47話 3章 ~日常編~ -05
マシロくんと別れた後、僕は他の部屋を見て回った。
娯楽室に入った所、そこにいたのはジンくんだった。
「なんかジンくんと保健室以外で会うと意外って思うようになっちゃったな」
「私がそこに四六時中居ると思っているな、猫泉コータ。まあ、事実ではあるが」
軽口を叩きあった後に、僕は彼の手元に目を落とす。
「ビリヤードをやるの?」
「ああ。試しにやってみようと思ってな。ただ、やり方が正式なやり方が分からないのだけれど、猫泉コータは知っているか?」
「え、あ、うん。ナインボールだっけ。それなら分かるよ」
僕は自身の知識を用いて彼にビリヤードを教えた。
意外なことに、こういう紳士的な遊びをしてそうなジンくんは、キューの握り方からすべて分かっていないようだったので、初歩の歩から教えた。
「成程な。こうやって遊ぶものだったのか。書物からだと想像できなかった」
「え? 実際に見たことなかったの?」
「ああ。そういうのは禁止されていたからな」
「それって……」
厳しいを通り越していないか、と口から出かけてなんとか押しとどめた。
だが、ジンくんは察したようだ。
「私の家庭環境のせいだな。君が想像しているよりも相当苛烈だぞ」
「えっと、聞いてもいいのかな?」
「勿論だ……いや、むしろ私の方が、話を聞いてほしいと思っていたのかもしれないな」
ジンくんはキューを台に置いて語り始めた。
◆
私は両親ともに医者の家庭に育った。
その子供の私は当然、医者を継ぐように教育を施された。
指導は苛烈極まりなかった。
少しでもミスがあれば父親から拳が飛んできた。
痛みが伴えば記憶により刻まれる。
俺の時代はこうやって覚えてきたんだ、だそうだ。
医者の父親が言っているのが笑い所だ。
勉強に集中させるために、娯楽は全て禁じられた。
ビリヤードだって教科書に載っている範囲での知識だ。実際にやっている所を見たこともない。
テレビだって漫画だって、小説だって禁じられた。
来る日も来る日も医療関係の知識を与えられるのみ。
『禁忌肢』――医療関係のテストで1問間違えただけで不合格になる項目のことなんだが、それがあって暴行を受けるとかじゃなくて、何か間違えたり知らなかっただけで暴力を振るわれるんだ。
お前の為なんだ。
仕方ないんだ。
分からないお前が悪い。
そうやって父親は自分を正当化してきた。
母親は何も関せず、傍観者に徹していた。
……いや、私にとっては、観察者、であったと感じたな。
既に日常になっていたから、もういいとも悪いとも思っていなかったな。
学校では『授業』だけで人とは交流せず、私にとっては家に帰ってからが『勉強』だった。
それが私の『日常』だったんだよ。
◆
「それって……ツバメくんと同じ……」
ジンくんの家庭環境を聞いて、真っ先に思ったことを口にした。
だが、彼は首を横に振る。
「鳥羽ツバメは理不尽な環境下で親でもない人に虐げられていただけだ。私は、一応ではあるが理由を付けて、意味のあることをやられていた」
「意味があるなんて……」
「実際、必死で覚えざるを得ない環境にはなっていたからな。事実としてそれはあったことは間違いない」
「だけど……」
「猫泉コータ」
ぴしゃり、とジンくんは僕の名前を呼ぶ。
「身の上を話していてなんだが、別に私は同情してほしいわけではない。
ただ、ビリヤードすら知らない理由について、わざとらしいから黒幕ではないか、という疑いを晴らしたかっただけだ」
モノクルを手で触れながら彼はキューを再び手に取る。
「新しいことに触れるのは楽しいとは思っている。今は黒幕への探求が、勉強よりも上回っているからな。それを行うこととしている」
「そうなんだね」
僕はそれ以上言及しなかった。
その方がジンくんにとっても、自分にとってもよい気がしたからだ。
話を切り替えるとともに、目的を果たすべく問いを投げる。
「あ、そうそう、ジンくん、新しいことにつながると思うんだけど」
「なんだ、その前振りは?」
「明日の15時にユウリくんの誕生日パーティーをするんだけど、来ない?」
「……悪いが、断らせていただく」
カツン、というキューで球を付いた音と共に、ジンくんは拒否をした。
「私はそういうのに参加したことがないので新しいことというのは間違いないが、しかしながらそういうものは仲が良いものがやった方がいいのは知っている。私と猪瀬ユウリは仲が良いとは言えないからな」
「それは……」
言葉に詰まってしまう。
無理矢理の参加は、確かに受ける側も、そして何よりも参加する側も心に負担がかかる。
僕はこれ以上の説得は諦めた。
「……分かったよ」
「理解が早くて助かる。今後はこういうことは仲がいい人だけに――」
「じゃあ、これからもっと仲良くなったら、今度こそは参加してね」
僕の言葉に、ジンくんはピタリと動きを止めた。
そして数秒後、口元を緩めた。
「……もし仲良くなれたなら、な」




