35話 2章 ~捜査編~
「ケンタロウくん!?」
ケンタロウくんが美術室に倒れていた。
僕は慌てて駆け寄って彼の体を起こす。
だがぐったりとしており、感覚で既に生気が無くなっていることが分かった。
「誰かいるのか!?」
ツバメくんが奥へと駆け出す。
その時に気が付いたのだが、キャンバスが所々倒れていてめちゃくちゃな状態だった。
足元に散らばるキャンバスを蹴り飛ばしながら、彼は奥へと進んでいく。
「おい! 一人で行くんじゃねえよ!」
怒鳴り声を放ちながらチハヤくんがその後を追う。
ケンタロウくんの体をゆっくりとその場に横たわらせ、僕も後ろをついていく。
すぐに2人の姿を見つける。
彼らが立っていたのは、美術室の奥にある窓の前。
窓は開かれており、その先には中庭が見えた。
「逃げられた、か」
「くそっ! 追うぞ!」
チハヤくんが窓枠に手を掛けて外に飛び出そうとしていた。
「チハヤくん!? ここ3階だよ!? 飛び降りたら足折れちゃうよ!?」
「問題ねえよ。飛び降りるわけじゃねえから」
「え?」
「これがあんだよ」
チハヤくんが持ち上げたのはロープだった。
それは近くにあった重そうな本棚の脚にしっかりと結び付けられていた。
「チハヤくんが用意したの?」
「んなわけねえだろ。逃げたやつがやったんだろうよ、っと」
チハヤくんはロープを掴んで窓の外へと降りて行った。
その様子を上から見守っていたが、夜で真っ暗なうえ、降りた後、木々に隠れて姿はすぐに見えなくなった。
これだと、誰かが逃げていても分からないかもしれない。
ぼーっと見ていた僕に、ツバメくんが肩を叩く。
「犯人の追跡はチハヤ君に任せよう。ボク達はケンタロウ君の救命をするためにジンくんを呼びに行こう」
「あ、うん、そうだね」
踵を返して入口の方へと向かう僕達。
するとほぼ同じタイミングでジンくんがユウリくんと共に入ってきた。
どうやらユウリくんは、倒れているケンタロウくんを見た瞬間にすぐさまジンくんを呼びに行ってくれたようだ。
ジンくんは座り込んでケンタロウくんの身体に触れると首を横に振る。
「残念ながら息はない」
「そんな……」
ただの気絶の可能性もあったが、これで希望は絶えた。
ケンタロウくんは死んでしまった。
『ピーンポーンパーンポーン』
チャイムが鳴り響く。
『死体が発見されました。場所は美術室になります。その為、全員、美術室に集合してください』
クウギョの放送が鳴り響く。
これはタケルくんの時と同じだ。
ケンタロウくんの死が確定してしまった。
数分後、みんなが美術室に集合する。
その中にはチハヤくんの姿もあった。
僕が視線を向けると、彼は小さく首を振った。
あの後、追跡しても犯人と思しき人は見つからなかったか。
それを残念に思っているところで
「皆様、全員集まりましたね」
クウギョが死体の上部に浮遊しながら、言葉を落とす。
「虎賀ケンタロウ様が死体となって発見されました。これより1時間後に『円卓』にて会議を行います。それまでの時間、皆様は虎賀様を殺害した犯人についての手掛かりを見つけるなど、捜査を行って下さい。以上になります」
タケルくんの時と同じ言葉をクウギョは告げる。
そして僕達も前と同じように、それぞれ捜査へと向かった。
◆
美術室にそのまま残ったのは、死体検分の為に残ったジンくんとユウリくんだった。
まず死体を調べているジンくんに話を聞く。
「ジンくん、何か分かったことはある?」
「正直難しいな」
ジンくんは深く息を吐いた。
「死因は恐らく窒息死だ」
「窒息死? ということは首を絞められたとか?」
「それが……首を絞められた形跡どころか、目立った外傷すら一つもないのだ」
「そうなの?」
「ああ。泡を吹いていたり遺体の様子から窒息死だと推定は出来たが、喉に何か詰まったりした形跡もないから、断定が出来ない。唯一ある外傷は、腕にある打撲痕だけで、これが致命傷とは思えない」
「薬とかの可能性はないの?」
「この建物にある薬物ではこんなことはならないな。口内の泡にもそのような形跡はなかった。他にも窒息特有の症状が出ているから、まず間違いなく窒息死とみてよいと思う。」
ジンくんがここまで断定しているのだ。そこは信用しよう。
ケンタロウくんに外傷がほとんどないことと窒息死であることは覚えておこう。
「他に死亡推定時刻だが、死んでからまだ時間は浅いようだ。1時間も経っていないのではないか」
それはそうだ。
だって僕とツバメくんとユウリくんはあの時、物音を聞いているのだから。
しかも密室となっていたこの部屋の中から聞こえた物音が。
ケンタロウくんが殺されたのは恐らくその辺りだろう。
「他には特に遺体からは何もないな。もう少し詳しいことを調べておく」
「うん、お願い」
ジンくんの邪魔をしないようにその場から離れようとした。
と、そこでケンタロウくんが倒れている場所の近くにある一枚の絵が目に入った。
大きいキャンバスに描かれた黒い絵だ。
(あれ?)
僕は違和感を覚えた。
(この絵、前と違わないかな……?)
今日の昼頃に見た時には、絵はただ真っ黒に塗り潰されて、その他には何もなかった。
だがこの絵は、2点ほど、以前と異なった個所があった。
1つが、右下にある水色の何か。
本当に隅っこの方に小さくだったが、扇形に水色で塗られていた。
昼間に水色の絵の具を使っていたし、その時についてしまったのだろうか。
同じように偶然ついたと思われる程の小さな白色の扇形。
これがもう1つの異なった点だ。
白色の扇形は右上の方にあった。
これも何かでついてしまったのだろうか。
いずれにしろ、以前とは違う点として覚えておこう。
そう思って僕は念のためその絵を写真に撮っておいた。
その他に何かないかと探していたところ、ユウリくんが屈みこんでいるのを見つけた。
場所は、散乱されたキャンバスの所だ。
「何か見つけた、ユウリくん?」
「あ、コータ。ここちょっと見てよ」
「ここ?」
「そう。このキャンバスとかさ、なんかキレイすぎないかな」
「キレイすぎる?」
言われてキャンバスを注視する。
しかし踏まれて足跡があったりと、到底キレイには見えない。
僕が肯定しないまま唸っていると、
「外身じゃないよ。配置だよ」
「配置?」
「そう。なんか規則的に並べられていないかなー、って」
「ん? ……確かに」
多少入った時にずれてはいるが、前に見た時よりも明らかにキャンバスの並び方が等間隔になっている感じがした。
「それがさーここまで続いているんだよねー」
ユウリくんが示したのは、窓。
開かれた窓の下まで続いていた。
「しかもさー、なんかどんどんキャンバスサイズ大きくなってない?」
「あ、本当だ」
言われてみれば、窓に近づけば近づくほどそうなっている。
よく気が付くものだ。
(重要な手掛かりの気がする……覚えておこう)
「ユウリくん、他に何か手掛かりになりそうなことはある?」
「そうだねー。あとはあのロープとかかなー」
示しているのはしっかりと本棚の脚に結び付けられているロープ。
「しっかりとしているから、チハヤくんが使って降りてもほどけなかったよ」
「へー、チハヤが使ったんだー。でもさー」
ユウリくんは首を傾げる。
「それほどしっかりと結ぶのなんて時間掛かりそうだよねー」
「確かにね。……ん?」
何かその言葉に引っ掛かりを感じた。
理由は分からない……けれども覚えておこう。
「他には何かあった?」
「あとはないかなー。あ、ないと言えばさ」
ユウリくんが手を打つ。
「チハヤが壊した扉を見たけどさー、あれ、なんも細工とかなかったよー」
「細工がなかった? じゃあなんで開かなかったんだろうね?」
「んー、なんだろうねー。ツバメがドアノブを回していなかったとかかなー」
「いや、きちんと回しているのは僕が目の前で見ているからないよ」
「じゃあ何なんだろうねー。ユウリも考えてみるよー」
そう言ってユウリくんは悩み始めた。
そのまま残ってもよかったが、他の場所も見ておくべきだと思い、僕は美術室を離れた。
◆
美術室を出て次に向かったのはカフェテリアだった。
同じ3階の部屋を捜査しようと思って適当に入ったら人の声が聞こえたのだ。
「あ、コータさん」
「おう、コータか」
そこにいたのは、マシロくんとチハヤくんだった。
よく見ると若干、マシロくんが涙ぐんでいる。
「何かあったの、マシロくん?」
「あの、いや、その、何も、ないんですけど」
「単純に聞いただけじゃねえか。お前、食堂に来ないでどこにいたんだよ、って」
チハヤくんが呆れたように肩をすくめる。
「あ、確かに。僕も気になってた。夕食の時間に食堂にどうして来なかったの?」
「それは……あの、信じてもらえないかもしれないんですけど、カフェテリアで隠れていたんですよ」
「隠れていた? どうして?」
「あの……その……えっと……」
マシロくんはちらちらとチハヤくんの方を見ては俯くを繰り返す。
(ああ、そういうことか)
「チハヤくんのことが怖かったんだね」
「!? コータさん!」
マシロくんが高速で駆け寄ってきて訴えかけるような目で僕の袖を掴んできた。
「どどどどどどどどうしてそんなことを本人の前で言うのおおおおおお!?」
「いや、でもそうなんでしょ?」
「そうとかそうじゃないとかどっちも言えないじゃないかああああ!」
「んだよ、そんなことか」
チハヤくんは短く息を吐く。
「怖がらせるような真似をしてんだ。それくらいで傷つくような持ち主じゃねえよ、俺様は」
「へ?」
マシロくんが目を丸くする。
「それより何があったか話せよ。そっちのが重要だろ」
「うううううううううう、ごめんよチハヤさん……」
マシロくんはわんわん泣き出してしまった。
「あー、もううっとうしいなあ。さっさと話せよ」
「うん、ちょっと待ってね……」
ポケットからティッシュを取り出すと、チーン、と鼻をかんだ。
「そういう人じゃないって分かってた。分かってたんだけどね。でも、ケンタロウくんが叫んでたんだよ。『チハヤが暴れてるからやべえ!』って」
「ケンタロウが?」
「うん。カフェテリアの扉を閉めていたのに聞こえるような大音量で叫んでてね……」
「あー、それって昼くらいの話じゃない?」
身に覚えがある。
あの時、ケンタロウくんは勘違いをしていた。
「ん? いや、昼じゃなくてついさっきだよ」
「え?」
マシロくんの言葉に驚きを隠せなかった。
「ぼくが聞いたのは夕食の放送のちょっと前……どれくらいかは感覚でしか分からないから、多分、30分とかそれくらい前の感覚だよ。昼では絶対ないよ」
「その時にケンタロウくんが叫んでた、と」
「うん。声の感じから多分走りながら叫んでたんだと思うけど……」
これは重要な証言かもしれない。
覚えておこう。
「ていうかよ、俺様は今日、まったく暴れてねえんだが」
「そうだね。美術室の扉を蹴り飛ばしたくらいだもんね」
「ひっ!」
「……コータ、お前、わざとだろ」
ジト目でチハヤくんが僕を睨んでくる。僕はあははと笑って話を逸らす。
「あ、そういえばカフェテリアにも窓あったよね」
「うん。そことかかな」
指差した方向に結構大きめの窓が複数あった。
そこからは中庭が見える。
美術室と同じだ。
「あ、美術室からここに移ってくるとか出来るのかな」
「うーん、多分できないんじゃないかな」
マシロくんは否定する。
「窓から見ればわかるけど、美術室の窓とは相当距離があるし、その間に渡り通路みたいなものとかないからね」
言われた通り確認すると、確かに美術室の窓からはかなりの距離が離れている。ぶら下がっているロープがあるからこそ、場所も間違いない。
「おー、俺様もそれを確認しにここに来たんだった」
後ろからひょっこりチハヤくんも顔を出してくる。
「チハヤくんだったら行けそう?」
「いや、俺様でも無理だな」
「あ、そういえば、あの美術室のロープ、ここまで繋げられそうな長さだった?」
「それもノーだな。微妙に地面に届いてなかったからここまでは目測でも相当足りねえな。多分、あっちにある医務室の方はもっと無理だな」
「そっか。ありがとう」
ということはカフェテリアにも医務室にも、ロープを繋いで移動することは出来なさそうだな。
これも覚えておこう。
これ以上は特になかったので、あわあわしているマシロくんを残して、僕は他の場所へと移動した。
◆
次に向かったのは中庭だった。
真っ暗、かつ木々が生い茂る中、かろうじて見えた視界の先にいたのは、ツバメくんとナギサくんだった。
2人がいたのは美術室の窓の下だった。
「何か手掛かりあった?」
「あ、コータクン。これがあったよ」
ナギサくんが示したのは、キャンバスと、それを支える役割を持つ木のイーゼルだった。
しかもそのキャンバスは普通のキャンバスじゃなかった。
「なんか付いてる……?」
「これは重りっぽいね」
「重り?」
「正確にはウェイト、って言った方が正しいかな。腕に巻いてトレーニングとかに使うやつだよ」
「あー、あれか。……でもそれが何でキャンバスに巻き付けられているの?」
「さあ……そもそもキャンバスがここにある理由も分からないし、イーゼルの方は足が折れているし」
「誰かが捨てたのかな」
それともチハヤくんが降りた時に踏んで折ってしまったとか。
いずれにしろ記憶しておこう。
「それ以外には何かあった?」
「うーん、おれはないかな。ツバメクンは?」
「こんなものがあったよ」
ツバメくんが見せてきたのは、手紙だった。
中身を見てみる。
『見せたいものがあるから18時30分に美術室にきて』
新聞紙の切り抜きを貼って作ったのであろう、フィクションで見たことある脅迫状のような、そんな手紙だった。
「これって……」
「犯人からの手紙かもしれない」
「わ! 触っちゃったよ!」
「指紋の話か? 多分それは無駄だろう」
ツバメくんが首を横に振る。
「見れば分かるだろうが、この手紙を作った者は自筆じゃなくて切り抜きで文章を作っている。新聞紙は美術室にあったし、足が付くような真似はしていないだろう」
「あ、そっか。先の事件でもあったように、警戒しないわけがないか」
「それにボクも拾う時に触ってしまったからな。これで疑われるのは癪だが……」
「そういえばどこで拾ったの?」
「ここだな。たまたま落ちていたのを見つけた」
「暗かったのによく見つけたね」
この場所は犯人が通ったルートだ。
つまり落としたのは犯人かもしれない。
(……ん?)
何かがおかしい気がしたが、後で考えることにした。
とりあえず記憶しておこう。
「あ、そういえば」
ふと思い出す。
「ナギサくん、今日の夕飯の時に食堂に来なかったけれど、どこにいたの?」
「おれ? おれは電気室にいたよ」
「電気室? そこで何していたの?」
「あー……コータクンならいいか」
ナギサくんは耳元に口を寄せてくる。
「実は、体育館に誰か来ないか、見張ってたんだよ」
「見張ってた?」
「誰かがチハヤクンを襲わないか、ってね。だから夕飯時も含めて警戒してたんだ。……まさかあの時間にチハヤクンが自体が体育館にいないとは思っていなかったけれど」
空回りしちゃったな、とナギサくんは落ち込んだ様子を見せる。
「大丈夫だよ。その気持ちは絶対、チハヤくんに届いて喜んでもらえるって」
「喜んでもらう必要はないけれど……でも、そうだね。ありがとう、コータクン」
ナギサくんが微笑む様子を見て、僕もホッとする。
これで不在だった人の居場所は分かった。
その情報もインプットしておこう。
「じゃあボクはここら辺をもう少し探してみるね」
「おれもツバメくんを手伝うよ」
「助かる」
「じゃあ僕は他の人の所を見てくるね。2人もありがとう」
2人に礼を言って、僕は中庭から建物へと戻った。
◆
次に僕が向かったのは食堂だった。
そこにいたのは、サスケくんとヒナタくんだった。
「2人とも、食堂でなんか見つけた?」
「お、コータっち」
「それが全然ですよ」
2人はシンクロしたように首を横に振る。
「食堂は何にもないっすね。未だにヒナタっちが壊した時計が直ってないくらいしか」
「自分が壊したんじゃなくてあなたが壊したんじゃないですか!」
「まあ実質2人が壊したってことで」
「実質じゃなくて事実だけどね」
先程食堂に入った時には気が付かなかったが、針は昼の時間のままだ。
クウギョの放送で19時前後だと分かっていたからかもしれないのと、ちょうど時刻が0時35分で短針と長針が逆になっているだけっぽくなっていたのも、意識から外していた理由かもしれない。
「いま一度確認したいけど、あの時食堂に集まった順番ってどうだっけ?」
「覚えているっすよ。あの時最初にいたのはツバメっちっすよね」
「そこで自分、ユウリさん、コータさん、サスケさんが続いたんですよね」
「その後にジンっち、最後にチハヤっちだったすよね」
「来ていないのはナギサさん、マシロさん、そして……今回の被害者のケンタロウさん、でしたね」
ケンタロウくんの名前を口にする時、ヒナタくんの声が少し沈んでいるのが分かった。
無理もない。
人が死んだのだ。
この感覚は慣れてはいけない。
だからこそ、犯人が誰なのか、きちんと突き止めなければいけない。
拳をぎゅっと握りしめた、その時だった。
『ピーンポーンパーンポーン』
チャイムが鳴り響く。
『捜査時間終了の時刻になりました。皆様、円卓の部屋にお集まりください』
「もうそんな時間っすか!?」
「タケルさんの時もでしたけれど、さっぱり分からないです……」
「うん。僕も見当つかないよ。……だけどやらなきゃダメなんだ」
2人に向けて僕は言葉を放つ。
「ケンタロウくんを殺した犯人が誰か、きちんと明確にしなくちゃいけない。だから頑張ろう」
僕の言葉にサスケくんもヒナタくんも顔を少し明るくさせて頷く。
そのまま2人一緒に円卓の部屋へと向かう。
ここから僕達は円卓会議をする。
まだ2回目だが慣れていない。
当然、慣れるべきではないことである。
だけどやるしかない。
ケンタロウくんを殺した犯人が誰なのかを突き止める為に。
僕達は追求しなくてはいけないのだ。
――たとえそれが、どんな真実であったとしても。




