45話 3章 ~日常編~ -03
体育館を出た僕は、さっき体育館を飛び出して1階に向かったナギサくんを追おうかと当初は思ったが、地下の他の部屋に誰かいないかは確認しておいた方がいいと方針転換を行い、倉庫と電気室に向かった。
倉庫の方は誰もいなかったが、電気室にはいた。
サスケくんだった。
彼はブレーカーをじっと見ていたが、やがて僕が入ってきたのに気が付くと、声を掛けてきた。
「あ、コータっち」
「サスケくん。珍しいね、こんな所で何をしているの?」
「んー、なんか誰かがいない部屋で一人考え込みたかったんすよね。しかも、自分の部屋以外で」
「あー、そういう気分なの分かるよ」
「分かってくれるっすか?」
「僕もたまにそういう気分になることが……」
と、言いながら気が付いた。
サスケくんの僕を見る表情は、笑顔ではあったが、目は真剣そのものだったということが。
「本当に、分かるっすか?」
「……」
僕は言葉に詰まる。
ここで同意した方がいいのかどうか。
軽い気持ちで賛同していいかどうか。
数秒の気まずい沈黙が流れた後、サスケくんは頬を緩ませる。
「なんて、ごめんっす。責めている訳じゃないっすけど、そんな感じになっちゃったっすね」
「いや、その……」
「何でもないっす。気にしないでくださいっす」
誤魔化そうとしてくるサスケくんに、僕は一つ、思い当たることがあった。
「もし間違っていたらごめんね。サスケくん。もしかしてツバメくんの処刑後に言っていたあれ、なんか関係している?」
「あれって、あれっすか?」
彼は表情を変えずに口にしてくる。
「『悲しみを素直に表現できるのは素晴らしいことっすよ。悲しいっすけど、でも、涙が流れないんすよ』っていう言葉っすか?」
「……そうだよ」
そのままの言葉だ。
自分が口にした言葉を、一言一句間違えないで言う。
「その言葉から察するに、もしかしてサスケくん――自分の感覚と人の感覚がズレている、って感じているんじゃないかな」
「あー」
その言葉を受けた彼は、自分の顔面を片手で覆う。
途端に僕の視線も暗くなる。
(……『能力』を使われたのか)
だが動じず、僕は言葉を投げる。
「ヒナタくんとの違いに、悩んでいるんじゃないのかな。どうかな?」
「……意図してやったわけじゃないっすが、表情見なくても察するコータっちはすごいっすね」
視界が明るくなる。
その先にいたのは、いつものような明るい表情ではなく、無が顔に張り付いていた、まるで別人のようなサスケくんがいた。
「あれだけアピールするような言動、行動をしていれば誰でも気が付くっすよね。俺っちも心が弱っている証拠っすかね」
「サスケ……くん?」
「ああ、そうっすよ。猿島サスケっすよ。これが本当の俺っちっす」
彼は床に座り込んでそう言う。
「サスケくん……どういうことか、君のこと、教えてもらってもいいかな?」
「欲しい言葉をくれるんすね、コータっちは」
ふふ、と微笑みを見せてくる。
「俺っちの話、ちょっと聞いてくれないっすか」
「……うん」
彼は大きく息を吸うと、穏やかな表情で語り始めた。
◆
信じられないかもしれないっすけど、俺っち、『神童』って呼ばれているんすよね。
呼ばれていた、じゃなくて、今現在もっす。
テストで満点は当たり前、運動も出来るんすよ。それ以外の習い事は家が金持ちじゃなかったからやっていないっすけど。
だから俺っちは自分のこと、特別な人間だと思っていたっす。
……だからっすかね。
俺っちには本当の友達がいなかったっす。
だってみんな、俺っちのことを『神童』って知っているんすから、そういう態度で接してくるんすよね。
そんな相手に心を許すと思うっすか?
少なくとも俺っちは無理だったす。
だから、心から言い合えたり、ケンカしたり、そういうことはしたことがなかったっす。
ああ、もう気が付いていると思うかもしれないっすが、この「っす」とか「俺っち」とかの口調も、親しみやすいんじゃないかって、拾った雑誌に載っていた漫画の口調を真似したんすよね。今はもう口癖になっちゃったっすけど。
話がそれたっすね。
そんな感じでちやほやとされて生きてきたんで、俺っちは人の感情を読むことを放棄したんす。
だって、なんかおかしいことをしても、突拍子のないことを言っても、『神童だから』って済まされたんすから。
段々分からなくなってきたっす。
悲しいって、なんすか?
苦しいって、なんすか?
嬉しいって、なんすか?
楽しいって、なんすか?
俺っちは、それが分からなかったんす。
頭で理解しようとしたんすけど、そうするとどうしてもワンテンポ遅れるんすよね。
むしろ、頭で考えているからかもっすかね。
だから、あれだけヒナタっちに言い合えるの、自分でもびっくりなんすよ。
犬猿の仲、っていうからDNAに刻み込まれているんすかね。
話してて、楽しいんすよ。
言い合えて、嬉しいんすよ。
沈んでいるのを見ると、苦しいんすよ。
泣いているの見ていると、悲しいんすよ。
ヒナタっちのおかげで、俺っちは頭で考えずに感情というものを理解できそうなんす。
だからこそ、怖いんす。
ヒナタっちが、いなくなることを。
◆
「なんかまとまりがなかったっすね。これが本当の俺っちっす」
話をずっと黙って聞いていた。
聞き終えた後で僕は真っ先にこう言った。
「ありがとう、サスケくん」
「なんでコータっちがお礼を言うっすか。むしろ聞いてもらって俺っちの方が感謝すべき立場っすよ」
「お礼を言う理由は2つあるんだけど、1つは話してくれて、ってこと。
そしてもう1つは、僕が感じていたことを言語化してくれて、ってこと」
「コータっちが感じていたこと?」
「うん。僕も思っていたんだよ。なんで悲しめないんだろう、って」
一息おいて、彼の目を見ながら話す。
「ツバメくんが処刑された時、ヒナタくんが何であんなに悲しんでいるのか、全く分からなかった。むしろ親しい人が死んだのに涙一つ流さない自分がおかしいのかとも思った。
でもそれって、そういう風に考えちゃったからなのかな、って」
「あー、確かにそうかもっすね」
「それに根津くんの時だって……知った顔だったのに、僕は悲しいとさえ思えなかった。非情な人間なのかな、って自分のことを思ったりもした」
「そんなこと――」
「そんなことない、って、今なら思えるよ。
だって同じ感覚を持っている、君が、非情な人間じゃないのだから」
「コータっち……」
少し安心したような表情になるサスケくんを見て、こっちも微笑みが漏れる。
「自分を否定したら、君まで否定することになっちゃうからね。だから、少しは自分を肯定する気持ちになれたよ。だから、ありがとう、なんだよ」
「……うん。俺っちもそう思うようにするっすよ。ありがとう」
「いやいや、こっちこそありがとうだって」
「いやいやいや、こっちの方がありがとうっす」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや」
お互いに顔を見合わせて、僕達は、ぷっ、と噴き出した。
「何やっているんすかね、俺っち達」
「だね。なんか楽しいね」
「そうっすね。……ヒナタっち以外でも、楽しいって思えるようになってきたっすよ」
「それはよいことだね」
「あは。コータっちは話しやすいっすね。なんでも話しちゃうたくなるっす。それはヒナタっちとは違う安心感っすね」
「そうなの?」
「そうなんすよ。さっきのことだって、ヒナタっちには話せないし、話すつもりもないっす」
敢えて言及しないが、それはきっと、ヒナタくんの重荷になるからだろう。
その点、僕には吐き出しても大丈夫だ、という安心感を与えられたようで、なんだかこっちも嬉しい。
自分の人間性も理解してくれたようで。
「あともう一つ、誰にも教えてないことを、コータっちには言うっす」
サスケくんはずいとこちらに近づいてきた。
「俺っちは人と感覚がズレている。それはさっき話したっすよね?」
「そんなこと」
「いいっす。それは事実で、今は是正しつつあるんすから。
で、ここからが本題なんすけど……実は、物理的にもズレている所があるんすよね」
「物理的に?」
「ここっす」
サスケくんは自分の胸を叩く。
「俺っち、実は臓器の位置が左右逆なんすよ」
「え?」
「完全内臓逆位、って言うらしいっす。だから神童になったのかもしれないっすね。知らんけど」
「そういうものがあるんだね。知らなかったよ」
「ほら。一番判りやすいのが心臓っすね」
彼はグイッと、僕の手を、自分の右胸に当てる。
ドクンドクン、と波打っている。
「反対に左胸の方はほら」
「本当だ。右胸と違ってなんもない」
「俺っちが女の子じゃなくって残念だったっすね、コータっち」
「君が女の子だったらこんなことしないだろ」
「にしし。確かにそうっすね」
悪戯めいた表情で彼は手をパンと叩く。
「このことは秘密でお願いするっす。俺っちは誰にも言うつもりはないし、むしろ知られたくないので」
「うん。そんなことを僕には教えてくれてありがとう」
「またお礼っすね。これ以上は無限連鎖になりそうなので『どういたしまして』って言って終わらせておくっす」
にっこりと笑うサスケくん。
すっかりいつもの彼に戻ったようだ。
「あ、そうだ。明日の15時に食堂でユウリくんが誕生日パーティーを開くらしいんだけど、サスケくんも来ない?」
「行くっす! ってかユウリくんの誕生日って明日なんすね」
「なんかそこらへんって話だから、正確な日時ではないらしいよ」
「なんなんすかそれ。面白いっすね」
「あと、プレゼントとかはいらないらしいって話なので、手ぶらでオッケーだよ」
「んー、じゃあなんか飾りつけに使えそうなものとか倉庫で探してくるっすかね」
「あ、確かに。それお願いしていい?」
「了解っす!」
そう言ってサスケくんは退室していった。
なんだかんだ参加者が僕以外にいなかったらやだな、と思っていたのでとりあえずひと安心した僕も、部屋を後にするのであった。




