97話 5章 ~エピローグ~
兎沢マシロは、何が起こったのかを認識できなかっただろう。
あまりにも自然に近づき、察する間もなく左胸を刺したから。
こういうこともあろうかと、こっそり懐に忍ばせておいたのだ。
――いや、こういうことにしようかと、が正しいか。
「この中で君が一番厄介なんだよね。君の『能力』で高く逃げられたら、流石に神の『能力』でも追うのが面倒だからさ」
彼の左胸からナイフを抜くと、血しぶきが上がる。
マシロくんのような小柄な肉体にもこれだけの血液があるんだな――などと思っていた所で、背後から怒声が聞こえた。
「てめえ!」
「駄目だチハヤ!」
ユウリくんの声と同時に、僕は振り向こうと右足を下げた。
と、同時に――足を滑らせた。
その結果、
「ガッ・・・・・・」
チハヤくんの拳は僕の真上を通り、
そして僕の手にあったナイフは、彼の胸に深々と刺さった。
「おー、偶然って怖いね。マシロくんの血で足を滑らせたら、チハヤくんの攻撃を避けられた上に、たまたま手に持っていたナイフが刺さった、なんて」
ベチャリ、と血まみれの床に手を付きながら立ち上がる。
「まるで僕って――神から祝福されているみたいだね」
「グッ……」
何か言いたげそうな表情でこちらをチハヤくんが睨みつけてくる。
「あ、まだ意識あるんだね。大丈夫?」
「チハヤ逃げて!」
「っ!」
僕が一歩近づいたところで、チハヤくんはおぼつかない足取りで円卓の部屋から逃げていった。
「ま、いっか。あの傷じゃ致命傷でしょ。――さて、死体が出たね、ユウリくん」
僕は足下に転がっているマシロくんを指さす。
「これ以上殺人は起きないはずだったよね。でも起きてしまった。一体誰が犯人なんだろうね」
「・・・・・・誰がどう見ても、コータでしょ」
「そう思うんだったら円卓会議で投票したらいいんじゃないかな。もっとも――」
僕は口の端を上げる。
「今すぐに会議が行えたらの話、だけどね」
「え・・・・・・?」
『ピーンポーンパーンポーン』
円卓の部屋の中にチャイムが鳴り響く。
『死体が発見されました。皆さん円卓の部屋に集まって・・・・・・と、もう実質集まっているようなものだからこのままでいいですか』
フヨフヨといつものようにクウギョがどこからか現れる。
「兎沢マシロ様が死体となって発見されました。
これより1時間後に『円卓』にて会議を行います」
「・・・・・・そういうことか」
ユウリくんは目を閉じて首を横に振る。
「この後に続くのは『会議が行われるまで捜査を行って下さい』って感じでしょ。
逆に言えば――1時間経つまでは会議は開かれない、ってことだよね」
「その通り。となると何が起きると思う?」
僕の問いに、ユウリくんは目を伏せる。
「・・・・・・チハヤが、死んじゃうよね」
「そうだね。あの傷は致命傷だよ。あれだけ動けるのはびっくりだけどね」
胸に深々と刺さっているのだ。即死じゃないのがおかしいくらいだ。
「チハヤくんが死んじゃったらどうなるの?」
「コータを犯人指名することが出来なくなる」
「え?」
その答えを聞いて、僕は驚きを隠せなかった。
「そこまで理解しているの? すごくない?」
思わず拍手する僕とは対象に、ユウリくんは浮かばない表情のまま唇を噛む。
「マシロが殺される直前に気が付いたよ。もう手遅れだったんだってことにさ」
「ふんふん。確認のために聞くけどさ、どうしてそう思ったの?」
「コータがこの宴について自分が有利になるように進めていた、という話を聞いて考えたんだよ。『能力』を隠し持っていた程度じゃ得するようなことはそんなにないんじゃないかってね。
だから他にあるんじゃないかって思ったら――見つけたよ。
むしろこのために君は、最後まで殺人をしなかったんだね」
ユウリくんの口ぶりから、もう僕が求めている答えを持っているのは明白だった。
心の中の高揚を隠さぬまま発言を促す。
「聞かせてよ、ユウリくん。それが何かってのを」
「『判定役』だよ」
ユウリくんが僕を指さす。
「最初の説明の時に、クウギョはコータのことを『判定役』と言っていた。『判定役』って、票数が同数だったら『判定役』が入れた方が犯人とされる、ということだよね」
「そうだね。でもあれってネコの干支の役割じゃなかったのかな?」
「・・・・・・そうじゃなかった。クウギョは最初から最後までこう言っていたんだよ。
――『猫泉様が判定役になる』って。
ネコの干支じゃなくて、コータが『判定役』になるって」
「そこはクウギョもきちんと守っていたよね。『ネコの干支に判定役をしてもらう』なんて言わないように。それっぽく誤解するようには言っていたけどね。いや、言わせた、という方が正しいかな」
事前に念を押していたのだ。
だからこれは僕の策略だ。
「その結果、これから行われる円卓会議では、コータを犯人に指名できなくなった。だってもう、ユウリとコータしかいないんだから」
その通り。
投票は最大で2票。
同数だったらその人が犯人として。
同数じゃなくても、僕が入れた人が犯人として指名される。
僕は当然、自分自身に入れないから、この宴の勝者は揺るがない。
「1人につき最大で殺害できるのが2人だから、4人以下になるまで待っていたよ。これならば流石に『運営』側も納得するでしょ。ああ、こういう戦略だったのか、ってさ」
両手を広げて見上げる。
だが返答はない。
僕は口を尖らせる。
「いくら『被害者にならない』とか『寝屋は安全』とか神の『能力』で安全確保していたとしても、そこそこハラハラしたんだよ。精神的には全然楽じゃなかったんだけどな」
またしても反応がない。
・・・・・・まあ、いいか。
そんな奴らよりも、僕の興味は目の前にいる彼に注がれていた。
「円卓会議までの時間はまだあるよね。じゃあ、今の内にユウリくんにはクイズを出しておこうか」
「クイズ?」
「そう。君なら当てられると思ってさ。難問クイズだよ」
僕は人差し指を立てる。
「知っての通り、僕は神としての能力を持っている。この『能力』を使って、僕は『ネコ』になった。他にもさっき口にしたやつとか、あと『寝なくても問題ない』とか、さっきみたいな『神の祝福を受ける運の持ち主』とか出来たんだ。
――さて、神の『能力』とは一体、何でしょうか?」
ユウリくんは顎に手を当てて考え込む仕草を見せる。
だが、すぐに口を開く。
「コータが言っていた『能力』には全部ある共通点があるよね」
「共通点? それは何だい?」
「全部『ネ』が付いているんだよ」
その答えに、僕は一瞬呆けてしまった。
そんな僕にお構いなしに彼は続ける。
「『ネ』コになる、『ネ』屋は安全・・・・・・漢字にすると、被害者の『被』も、『祝福』も、そして『神』も、全部しめすへんやころもへんでカタカナの『ネ』が入っているんだよ」
「・・・・・・」
彼の答えに、全身が総毛立った。
どうして・・・・・・
どうして君は――そんなに素晴らしいんだ!
「やっぱりすごいね! 『能力』もあると思うけどこんなに早く分かるとは!」
僕は興奮を抑えきれないまま、彼に高揚とした声で告げる。
「『ネ』を『申』すもの――これが神の『能力』だよ。『ネ』がつくものなら何にでも出来るんだ。まさに万能の力だよね」
そう。
これが僕が手放したくなかった力であり、最強の『能力』でもある。
「この力のおかげで1000年、僕は楽しめた。色んな言葉も新しくできたし、なんなら作ったりしたよ。だからこの『能力』は無限大なんだ」
「・・・・・・成程ねー。だからクウギョもコータのことを『ネコ』として扱ったんだね。文字通り君は『ネコ』にもなれるのだから」
「そうだよ。クウギョは変な気分だっただろうね。ネコになったりならなかったりしているんだから」
ネコのままじゃ『神』になれないし、そこのオンオフは小まめに切り替えてはいた。
ちょっと大変だったけどね。
「そうるすと、アユムをネズミのようにしたのもコータの力だったのかな。最初に君が彼を名字を『根津』と呼んでいたし、それがトリガーかな」
「そこまで分かったのかい。はい。ここ最初の伏線ね。ユウリくん以外の方々は見直してくるように」
僕は気分が良くなり、どんどんと饒舌になる。
ああ、楽しい。
素晴らしい。
「ユウリくん、君はどこまで僕を理解しているのか。本当に君を見つけられたことが、今回の宴での一番の成功だよ」
「そんなことないよ」
彼は暗い表情になる。
「どうしたの? 君はここまで僕のことを解き明かしたんだ。探偵として謎を全て解いているんだからさ。もっと明るい顔をしてよ」
「んー、謎の全てを解いた、か」
ユウリくんは首を横に振る。
「『能力』・・・・・・ああ、直感もあったけど、コータと一緒にいるのは面白そうだっていう最初の思いは結局合っていたね。だって『黒幕』だったんだから」
「そうだね。あそこはドキッとしたよ。君の『能力』で見破られたのかと思ってさ」
「それからずっと一緒にいたのに、ユウリはずっと分かっていなかったんだ」
「仕方ないよ。分からないようにしていたんだから」
表情が暗いままの彼に釣られて、僕は声のトーンを落とす。
「バレてもいいやってタイミングだったし、それまでは完璧に偽装していたしね。ま、それえは僕が凄かった、ってことで。でもユウリくんも凄かったんだからさ。比べる話じゃないよ」
「違うよ」
ユウリくんは小さく首を横に振る。
「ユウリが分からなくて後悔しているのは、コータが『黒幕』だったことじゃないよ」
「え・・・・・・?」
では何で彼は落ち込んでいるのだ?
混乱している僕に、
「あれだけ長く一緒にいて、あれだけ一緒に事件の謎を解いて、あれだけ仲が良いと思っていたのに、ユウリは――君の本心を見つけられなかった」
ユウリくんは柔らかく、微笑んだ。
それはとても儚く。
とても悲しげで。
その目の端には、涙が浮かんでいた。
「ああ、悔しいなあ。探偵だったのに、どうして分からなかったのかな。次があったら、絶対・・・・・・絶対に、ユウリは、君の本心を、見つけてみせるのになー」
・・・・・・。
「なんだそれ」
・・・・・・なんだそれ。
あれだけ傍若無人に振る舞っていて。
事件のことが大好きで。
誰よりも明るく、誰よりも賢かったのに。
どうして君は――そんな表情を今見せてくるんだ?
「・・・・・・」
なんだこれ?
僕はみんなを裏切っているんだ。
どうして。
僕は君のことがそんなにも――
「ねえ、ユウリくん。僕、神になったら今回のみんなのことなんか、前と同じように生き返らせるつもりなんかなかったんだけどさ。でも・・・・・・でもさ」
思考も追いつかず、勝手に口が動いた。
「このまま僕が神になった後、君は僕と――」
い
っ
し
ね
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」




