37話 2章 ~円卓会議~ -02
「その結論に至るには議論を巻きすぎているよ」
その言葉は、ナギサくんから放たれた。
「コータクン、その話は色々とおかしい点があるよ」
「おかしい点?」
「ああ、今からその点を教えてあげるよ」
ナギサくんと真っ直ぐ視線がぶつかり合う。
「最初に確認するんだけど、君達が美術室に行った時間は19時過ぎ。多分ツバメくんの言葉を聞くと10分前後かな。それくらいだったんだよね」
「うん。体感それくらいだよ」
「そこで中から音がした。だから犯人が中にいた、ってことだよね」
「そういう話になるね」
「その音、本当に犯人のものだ、っていう確証はあるの?」
「え? どういうこと?」
「つまり、犯人じゃなくて、ケンタロウくんが倒れた時の音じゃないのか、ってことだよ」
「ケンタロウくんが倒れた時の音? でもそれでも犯人が殺した時って話じゃないの?」
「違うよ。例えばケンタロウくんを殺した後に、死後硬直とかで倒れこんだとか、その場に犯人がいなくてもできる方法を取ったんじゃないかな」
「トリックってこと?」
「そう。じゃないと矛盾するところがあるんだよ」
「矛盾するところ?」
「話を聞いた感じだと、君たちが来た時に声を掛けて、慌てて犯人はその場から逃げ出した、って感じだよね」
「えっと、そうだね。ツバメくんが声を掛けた直後に音がしたから、犯人は僕達が来ることは予想外みたいで、急いで逃げて行ったってことになるね」
「だったら、どうしてロープが結び付けられていたの?」
「結び付けられていたって……あ」
ナギサくんのその指摘。
至極妥当なことに気が付いた。
「チハヤクンが降りても問題ないくらい、しっかりとどこかに結び付けられていたんでしょ。犯人は急いでいたのにそんな余裕があるのかな?」
「慌てていたのに、しっかりとしている……これは矛盾しているね」
「それは成り立つんじゃないのか」
ツバメくんが割り込んでくる。
「犯人は逃走ルートとしてロープについては既に準備を終えていた。後は死体やキャンバスやらで入り口を塞いで逃げるだけだったが、死体を置いたところでボク達が来て、慌てて逃げた、ということもあり得るのではないか」
既に準備していた、というツバメくんの主張。
準備していたらおかしい、というナギサくんの主張。
どちらも可能性としてはあり得るが……
「ねえコータ」
ユウリくんが顎に手を当てて首を傾げる。
「どっちもあり得るように見えるけどさ、どっちかは、どうしてそんなことをするのかー、って理由が見つからないんじゃないかなー」
「やる理由が見つからない……?」
「どっちがそれなのかは分かんないけどさー」
実行する理由が見つからない方。
それは――
「――ツバメくん、それはちょっとおかしいよ」
「なんでだ? 成り立つだろう?」
「確かに可能性としてはあり得るのかもしれない。だけど――犯人が扉を塞ぐ理由が全くないんだ」
そう。
ここが一番の矛盾点。
「犯人はケンタロウくんを殺害した。でも美術室を塞ぐ理由は何だろうか?」
「それは……一緒にいるところを見られたくなかったとか」
「それだけで扉を塞ぐことをするよりも、美術室の窓から死体を外に投げた方がいいんじゃないのかな」
「……確かにそうだな」
「しかもその後に窓からロープを使って出るなんて、リスクが高すぎるよ。しかもしっかりと結んでいるからロープで外から脱出したことが分かるし、そんな手間をかける理由がないんだ」
「分かってくれて嬉しいよ、コータクン」
ナギサくんが微笑んでくる。
彼はここまで見えていたのだ。
みんなの意見も積極的に聞いて、賛成できるところは賛成しよう。
「ちょっといいか」
手を上げたのはジンくんだった。
「先程、蛇見ナギサが言っていた物音をさせたトリックだが、虎賀ケンタロウの死後硬直を利用したトリックは、はっきり言って不可能だ」
「え、そうなの、ジンクン?」
「ああ。ケンタロウは死んでから1時間も経っていないんだ。硬直なんか始まらないぞ」
「そうなんだ」
「だったらどんなトリックで物音を鳴らしたか、議論してみようよ」
僕はみんなに提案する。
「ケンタロウくんが倒れた音じゃなかったら、一体何の音だったんだろうか」
「物音の詳細とか分からないんすか、ツバメっち」
「うーん……奥に走っていくような音だったけれどな。だから犯人が中にいたんだと思ったんだが」
「あ、ユウリも聞いていたけど、バタバタ~、って規則的に鳴っていた感じだったよー」
「だったらスマホから音が鳴ったとかどうですか?」
「犯人がスマホを置いておくわけないから、ケンタロウのスマホに録音して、ってことか? あれって起動するのに自分の生体認証が必要だろ? 出来んのか?」
「ケンタロウさんの指を使ってなら起動は出来ると思いますけど……そんなの、タイミングよく鳴らせますかね」
「下手したらスマホからだってバレそうだし、そんな音声どうやって録音するかってのもあるよね」
「あ、規則的ってことはドミノ倒しでもあったんじゃないっすか。ほらパタパタ、って規則的に倒れますし」
「あん? 入った時にドミノなんてなかったぞ」
「ドミノ自体は娯楽室にありそうだけどね」
「でもそれ以外に規則的な音を出すものってメトロノームくらいしか思いつかないですね」
「音楽室があればそういうのもあったかもしれないな、犬飼ヒナタ」
「そういうのは体育館の音響しかなかったもんねー。――ってなところで、コータ、みんなの言っていたことからなんか規則的に出来そうなものなかったー?」
その言葉で思い出す。
そういえばユウリくんが捜査中に言っていた。
規則的。
あれは確か――
「サスケくん、それだよ」
「へ? なんすか?」
「ドミノ倒しだよ。犯人はドミノ倒しをして音を出したんだ」
「何を言っているんだよコータ。さっきも言ったが入った時にドミノなんかなかったじゃねえか」
「確かに、チハヤくんが言う通り、ドミノはなかったよ」
「だったら――」
「でも、ドミノみたいに並べられるような四角いモノが、美術室にはあったよね」
それは――
「キャンバスだよ」
「キャンバスだと!?」
「うん。あのキャンバスを並べて倒していったんだよ。それがパタパタとした音の正体だったんだ」
「あ、だから所々規則的に並べられていたんだねー」
ユウリくんがもろ手を挙げる。
彼が現場で言わなかったら気が付かなかったかもしれない。
「しかもさー、あれ、窓に近づくほどキャンバスサイズが大きくなってたよねー。ドミノ倒しなら納得だよー」
「あ! じゃああれも関係あるのかも」
ナギサくんが声を上げる。
僕もピンと来た。
きっと彼が言いたいのは……
「窓の外に落ちていた重りの付いたキャンバスとイーゼル、だよね」
「うん。きっとあれもドミノの一部だったんだろうね」
ただ、と彼は表情を曇らせる。
「ドミノに組み込むのは分かったけど、どうしてあのキャンバスだけ重りがついていたんだろうね。あとイーゼルの脚が折れていたのも理由が不明だな」
「それは……」
僕は思いついたことを口にする。
「多分、今まさに窓を開けた、っていうように見せかけるためじゃないかな。ほら、窓が揺れてたらいかにも、今開きました、って感じになるでしょ? あれを狙ったんじゃないかな、って思ってさ」
「確かにそれはそうなるかもしれないけど……でもそれがキャンバスの重りとイーゼルの脚が折れていたことにどう繋がるの?」
「これは完全なる予想なんだけど、窓を開くためにはキャンバスだと軽いんじゃないかな。だからキャンバスに重りをつけたんだと思う。かつ、高さも足りないから、窓際に掛けるようにイーゼルの脚を折って不安定な状態――恐らく半開きの窓に寄りかかるような形にして」
まるでドミノ倒しによくある大仕掛けのように。
窓をその場で開いたかのように見せかける仕掛けを作ったのだ。
「そういうことか。なら勢い余ってキャンバスもイーゼルも下に落ちたのも納得いくね……でもさ、正直な話を言っていい?」
ナギサくんは腑に落ちないような顔をしている。
「死体発見の放送の後に、みんなで現場の美術室に行ったじゃない。でもその時はキャンバスが一定間隔で置かれているような、そんな見た目には見えなかったよ」
「あー、規則的に倒れていたのは一部分だけだからねー」
でもね、とユウリくんが付け加える。
「それ以外は、なんか後から踏み荒らされた感じがしたなー」
「踏み荒らされた?」
「あー、俺様が奥に行った時に足元のキャンバスを蹴っ飛ばしちまったかもしれねえな」
「チハヤクン、証拠隠蔽しちゃだめだよ」
「してねえよ! ってかそんなトリックに使われてたのを知らなかったんだからよ!」
「ごめんごめん。冗談だよ」
「……ん? ちょっと待って」
ナギサくんが口にした冗談。
その言葉に引っ掛かりを感じた。
その引っ掛かりが何かを理解した瞬間――
「っ!」
……これが……真実……なのか?
息が止まるかと思った。いや、一瞬、実際に止めてしまっただろう。
それを肯定したくなくて――否定したくて――
僕は言葉を紡ぎだす。
「……あのさ、今一度整理するんだけど、犯人がキャンバスをドミノ倒しのようにして物音をさせた。その目的は中にいて窓から逃げたと錯覚させるため、ってことでいいよね」
「ああ? そういう話だろ?」
チハヤくんが即座に反応する。
「そうなると犯人はどこから逃げたのかな」
「どこからって、そりゃあ窓からのルートが偽装だったんだから、普通に入り口からだろ」
「そうだね。他にルートがないからそれはそうだね。ということはさ、そこにあるのがおかしい証拠品があるんだよ」
それは……
「犯人がケンタロウくんを呼び出した手紙だ。あれはどこにあったんだけ、ツバメくん?」
「……中庭だな。そこに落ちていた」
「そう、でも窓から逃げたわけじゃないなら、中庭に立ち寄る必要はない、つまりその手紙が中庭に落ちている理由がないんだよ」
「あそこ、紙とか普通に乱雑に置いてあるし、美術室内に落としたとしても勝手に外に出るわけじゃないっぽいっすもんね」
「窓を開けていたら手紙だけ外に出て他の紙は落ちていない、なんて偶然は起こり得ないと考えた方がいいですよね」
サスケくんとヒナタくんも同意する。
……ねえ、二人とも。
分かっているのかな。
僕が何を言おうとしているのか。
そう言いたくなる気持ちをこらえながら、僕はとある人物に問いを投げる。
「チハヤくん、いるかどうかだけで答えてほしいんだけど」
「あ? なんだよ、それ」
「君より前に美術室の奥まで進んでいった人、いるよね」
「ん? んなもん『いる』だろうが。お前も見ただろうよ」
チハヤくんが呆れたような表情を向けてくる。
そうか。
僕の思い違いじゃなかったよね。
「最後にみんなに聞くよ」
目を伏せて、僕は言葉を絞り出す。
「もし僕達が来た時に中に犯人がいると錯覚させられたら、一番メリットのある人って、誰だと思う?」
「あ、それは分かりますよ、コータさん」
ヒナタくんが手を打つ。
「その時に中に人がいたら真っ先に容疑者から外れるのは、その場で姿が見えている人。つまりコータさんとユウリさんとツバメさん、で……え? いや……まさか……」
途中からヒナタくんの声が震えたのを感じた。
彼も気が付いたのだろう。
いやきっと、この場にいる人の誰もが気が付いたであろう。
「僕達が現場に辿り着いた時に美術室の中に人がいて、その人は窓から逃げた――
そう思わせるような証拠の一部を発見し、
ドミノ倒しに使われた規則的に配置されたキャンバスを、奥に進むという名目で踏み荒らして証拠隠滅を図ることができ、
そしてそれらのトリックで容疑者から外れるメリットを持った人。
その条件に当てはまる人が、一人いるんだ」
指摘したくない。
だが言わなくてはいけない。
僕はその人物の名前を告げる。
「それは君だよ。――鳥羽ツバメくん」




