30話 2章 ~日常編~ - 07
一度部屋に戻って水着を置いてきた後、僕は先程そうしようと決めた通り、美術室へと向かった。
「あ、コータ君」
美術室の扉を開くと、そこにいたのは意外にもツバメくんだった。
「珍しいね、ツバメくん。ケンタロウくんがいるかと思った」
「ケンタロウ君ならそこだよ」
ツバメくんが指さしたのは1つの絵。
この前に見せてもらった真っ黒な絵だった。
「この中に入ったってこと?」
「そうだ。美術室にいたら扉を開けていきなり飛び込んできてな。何があったのかさっぱりだ」
「何だろうね、本人に聞こうよ」
僕は絵に向かって声を掛ける。
「ケンタロウくん、何があったのか教えてくれない?」
声を掛けた数秒後。
絵の中からケンタロウくんが出てきた。
「い、いるのはコータだけか!?」
「ボクもいるぞ」
「うおっ! なんだツバメか……それ以外は?」
「それ以外はいないぞ」
「はぁ……よかった……」
心底安心したように胸を撫で下ろすケンタロウくん。
その様子に、僕は思い当たることがあった。
「もしかして、チハヤくんが来たかと思って逃げ込んだの?」
「そうだよ!」
ケンタロウくんはぶるぶると震えだす。
「あいつが暴れてるんだろ!? さっき1階にいたら何か物が落ちたような、壊されたような音がしたし!」
「あ、それは……」
サスケくんとヒナタくんが食堂で時計にボールを当てて落とした音だ。
するとあの時、背後で音がしたのはケンタロウが美術室へと逃げ出した音だったのか。
しかし、どうしよう……
真実を告げると、チハヤくんがやろうとしていることの妨げになってしまうかもしれない。
迷っている間に、ケンタロウくんは僕の肩をガッと掴んできた。
「お、俺は殺されないからな! あいつの姿を見かけたら教えてくれよな!」
「う、うん。分かったよ」
「ツバメもだぞ」
「分かったよ」
ツバメくんは平坦な声で了承した。
そしてケンタロウくんが出てきた真っ暗な絵をじっと見る。
「この絵ばっかりに逃げているが、よほど好きなのか、これが」
「好きとか嫌いとかじゃねえよ。これが一番外から入っていることがバレないんだよ。暗闇だからな」
「あ、そうか。暗闇だからケンタロウくんが入っても描写されないんだね」
ケンタロウくんの能力では入った人間が絵として映し出される。
しかしながら暗闇では、そもそも光がないのだから描写しようがない。
「そういえば一つ聞きたかったんだが」
ツバメくんが顎に手を当てる。
「ケンタロウ君、例えば君が水色一色で塗りつぶされた絵の中に入ると『空』になるのか、それとも『海』になるのか、どっちなんだ?」
「難しい話だな。色合いによって変わると思うが、基本的にオレがどっちなのかって解釈した方になるはずだ」
「まあ、そうだよな。君の『能力』だし」
「ただ、他に解釈がしようがない場合は別だな。例えば……」
ケンタロウくんは近くにあった小さなキャンバスを手に取ると、これまたそこら辺にあった水色の絵の具を使って塗り潰す。
その後、今度は別の絵筆を手に取って下の方の一部を茶色で塗る。
「これが地面なのか、それとも海底なのかは解釈の余地があるよな。でも……」
そう言ってケンタロウくんはキャンバスの中央部に書き足す。
簡易的に描かれた鳥だった。
「鳥は海底まで来ないし、こんなに優雅な様子は見せないだろう。だからこれは『空』で確定になる。オレが水だと思い込もうと思っても無理だな」
「つまり絵の方の状況が優先されるってことなんだね」
僕の言葉にケンタロウくんは首を縦に動かす。
「だから水色だったらワンちゃんオレ死んじゃうかもしれないしな。空だと解釈するけど、入った後に、一本、線を書き足すだけで地面が出来てぶつかって死んじゃうし」
「でも、それを相手にも出来たりするんだよな?」
「……あ、そうじゃん」
ケンタロウくんはハッとする。
「水色の絵にぶち込んでその後に絵をつけ足せば、完全犯罪の完成じゃん!」
「それを今、ボクとコータ君の前で言って、完全犯罪になると思うのか?」
「あ!」
沈黙が流れる。
「……今の聞かなかったことにならない?」
「ボク達2人を殺せば聞かなかったことにはなるが、やるのか?」
「や……らない」
「一瞬迷ったな」
「ち、ちげーよ! 言い淀んだだけだ!」
同じ意味だよ。
「いずれにしろ、覚悟がないままよくないことを考えるのはやめておけ。美術室で人が死んだだけで君が犯人であることはほぼ間違いなくなるのだからな」
「う……わ、分かったよ」
ケンタロウくんは気まずそうに両手を上げる。
「なんかこんな状況になって色々と思考がおかしくなっているみたいだ。少し頭冷やしてくる」
そう言って美術室から出て行った。
残された僕とツバメくんはお互いに顔を見合わせる。
「ケンタロウくん、大丈夫かな……?」
「大丈夫だろう、とは言えないな。まあ見かけたら声を掛けてあげよう。きっと夕食までには落ち着いているだろう」
「そうだね」
肯定しつつも、僕の心には少しの不安要素が残ってしまったのだった。




