38話 2章 ~円卓会議~ -03
この建物に来た時、不安だった。
でもすぐに仲が良い人が出来た。
猪瀬ユウリ。
猿島サスケ。
犬飼ヒナタ。
そして――鳥羽ツバメ。
なんとなく、僕らはずっと一緒にこのまま仲良くいられるような気がしていた。
気がしていた、だけだった。
「な、何を言っているんですかコータさん」
ヒナタくんが震えた声を放つ。
「ツバメさんが犯人だなんて……ねえ、そんなわけが……」
「ツバメっち、どうして黙っているっすか?」
ヒナタくんの声に被せるように、サスケくんが鋭く声を投げかける。
しかしながらツバメくんは、無表情のまま前だけを見ていた。
「おいおいおい、なんも言えないってことは、コータの言う通りこいつが」
「――いやいや、ちょっと待ってくれないか」
ふっ、と。
ツバメくんは口元に笑みを浮かべた。
「いや、すまない。突然自分が犯人だ、と言われて混乱してしまった。咄嗟に反応できなかったのは申し訳なく思っているよ」
「じゃ、じゃあツバメさんは犯人じゃないんだよね?」
「勿論だよ、マシロ君」
ツバメくんは肩を竦める。
「状況的にボクが怪しいって言われただけだ。それにそもそもの話にまだ納得できていないぞ」
「どういうこと?」
「犯人が本当に中にいて、窓から逃げた、っていう線もまだ否定されたわけじゃないだろ」
「でもそれは、犯人が扉を塞ぐ意味がない、ってことで否定されたじゃないか」
「意味がないだけで、それが出来ない、わけじゃないだろ。犯人の行動に意味なんか持たないところもあったんじゃないか。むしろ、そういう行動をして円卓会議を混乱させようとした可能性であってある。おお、これだと意味はあるな」
ツバメくんの言い分はある種合っているようで間違っている。
状況的に犯人だと指し示しているのはツバメくんなのだから。
「それに、大切なところが抜けているじゃないか」
「大切なところ?」
「そうだよ。仮にボクの手でドミノ倒しのトリックが準備されたとしよう」
ツバメくんは人差し指を振る。
「だが、ドミノ倒しの最初の1つを、どうやって倒すんだ?」
「それは簡単だろう、鳥羽ツバメ」
ジンくんがモノクルを上げる。
「君が最初に美術室についていたんだ。扉の前が詰まっているふりをして、ドア越しに最初のドミノを倒せばいいだろう」
「確かに、別に完全に開かなかったわけじゃないのだから隙間から押したりすればいけるのかもしれないな。
だけど――それが不可能なのはコータ君、君が一番よくわかっているよね?」
「それは……」
僕は首を縦に振る。
「その通りだよ、ジンくん。ツバメくんにはその方法は使えないんだ」
「なんだと? どうしてだ?」
「だって物音がしたのは、扉に手を掛ける前だったからなんだ」
手を掛けた瞬間だったら、その場でツバメくんを疑っていた。
だが、物音がしたのは、声を掛けた時だった。
「まさか声を掛けた音の振動をトリガーに倒れた、とか言わないよな。そんな不確定要素でトリックがうまくいった、なんてこと言われたらたまったものじゃないからな」
「くっ……」
確かにそうだ。
音圧で倒れるなんて、下手したら僕達が来る前に倒れたりして台無しになる。
返答に窮していると、サスケくんが手を上げる。
「あ、でも、そういう音声に反応してとか、タイマーでスイッチを押すとか機械とかあるんじゃないっすか。スイッチボットみたいな」
「サスケ君、そういう機械が現場にあったのかな」
「うーん、自分は見かけていないっすね」
「ならばそういうのは使われていないっていう何よりの証拠だ。ボクは犯人じゃないんだよ」
「うーん、でも本当にそうなのかなー」
「ユウリくん、何か思い当たるところがあるの?」
正直、僕は彼の言葉に対する反論が出来ない。
「あ、ユウリが感じたのは、あの場に特定の期間後に変化するものがあったんじゃないか、っていうことなんだよねー」
「特定の期間後に変化するもの……?」
「そうだよー。だけどなんのことか分からくてねー。うーん」
特定の期間後に変化するもの。
美術室。
ロープ。
折れたイーゼル。
ケンタロウくん。
一部色が付いた黒いキャンバス。
壊れた扉。
あの中にあるもので、そういうものがあるとするならば――
「――もしかしたら、いや、間違いない。これだ」
僕は一つの可能性に辿り着く。
理解してもらうために、僕はとある人物に、ちょっと婉曲した質問を投げる。
「ナギサくん、質問なんだけど」
「なに?」
「どうしてケンタロウくんって、美術室で殺されたんだろうね」
「え? 呼び出されたからじゃないの?」
「呼び出されて真正面から殺されたのかな?」
「うーん……まだどうやって殺されたかは分からないけど、そうだね。不意打ちだったんじゃないかな」
「真正面からじゃないと思った理由は?」
「だってもし相手が襲い掛かってきたら、ケンタロウくん、絵の中に逃げ込むでしょ。そしたら誰も追えないし」
「あ、そういうことっすか!」
突如、サスケくんが声を放った。
ビクリ、とナギサくんが怯えたように彼を見る。
「な、なに!?」
「つまりコータっちはこう言いたいわけっすね」
サスケくんはビシリ、と指をさす。
その指先が向けられたのは――『トラ』と書かれた席の方向だった。
「ドミノ倒しの倒すトリガーは、ケンタロウっち自身だった、と」
「正解」
僕は首を縦に動かす。
「ナギサくんが言ったように、ケンタロウくんの『能力』は『絵に入ることが出来る能力』だ。過去に彼が言っていたんだけど、意図的に出ようとしなくても、自動的に30分経てば絵の外に出るらしいんだ」
「確か寝ていたりしてもー、って言ってたよねー」
「そして、誰かを入れたりしても、とも言っていましたね」
「そう。この話は僕達は事前にケンタロウくんから聞いていたんだよ。
僕とユウリくん、サスケくんにヒナタくん。
そして――ツバメくんもね」
「……」
口を真一文字に結んだまま、ツバメくんはこちらを見てくる。
その視線を受けたまま、僕は続ける。
「死んだり意識が途絶えたら『能力』が即座に解除されるわけじゃないみたいだね。ある種、彼の『能力』はあの美術室の中で唯一、タイマー代わりになるものだった。
後は入ってから30分後、彼の身体が絵から出てきて、それに押される形でキャンバスが倒れれば、トリックは成り立つ」
トリガーはケンタロウくんの身体。
彼が入っている絵の前にキャンバスを置いておくだけで余裕で倒すことは出来るだろう。
「成程。となると、入口に虎賀ケンタロウの死体があったのも理由が分かったな」
「ジンくん、どういうこと?」
「その方法を用いれば容易に入口から部屋の外に出られる、かつ、万が一うまく倒れ切らなくても、扉を飛ばして部屋の中をぐちゃぐちゃに出来るし、入口に虎賀ケンタロウが倒れていれば誰もがそちらに目を向けるだろう。その場にいたらどうにでも工作は出来る。メリットだらけだな」
「――その議論は正確な答えを刻んではいないぞ」
ずっと黙ったままだったツバメくんが、ピシャリと言い放った。
「ボクが犯人だという前提で議論が進んでいるのは、仕方がない。だが、その方法には一つ、欠点がある」
「欠点?」
「そうだ。至極単純で、当たり前の話だ」
ツバメくんはやれやれと首を振る。
「ケンタロウが絵の中に入ったとあるが、そもそもどうやって殺害したケンタロウを絵の中に入れるんだ」
「えっと、それはケンタロウさんが半分中に入った状態の時に殺して、そこからえいやー、って押し込んだとか?」
「そんな器用なタイミングで、しかもどうやって殺すんだ?」
「……難しいね。じゃあ殺した後に押し込んだとか」
「あいつに絵を被せたら勝手に入るとかするのか? どう考えてもあいつは自分の意志で『能力』を発動するタイプだろう」
「それならば普通に絵の中に入ったんじゃないのか。それで絵の中で殺したという線はあるのではないか、鳥羽ツバメ」
「ボクも一緒に入ったっていうのか? だったら同じタイミングで外に出るから、君達と食堂では遭遇しないね」
「いや、私が考えていたのは絵の中に何かがあって、入っただけで死んだってことだが、そもそも一緒に入れるのか? 知らなかった」
「あー、そういうことね。一緒に入れるんだよ、ケンタロウ君の意志があればね。で、そこからケンタロウ君以外の人が抜けだすのは、30分待つしかないんだ」
「な、ならばツバメさんがあの時間にいたことが、逆に犯人じゃない証拠ですね!」
「そういうことだ。分かってくれるか、ヒナタ君」
「コータ、もう分かっているよねー」
ユウリくんは平坦な声でそう言う。
彼も思い当たったのだろう。
彼が言ったことそのものが、今回の犯行手段だ、と。
「ジンくん、君が言ったことが正しいと思う」
「私が言ったこと? というと、虎賀ケンタロウが自分で絵の中に入ったってことか?」
「そう。絵の中に入るにはその方法しかないんだ」
「何を言っているんだよ、コータ君」
少し苛立った様子で、ツバメくんは語気を上げる。
「さっきも言った通り一緒に入って殺したんならばボクもあの物音と一緒のタイミングで絵の外に出たはずだ。君が言っているのは思いついたトリックを成り立たせるために無理矢理こじつけていることでしかないよ」
「確かに君の言う通りだね」
「だったら――」
「一緒に絵の中に入っていれば、ね」
ピタリ、と。
彼の動きが止まる。
「ジンくんが言っていたのはそれだけじゃない。
『絵の中に何かあって、入っただけで死んだ』
こうも言っていたんだ」
「ああ、確かに言ったな、猫泉コータ。しかし言っておきながらなんだが、それが何かは分かって言っていないぞ」
「大丈夫。それも含めてもう分かったよ。
ケンタロウくんが窒息死した理由もね」
僕はスマホを取り出し、みんなに画像を見せる。
それは美術室で撮った絵だった。
「この絵について見覚えある人はいる?」
「ああ、それって美術室の一番大きなキャンバスに描かれていた絵でしょ」
真っ先にナギサくんが反応を見せる。
「真っ黒に塗り潰されているから絵とは言えないかもだけど、でもこの絵にケンタロウくんが潜り込んでいたのは見たことあるよ」
「そうなの?」
「マシロクンは見たことないんだね。ケンタロウクンはこの絵を『暗闇』って言ってて、いざとなったらこの中に逃げ込むって言ってたやつで……
あれ? なんか端っこの方、色付いていない?」
「そう。右上に白色の扇形の何か、右下に水色の扇形が新しく描かれているんだ」
「おい、これだと、暗闇にならねえんじゃねえのか」
「チハヤくん、この2つがあると何に見える?」
「あ? 何に見えるって……」
チハヤくんが腕組みをして考え込む。
「真っ暗な中に右上が光があるってことだろ? んで、右下は水色のなんか……この水色があるから深海じゃなさそうだし、暗く閉じ込められた場所でもないんだよな……あ」
と、そこでチハヤくんは顔を輝かせる。
「この水色は地球だ。ってことはこの絵は――宇宙じゃねえのか」
「宇宙……まさか!」
ジンくんが目を見開く。
「そう。暗闇だと思って飛び込んだ先。
でもこの2つの扇形――角だからそうなっているだけで、実際は『球状のとあるモノ』が描き加えられたことで、
この絵は宇宙になったんだ。
そして宇宙には――空気がないんだ」
「だから窒息死、というわけだな! 猫泉コータ!」
珍しく興奮した様子でジンくんが大きな声を放つ。
「ようやく得心がいった。空気のないところに放り込まれれば一瞬で気を失い、窒息死するのは間違いないだろう。こんな方法だったとは」
「そう。ケンタロウくんの『能力』ならでは、だよね」
「だけどさ、チハヤクンがそう解釈したから……まあ言われればそうだな、っておれも思ったんだけど、人によって解釈が分かれるもんだし、ケンタロウクンが暗闇って思い込んだらそうなっちゃうんじゃないの?」
「それはならないんだよ。本人から聞いたんだけど、ケンタロウくんの解釈よりも、絵の実状の方が優先されるらしいんだ。だからケンタロウくんが『暗闇』だと思い込んだとしても結果は変わらなかったと思うよ」
というよりも、むしろ結果がこの通りであった、という表現の方が正しかったかもしれないが。
「で、でも、こんな跡、いくらケンタロウさんでも気が付くんじゃないですかね」
ヒナタくんが反論を掲げる。
彼は必死でツバメくんが犯人じゃない根拠を上げ続ける。
「暗闇一色じゃないから、そうしたら絵の中に入ることはしないと思うんですよ」
「それについても、もう答えはあるよ、ヒナタくん」
ゆっくりと首を振って、僕は声を掛ける。
「マシロくん、君はカフェテリアで夕飯の放送前に、ケンタロウくんの声を聴いているんだよね?」
「あ、はい。そうだよ。大体放送の30分くらい前なんじゃないかな。廊下を叫びながら走ってて」
「その時、なんて言ってたの?」
「えっと……」
マシロくんは、ちらりとチハヤくんを見る。
チハヤくんは気にすんなといった様子で顎でマシロくんに返す。
「『チハヤが暴れてるからやべえ!』って」
「言っておくが、俺様はそん時は何もしてねえぜ。あいつ何を勘違いをしたが知らねえけどな」
「そうだね。で、勘違いしたケンタロウくんは美術室に入るなり文字通り飛び込んだんだよ。
犯人が仕掛けた、殺人の罠の中にね」
「あ……」
「龍崎チハヤに追われていたと勘違いしていたならば、四隅の方に小さく追加された白と水色についても気が付かなかった可能性が高い、か」
ジンくんの補足の通りだ。
「ツバメくんは分かっていたんだ。チハヤくんを極端に怖がっているケンタロウくんに、彼が暴れている旨を伝えれば罠を仕掛けた絵の中に自分から入ってくれるってことを。
その後、美術室に行って偽装工作を始めた。十分な時間はあっただろうね。
そして食堂に向かい、みんなを呼んでくるという名目で美術室へと向かった。
もちろん、一緒に証人となってくれる人――今回は僕とユウリくんだね。この2人を連れて、彼が飛び込んで30分後に扉の前に立つ。
これが君がやったことだよ」
ケンタロウくんの殺害方法、偽装工作の方法。
全てを解き明かした。
「もう認めてよ、ツバメくん。どうしてこんなことを……」
「何を言っているんだ、コータ君」
ツバメくんは肩を竦める。
「確かにその方法を使えば犯行は可能で、ボクが一番怪しくなるよね。偽装工作もして一番安泰になるポジションが、まさかの犯人に一番近くなるってことだから。
でもね――それはそれだけなんだ」
彼は口元に笑みを浮かべてそう言った。
「君達が導き出した答えは、ボクが犯人だったら可能なトリックと方法、であって――ボクが犯人だとは言っていないんだよ」
「どういうこと?」
「まだ分からないのかい。敢えて言ってあげようか。
その方法は――ボク以外でも誰だって出来たことだろう?」
一呼吸置いて、彼は続ける。
「ケンタロウくんを絵に飛び込ませること、その後の偽装工作、全てボク以外も出来るし、ボク以外のアリバイも崩れるじゃないか」
「で、でもツバメさんは偽の手紙を拾った件もあるじゃないか」
「ああ、あの手紙を拾ったことがあったか。でもそれは、偽装ルートを裏付ける為に、敢えて外に投げておいたのかもしれないじゃないか。たまたまボクが拾っただけで、それを証明することは出来ないだろう」
「なあ、サイの時と同じように手紙の指紋とかどうなんだ、ナギサ?」
「指紋採取キットはまだ持っているよ。でも無理だと思う」
「あ、さっき俺っちも触っちゃったっすから!」
「だったら切り抜かれた雑誌か新聞の方の指紋はどうだ? 偽装であれツバメが作ったんだからそっちに指紋が残っている可能性もあるんじゃねえのか」
「この場にそのものがあるのならな、龍崎チハヤ」
「誰も持ってきていないよねー、そんなの証拠になると思ってなかったしー」
「別にクウギョに頼んで持ってきてもらえばいいじゃねえか。なあ、クウギョ」
「あー、基本的に円卓会議前に証拠は全部調査してからでお願いします。なので今回のその依頼は不可、という判定になります」
「あんだよ! 大切な証拠になるかもしれねえんだぞ!」
「別にいいよ、クウギョに持ってきて調べてもらっても。そこにボクの指紋でも出るかもしれないね。
でも出なかったら、犯人じゃないって認めてくれるよね?」
「……ダメだね。あの調子だと多分ツバメクンは指紋を残していないよ」
「そういうところもきっちりしているんだよな、時計みたいなやつだぜ……」
「でもなんかないのかな、ツバメさんしか出来ないっていうことが」
「ないもの探しはよくないんじゃないですか! もう一回、ツバメさんが犯人じゃない線でも議論しましょうよ!」
「じゃあそうするっすか。例えば時間を守れない人は犯行出来ないってことっすよね。だから俺っちは犯人じゃないってことで」
「確かにこのクソ猿は指定された時間に行かないでしょうしね」
「その理論で几帳面だからと言って犯人扱いされるのは困るな。ジンくんもしっかりしているイメージなのだけれど」
「そこに対しては否定しないぞ、鳥羽ツバメ」
「……コータ」
「そっか。なんか引っ掛かるところがあったんだね、ユウリくん」
「うん」
そう言うユウリくんのトーンが、いつもより少し落ちていたような気がした。
「なんかね、うまく言えないんだけど、今までは何にも思わなかったんだけどね、でも、こう、あー、なんか、やだ、って感じで」
「……」
「だからね。……もう終わらせてあげてほしいんだ」
「分かった」
僕は頷いた。
ツバメくんとは友達だった。
間違いない。
だからこそ、きちんと伝えよう。
君しか、犯人になり得ないのだ、と。
「サスケくん。もう一回、同じことを言ってくれないかな」
「……いいっすよ」
サスケくんは空中で人差し指を回す。
「例えば時間を守れない人は犯行出来ないってことっすよね。だから俺っちは犯人じゃないってことで」
「そう。そこだよ」
「……何がっすか?」
「この事件――時間を守れない人は犯行が出来ないんだ」
僕の言葉に
「ハッ。何を言っているんだよ」
ツバメくんは鼻で笑った。
「さっきも言った通り、ボクが几帳面だからって犯人扱いされたら困るよ」
「ううん。違うんだよ、ツバメくん」
僕は首を横に振る。
「この事件、今日に限っては――君以外の全員が、時間を守れないんだ」
「……は?」
こちらを凝視してくる彼に、僕は言葉を落とす。
「今回の事件、偽装工作のトリックに用いられたのは、ケンタロウくんの『能力』で絵から自動的に出るまでの時間の『30分』という時間だ。ちょうど30分後に美術室の前に立たなければ、偽装工作は成り立たない」
「30分後に立っていたのがボクだからってことか? それだったらユウリ君だってそうだし、君もそうじゃないか。あー、ユウリ君は後からついてこようとしていたし、彼の方が怪しいんじゃないのか」
「そうじゃないんだよ、ツバメくん」
「……だったら何だっていうんだ?」
「30分後に美術室の前に立つ。この30分を正確に数えられるのは君の『能力』だけなんだ」
「……なんだ。そんなことか」
ふっ、と彼は笑みを零す。
「30分という時間なんて、みんな食堂にある時計を見れば分かるじゃないか。それこそ食堂に行って時刻を見た後にケンタロウに声を掛ければ最大1、2分の誤差程度で済むし、むしろそれで到着する時刻を決めることだって」
「出来ないんだよ、それは」
やはり彼は知らなかったようだ。
「だって今日、食堂の時計は壊れていたんだから」
「……………………は?」
ツバメくんが椅子から勢いよく立ち上がる。
「昼間の食事の後、サスケくんとヒナタくんが食堂でボール遊びをしてね。その時に時計に当てて壊しちゃったんだ。だよね、2人共?」
「……そうっす」
「……はい」
2人の表情は共に沈んでいる。
そんな彼らをとりわけ見ないように、僕はツバメくんに焦点を合わせる。
「外側に割れた跡はなかったんだけどね、針は動かなくなっちゃったんだ。そこから時計はずっと同じ時間を指しているんだよ」
食堂に入った時にもしかしたら分かったのかもしれない。
だが、彼は時計なしで唯一時刻が分かる人物だ。
そんな人物が食堂の時計など敢えて見ることはしないだろう。
「だからね、ケンタロウくんが絵から出てくる30分後というのを、みんなが集まる19時よりも少し後に狙って設定できる人は、君しかいないんだよ」
「そんな……嘘だ……」
「成程。では、他の言い訳も先行して塞がせてもらうとするか」
追い打ちをかけるようにジンくんが口を開く。
「仮に偽装工作が無かった、としても、君が指し示した手紙のような時間、18時30分には、虎賀ケンタロウも、さらに犯人も、美術室には集まれなかった。時計が壊れていたのだからな」
「ジンくんの言う通りだよ。偽装工作自体がもう成り立たなくなっていたんだよ」
深く息を吸う。
これは決別だ。
彼との。
仲が良かった5人での生活との。
「君が虎賀ケンタロウくんを殺した犯人だよ。――鳥羽ツバメくん」
「……」
ストン、と。
足の力が抜けたように彼は椅子に座り込む。
そして目をつぶって顔を上に向ける。
「時刻が分かるだけのしょぼい『能力』なのに、そのしょぼい『能力』のせいでバレるのか」
はは、と彼は乾いた声で笑った。
「本当にろくでもないな、ボクの『能力』も。――僕自身も」




