・・・・・・」
「だから一体何があったと聞いて・・・・・・蛇見ナギサ?」
すぐさまジンくんは駆け寄り、ナギサくんの脈を取る。
そして首を横に振る。
直後、
『ピーンポーンパーンポーン』
チャイムが鳴り響く。表面上はスピーカーなどはあるように見えなかったが、どうやら中庭でも聞こえるように設置してあるらしい。
『死体が発見されました。場所は中庭になります。その為、全員、中庭に集合してください。なお、暗いので情報端末のライト機能や倉庫にある懐中電灯を使用してください』
クウギョの放送が鳴り響き、数分も経たない内にマシロくんとユウリくんがやってくる。マシロくんの手には懐中電灯が握られており、光量は明らかにスマホのライトよりも多く見えた。
これで全員か。
もう5人しかいなくなってしまったのか。
そしてこの中の誰かがナギサくんを殺したのだ。
「蛇見ナギサ様が死体となって発見されました」
中庭にやってきたクウギョがいつものように告げる。
「これより1時間後に『円卓』にて会議を行います。それまでの時間、皆様は蛇見様を殺害した犯人ついての手掛かりを見つけるなど、捜査を行って下さい。以上になります」
そこから僕達はいつものように散会して捜査を――
「おい、何をしている」
遺体の検死は任せて他の場所の調査に行こうとしたところで、ジンくんの咎める声が聞こえた。
「龍崎チハヤ。検死を行う。だから蛇見ナギサからいい加減離れろ」
「・・・・・・」
ナギサくんの身体をぎゅっと抱きしめるチハヤくん。
はあ、とジンくんは大きく溜息を吐く。
「そのまま検死が出来なくてもいいのならば、そのままの姿勢でいるがいいさ。私もたまには遺体検分以外の他の証拠品を探すこともするべきだと思っていたからな」
そう言ってジンくんは、呼び止める間もなく建物の方へと歩いて行ってしまった。
そんな感情的な行動で――と思ったが、ふと考え直す。
彼が離れたのは、もしかして検死による確認は、今回は不要の可能性も高いからなのではないか、と。
目の前で落ちた黒い影。
それはナギサくんが落下したからだというのはほぼ間違いなかったからだ。
そのことが分かっていたからこそ、ジンくんも遺体検分を後にすることに決めたのだろう。 しかしながらまだ死因は確定していないし、ジンくんには後ほど検死はしてもらおう。
それより今は、チハヤくんをどうにかしないと。
僕は彼の傍まで歩いて行き、声を掛ける。
「チハヤくん・・・・・・」
「・・・・・・なあ、コータ」
ぽつり、とチハヤくんは言葉を落とす。
「ナギサはな、子供の時からずっと一緒でな。見えなかったかもしれねえが、俺様にとって一番の友達だったんだ。それでよ、あいつ、色々とすげえやつだったんだよ」
「うん」
「だからよ・・・・・・こんな環境でも死ぬなんて全く思いもしてなかった。しかもあいつが恨みを買うような真似なんてしねえはずだ」
顔を押さえてうずくまる彼の手の隙間からは、滴が零れ落ちていた。
「なんで・・・・・・なんでだよナギサぁ・・・・・・」
「チハヤくん……」
涙を流す彼に、なんて言葉を掛けていいのか迷った。
親友を失った悲しみが嫌というほど伝わってきたからだ。
――だからこそ。
このままではよくない。
「チハヤくん!」
僕は彼の肩を掴んでこちらに向かせる。
「ナギサくんが恨みを買うような人物じゃなかったのは僕も知っている。だからこそ、何故殺されたのかの理由の検討も付いている」
「殺された理由・・・・・・?」
「『黒幕』だよ」
チハヤくんがハッとする。
「ナギサくんはずっと『黒幕』を追っていた。そんなナギサくんを殺すような人は『黒幕』しかいない。違う?」
「・・・・・・確かにそうだ」
「だったら円卓会議で犯人を見つけて、ナギサくんの敵を取ろうよ。何も悪くない彼に報いるためにもさ」
「・・・・・・っ」
僕の言葉に、チハヤくんは目を見開いて歯を食いしばる様子を見せる。
「・・・・・・あー、もう!」
バチン、とチハヤくんは自分の頬を叩いた。
「コータの言うとおりだぜ。発破掛けてくれてありがとうな。
――ああああああああああああ!」
唐突に叫び声を上げる。
数秒の咆哮の後、彼はキッと前を見据えた。
「あいつを殺したやつは許せねえ。俺様は絶対、犯人を見つけてやる。ちょっと中庭から探してみるわ。ありがとうな、コータ」
そう言ってチハヤくんはその場から離れていった。
残された僕はどうしようか少し考えた後、まずはナギサくんの死体から調べることにした。
とはいっても、ジンくんのように検死をするわけではない。
彼の持ち物をチェックするだけだ。
申し訳なさを感じながら、勝手に服の中とかを探る。
彼が持っていたのは、スマホと、そして指紋検出セットだった。
前々からずっと何かあった時のために持っていたのだろう。
これが何かの証拠になるかもしれない。
そう思った僕は一応取っておくことにした。
それ以外に何か無いかを探したが、特に何も無かった。
「・・・・・・いや、何もないことがおかしくないか?」
死体がカチコチに堅くて物理的な探り辛さを感じながらも、僕は念入りにもう一度探る。
しかし、やっぱり目的のモノはなかった。
「ない・・・・・・ということは、犯人に奪われた、のか? あるいは自室にあるのか・・・・・・」
いずれにしろ、次の目的地は決まった。
と、そこで近くにあったあるモノが目にとまる。
それはキャンバスだった。
真っ白で何も描かれていないキャンバス。
ナギサくんに覆い被さるくらい大きなものだったが。
「これって、なんでここにあったんだろう? しかもナギサくんの身体を覆い被すようにじゃなくてちょっとずれて」
思い出す。
あの時、キャンバスはナギサくんから半分くらいずれており、端からはナギサくんの身体をまるでイーゼルかのように掛けられている状態であった。
これも覚えておこう。
これ以上はこの場になさそうだったので、事件現場を離れ、建物の中へ探しにいった。
◆
僕が真っ先に向かったのは、ナギサくんの部屋だった。
彼が持っているべきモノがなかった。
それは『黒幕』の情報。
封筒に入ったであろう情報を彼も持っていたであろうことは、プールでの会話で分かっている。しかもそれを誰にも見せたがらなかったことも。
そんな彼が持っていなかったとなると、犯人に盗まれたか、自分の部屋に置いてあるしかないからだった。
ただ、後者は薄いと踏んでいた。
そう考えながら部屋に入ると、そこにはジンくんがいた。
「猫泉コータ、龍崎チハヤの様子はどうだ?」
僕の方を見ると同時に、彼はそう問いかけてきた。
「チハヤくんは説得したよ。捜査をきちんとやるって」
「そうか。ならば私は検死をしにいこうか。懐中電灯も手に入れたしな」
ポケットから大きめの懐中電灯を取り出す。
「それはナギサくんの部屋にあったの?」
「ああ。彼は色々と持ち込んでいたみたいだな。猫泉コータも調べるといい」
そう言ってジンくんは部屋から出て行こうとする。
「あ、待ってジンくん」
「なんだ?」
「ナギサくんの部屋の中に封筒・・・・・・『黒幕』の情報はあった?」
「いや、残念ながら無かった。私の部屋にあった封筒にあった『19時になったら教える』という『黒幕』の情報があるものだと期待していたのだがな」
「え? ジンくんも?」
「ああ。――『19時に保健室の中から窓を見て』だったかな。猫泉コータも同じだったのか? だったら何故保健室にいなかった?」
「あ、うん。僕の場合は指定されたのがカフェテリアだったんだ。ユウリくんも同じだったよ」
「ふむ。ということは他の人も別の場所を指定されていたのかもしれないな。気に留めておこう」
では、と片手を上げて、ジンくんは退出していった。
その後、彼に言われた通り色々とナギサくんの部屋にあったモノを見ていたが、ロープだったりライターだったり、そのほとんどが倉庫にあるものであったりして、特にめぼしいモノは何もなかった。
ナギサくんがこれらを使って何をしようとしていたのか。
そんなことを考えながら、僕は部屋を後にした。
◆
次に向かったのはカフェテリアだった。
僕とユウリくんが、ナギサくんから窓の外を見るように指定された場所だ。
そこにいたのは、マシロくんだった。
「マシロくん、何か気になるモノとかあった?」
「あ、コータさん。・・・・・・いえ、何も」
彼は首を横に振る。
「ナギサさんに関係するのはこの書き置きくらいかな、って思って」
中央のテーブルに置かれた、各部屋に封筒を置いたという置き手紙。
そういえばずっとあの場所に置いてあったな。
「確かに、それも関係するだろうから持っておいた方がいいかも」
「ですね」
そう言って彼は丁寧に折り畳んで自分のポケットの中に入れる。
「そういえばマシロくんは、ナギサくんからの手紙ってなんて書いてあったの?」
「えっと、封筒の表面に、18時までは開けないで、って書いてあって、中身は――『19時のアナウンスがなった時に美術室の中から窓を見て』って」
「美術室?」
「そうです。だからその指示通りにずっと待っていたら、なんか黒いモノが上から落ちたのが見えて・・・・・・なんだろう、と思ったんだけど、中庭はすっかり暗かったから何も見えなくて……それで倉庫で懐中電灯を探してから行こうと思ったら、あのクウギョのアナウンスが流れてきたんだよ」
マシロくんが懐中電灯を持っていた理由も分かったし、僕達と同じように何かが落ちてくるのも見ていた。
あとで美術室に寄ってみるか。
「その他に何か情報とかあったりする? 例えば、最後にナギサくんを見かけたのはいつ、とか」
うーんと人差し指に手を当ててマシロくんは少し首を傾げる。
「最後にナギサさんを見たのは・・・・・・午前中かな。その時は例の宝探しゲームをしている時に、ちょうど3階の廊下で会ったんだよね」
「その時、何かナギサくん言ってた?」
「えっと、確かあの時ナギサさんは・・・・・・あ、そうだ。ぼくに訊ねてきたんだよ。『君の能力って何?』って」
「『能力』について」
そういえばマシロくんも他の人に『能力』を明かしていない内の1人だ。
もう1人はチハヤくんであるが。
「それにどう答えたの?」
「えっと・・・・・・ぼく、自分の『能力』を言うの断ったんだよね。使っていないし、なんかそれで誰かに狙われるの嫌だな、って思って」
つまり、誰かに狙われる可能性のある『能力』を持っているということか。
そういう言葉の使い方をしたことに気が付いてない様子で、マシロくんは続ける。
「ほんと、それだけなんだよ。そしたらナギサさん、何故かホッとしてたんだよ」
「ホッとした?」
「うん。『なら大丈夫。ありがとう』って言って、そのままどっかに行っちゃった。なんだったんだろう・・・・・・」
逆に『能力』について教えてもらえなかったことに警戒感を覚えると思うが・・・・・・この行動も覚えておこう。
その他にも何か無いかマシロくんと話したが特に新しい情報は無かったので、僕はカフェテリアを後にした。
◆
次に向かったのは保健室だ。
ジンくんが19時にいたという場所。
そこにいたのは、チハヤくんだった。
「おう、コータ。さっきはすまなかったな」
すっかりと頭が冷え、少しは冷静さを取り戻したようだ。
それでも、親友を殺されて腸は煮えくり返っているだろう、その表情には厳しさも残っていた。
「ううん。それより、なんか手掛かりはあった?」
「ああ。手掛かりかどうかは知らねえが、中庭にこれが落ちていたぜ」
そういってチハヤくんが差し出してきたのは、黒いフードだった。
「これってナギサくんの・・・・・・?」
「いや、あいつのとは微妙にデザインが違うな。多分、倉庫にでもあったやつだろう」
「それ、どこにあったの?」
「感覚だけど、ナギサの死体と中庭への入口のちょうど真ん中らへんのとこだな。茂みに隠すようにされていたぜ」
「よく見つけたね」
「まあな」
軽く言うが、その顔には泥が付いていた。
・・・・・・必死で探したんだろうな。
「おい、なに顔見ているんだよ」
「いや、泥が付いているからさ」
「泥? マジか。なんか拭くもんねえか」
チハヤくんはきょろきょろと見回すと、カーテンが閉まっている窓際に向かって行くと、そのカーテンで顔を拭いた。
「どうだ、取れたか?」
「あ、うん。取れたよ」
そうか、とチハヤくんは、カーテンを先程と同じように閉めて整えながら、僕に質問を投げてくる。
「そっちはなんかあったか?」
「あるか、というか逆にあるべきものがなかったよ。ナギサくんが持っているはず音『黒幕』の情報がね」
「ああ、あの19時に行けば教える、って書いてあったやつか」
「あ、僕が言ったのはそっちじゃなくて、朝にみんなに配られていた方だけど・・・・・・え? 19時に行けば教える? なにそれ?」
「お前が言っていたナギサが部屋に置いたっていう封筒の中身だよ。――『19時ちょうどになったら体育館に来てほしい』ってな」
ほら、と見せてくる。
確かにその通りに書いてある。
・・・・・・どういうことだ。
チハヤくんだけ明らかに指示の種類が異なっている。
これは覚えておこう。
「それで、19時に体育館に行ったら何があったの」
「あ? 行ってねえよ」
「え? 行ってないの?」
「だってこんなのナギサが出すわけ無いだろ。誰かの罠に決まっている」
確かに、この指示を書いたのはナギサくんだとは限らない。今思えば、犯人が書いたという見方が強いだろう。
「じゃあ19時のアナウンスの時、チハヤくんはどこにいたの?」
「あー、あの時は1階の廊下だな。ちょうどコータと会った、中庭に続く扉の前とかだったかな。他のやつを探していたからな」
「僕が来るまでずっとあそこにいたの?」
「だな。扉が開きっぱなしだったから何かあるのかと思ってな」
「ああ、そう言っていたね」
扉が開きっぱなしだったという事実は覚えておこう。
「それ以外は特に何も異常は無かったな。・・・・・・まさかナギサの奴が落下していたなんて、思いもしなかったぜ」
ぐっと拳を握りしめ、彼は2、3度、首を振る。
「・・・・・・感傷に浸っている暇はねえな。俺様はもうちょっと保健室を探してから行くぜ」
「うん。絶対にナギサくんを殺した『黒幕』を見つけ出そうね」
「ああ」
拳を突き出してきたチハヤくんとグータッチをして、僕は保健室を出た。
◆
保健室を出た後に僕が向かったのは美術室だった。
先程マシロくんが美術室でナギサくんの落下を見ていたとのことなので、何かあるかもしれないと思ったからだ。
するとそこには、ユウリくんがいた。
調査中の彼に声を掛ける。
「ユウリくん、何か見つけた?」
「あ、コータ。この部屋は特に何も無いねー。あ、マシロが言っていたことは本当だってのは確かめたよー」
「それって、マシロくんが美術室からナギサくんの落下を見ていたって話だよね」
「うん。だってカフェテリアと違って落ちた場所から角度があったしね。でも美術室からは見えた可能性が高いと思うよ。ほら」
ユウリくんは窓の外を指し示す。
そこから見ると、下の方に小さな光が見えた。
「あれは多分ジンだね。検死をしているんだと思うよ」
「だね。ここからそれが見れるってことは、落下中のナギサくんも目撃できるってことだもんね」
「ちょっと遠いから何が落ちたのかは、カフェテリアで見た時以上に分からないと思うけれどねー」
カフェテリアで何かが落下していたのを目撃した、あの時のことを思い出す。
ふと気になったことがあった。
「そういえばユウリくんは、あの時、どうして屋上に行ったの?」
「あー、あれね。上からモノが降ってきたくらいにしか思ってなかったから、それが何かをコータに、落とした奴が誰かを確認しにユウリが行ったんだよ」
「成程。で、誰かいたの?」
「それが、いなかったんだよね、誰も」
「え?」
カフェテリアから屋上への階段は近く一本道で、もし屋上に誰もいなかったのならば不可思議さが残る。
僕が眉を潜めていると
「そうだ。せっかくだからこの後、屋上見に行くー?」
「屋上に? せっかくだから行こうか」
僕が頷くとユウリくんは美術室の出口の方へと足を進める。
が。
「あ、ついでに確認しておこうか。あるかなー」
途中で踵を返すと、何やら奥の方でごそごそと何かを探す。
「ユウリくん、何しているの?」
「んー、落としても大丈夫そうなのが美術室に無いかなー、って。無かったら倉庫まで行かなきゃだからめんどくさいと思ってさー・・・・・・おお、ちょうどいいのあるじゃん」
ユウリくんが手に取ったのは――
「ボウリングの球?」
「重さは足らないけどまあなんとかなるっしょー」
「いや、そもそもなんで美術室にあるんだろう・・・・・・?」
「ユウリも知らんけど、多分デッサン用じゃないかなー? ほら、リンゴとかもあるし。球体と穴ってなんか書くの大変そうだしー」
「ふーん」
芸術は分からないものだな、と思っていると、
「んじゃ、コータよろしくね」
「よろしくって・・・・・・うわっ」
ボウリングの球をいきなり渡された。
ずっしりとした重さが腕にのし掛かる。
「5kg以上はあるから気をつけてねー」
「渡す前に言ってよ・・・・・・」
あははごめーん、と軽く言いながら彼は前を指さす。
「じゃあ屋上にレッツゴー」
何に使うんだろうと疑問に思いながら、僕はボウリングの球を抱えながら彼の後ろを付いていった。
◆
屋上につくと、当たり前だが辺りは真っ暗だった。
ボウリングを手に持っているので、明かりはユウリくんに任せる。
しかし、なかなか腕が疲れてきた。
「ねえ、ユウリくんもう下ろしていい?」
「もうちょっと待ってー」
小走りでユウリくんが前方に走り寄る。
どうやら柵があるところまでたどり着いたようだ。
と、そこで唐突に前方が暗くなる。
どうやらユウリくんがライトを消したようだ。
暗闇の中進むのは危険だと判断し、ボウリングの球を抱えたまま僕は停止する。
「あー、ここだここだー。コータ、ここまで来てー」
「ここ、っていうけど、どこなのユウリくん?」
「あ、そっか。ここだよー」
こちらの足下にライトを向けてきた。
光源が分かれば辿れる。
僕はその光の下へ向かったところ、ユウリくんは自分にライトを向ける。
「ほらほらコータ。ボウリングの球を足下に置いていいから、ここから下を見てみて」
「下を?」
言われた通りボウリングの球を置いて近くにある柵に手を掛けながら下を見る。
・・・・・・この柵、低くて危ないな。簡単に身を乗り出せてしまう。
少し恐怖感を抱きながら下を覗くと、そこでは小さな光があった。
ということは、この真下にナギサくんの死体があるということだ。
「屋上の入り口から真っ直ぐ進むとここに行くんだよー。ちょうどカフェテリアの真上なんだよねー」
「あ、そうか。だからあの時、落下した場所をユウリくんは分かったんだね」
「明るいうちから大体の場所を把握できるようにしてよかったよー」
こういう検証を事前にしていたというのは流石探偵といったところか。
「あとは・・・・・・おーい、ジンー!」
ユウリくんはライトを下にカチカチさせながら真下に大声を上げる。
その声に気が付いたのか、下のライトがこちらに向いてくる。
「ジンの他にそこに誰かいるー?」
「いないぞ!」
「今からちょっと実験するからその場を動かないでねー!」
「分かった!」
ジンくんの大声での返答を確認すると、ユウリくんは乗り出した柵から離れる。
「実験? 何をするの?」
「ここから落ちたかどうかをきちんと実証しようと思ってねー。よいしょ、と」
そう言って持ち出したのはボウリングの球だった。
「コータ、ちょっと付いてきて」
言われるがままに付いていくと、ユウリくんは柵に沿った形で少しだけ歩く。
感覚的に先程から5メートルくらい離れた場所まで来ると、
「コータ、ちょっと中庭の真下辺りを照らしておいてー」
「分かった」
柵で支えながらスマホで真下を照らす。
するとその真横から
「えーい」
「え?」
ボウリングの球が落とされた。
ドン!
鈍い大きな音が響き、ボウリングの球は中庭の地面に落ちた。
「な、な、何をしているのさ、ユウリくん!?」
思わずユウリくんにライトを当てて抗議の声を上げると、彼はにこにこしながら答える。
「何って、ここから真下にきちんと落ちるかの検証だよー」
「真下にきちんと落ちるかの検証・・・・・・?」
「流石に人の重さは用意できなかったけど、でもボウリングの球程度で真っ直ぐに落ちたんだから、風とかの影響はなさそうだねー。ってことは、あそこから落下したのは間違いないねー」
そのための検証か。
だとしても一言くらい言ってほしかった。
「いきなりだったから驚いたよ。下のジンくんも同じくらい驚いたんじゃないかな」
「意外と結構音が鳴ったしねー。下に行ったらジンに謝っといてよー」
「自分で謝りなよ・・・・・・」
とはいえ、どちらにせよ後で向かうつもりではいた。
「じゃあ現場検証に戻ろうかー」
ユウリくんに促されて落下した場所だと思われる柵の前まで歩いて行く。
その周辺を捜査する。
――しかしながら。
「何も無いね」
「だねー。うーん。柵に何か仕掛けがあったりとかするのかなーと思ったんだけど、こすれた後とか乗り越えた時に付いた足跡とか、なんもないねー」
「まあ足跡は乗り越えるだけなら付きそうも無いけどね。ユウリくんでも簡単に乗り越えられそうだし」
「むぅ、小さいって間接的に言ってるよね、それー?」
否定はしない。
誤魔化すように、屋上の周囲をライトで軽く照らしてみたが何も落ちたりはしていなかった。
「でもこれだけ暗いから誰か潜んでいた可能性はあるんじゃないかな、ユウリくん」
「それはないよー。潜んでいたところでオープンなスペースだし、誰かが動いたら気配は分かるよー。それに何より、出入り口は1つしか無いんだからー」
「確かに・・・・・・」
ユウリくんがいるのにそんなリスクのある行動をする意味も無いか。見つかったら一発でアウトだし。
なら、これ以上ここで捜索しても何もなさそうだ。
「じゃあ僕はジンくんの所に行ってくるよ。ユウリくんは?」
「んー、もうちょい探してみるよー」
「分かった」
僕は屋上を後にして、中庭へと向かった。
◆
スマホの光を頼りに中庭の遺体の場所まで歩いて行く。
その光で気が付いたのか、ジンくんが声を掛けてくる。
「猫泉コータか。先程まで屋上にいなかったか?」
「あ、うん。ユウリくんと一緒にいたよ」
「やはりか。屋上で2つの影があったし、猪瀬ユウリの声はしたからその傍にいるのは恐らくは君だと思っていた。・・・・・・先程のあれは何だ?」
「あれはボウリングの球を落としたんだよ。屋上から落ちた場所を特定するために検証したんだってさ」
「成程。だが驚いたし、今思えば当たる可能性もあったのか・・・・・・猪瀬ユウリに後で文句を言わねば」
「あはは、ごめんね。ユウリくんも謝っていたよ」
「ふん」
不機嫌そうに鼻を鳴らすジンくん。まあ無理もない。
気まずかったので話を切り替える。
「あのさ、ナギサくんの検死は終わったの?」
「ああ。暗い中だったから大変だったけれどな」
「死因はやっぱり・・・・・・落下死、なのかな?」
「その可能性が高いな。表面上は欠損もなくきれいだったし血も流れていなかったが、全身に衝撃を受けた跡があった。恐らくは背面から落下し、そのまま全身で衝撃を受けたのだろう」
「え? 落下死なのに血が出ないとかあるの?」
「地面がコンクリートでなければ往々にしてあるな。中庭の地面は土だし、うまい具合に衝撃を身体で受けたのだろう。落下した人が頭から血を流すのはフィクションの中だけ・・・・・・というよりも、頭から落下しなければそんなことにはならないからな」
「成程。死亡推定時刻は分かった?」
「調べるまでもないとは思うが、19時だな。つまり落下した直後だ」
「それはそうだよね」
そうでなければ死因と一致しない。
「他に何か気が付いた点とかある?」
「いや、これといって特に何も――」
と、その時だった。
『ピーンポーンパーンポーン』
チャイムが鳴り響いた。
『捜査時間終了の時刻になりました。皆様、円卓の部屋にお集まり下さい』
「・・・・・・行くか」
ジンくんはその場をすっと離れ、懐中電灯で前方を照らす。
僕もその後を付いていき、道中で彼に言葉を投げる。
「ねえジンくん。犯人って、どうしてナギサくんを殺したんだと思う?」
「・・・・・・さてな。今までの殺人事件だって動機面は不可解なものばっかりだった。今回もその面から追うのは推理の妨げになると思うから、私は考えていない」
「そうなんだ」
言われて思い出す。
最初の事件は、サイくんが殺しやすいからタケルくんを殺した。
2番目の事件は、ツバメくんがトラウマを刺激されたからケンタロウくんを殺した。
3番目の事件は、サスケくんがヒナタくんに殺してと頼んだ。
動機面としては確かに色々あった。
・・・・・・それでも。
「それでも、ナギサくんは殺されていい人ではなかった。そう僕は思うよ」
ぽつりと口にして、すぐさま自分の発言の愚かさに気が付く。
「あ、勿論、今まで殺されたみんなも同じだよ。だけど・・・・・・僕は今回の事件、『黒幕』が関係していると思うんだよ」
「『黒幕』が?」
「そう。ナギサくんは『黒幕』を誰よりも追っていた。だからこんなことになったんじゃないかって思ったんだ」
「・・・・・・果たしてそうかな」
「え?」
ぽつりと、ジンくんが落とした否定の言葉に、僕は思わず反応する。
「私は別の可能性も追っている。だから猫泉コータ、君に忠告しておこう」
ジンくんは振り向き、僕の目を見て告げる。
「『黒幕』をあれだけ探していた人物が『黒幕』なわけがない。そんなバイアスを掛けていると、真実は見えなくなるかもしれないぞ」
「・・・・・・」
ジンくんの言葉は深く刺さった。
それは決めつけずにあらゆる可能性を考えておけ、ということだろう。
「・・・・・・うん分かった。肝に銘じておくよ」
「ならいい。――さて、到着したな」
会話している内に、円卓の部屋までいつの間にか辿り着いていた。
ナギサくんはどうして殺されたのか。
その犯人は誰なのか。
そして――『黒幕』は誰なのか。
残り人数がもう5人しかいなくなった中。
犯人を捜すための円卓会議が始まる。




