9.そうだ冒険に行こう 冒険者ギルド
「お嬢さま、もう連れてきたんですかっ?!」
少ない手持ちを背負って突っ立っているクリスに、暫し目が点になっていたテリーが声を上げた。
「そうよ。これからは必要に応じて公爵邸から従士訓練場に通ってもらうつもりなの。クリス、こちらがわたくしの侍女兼護衛のテリー。かなりの腕前だから、手合わせをしてもらうといいわよ」
「ク、クリス‥‥です。その、よろしく、お願いします‥‥」
「後ほど、お嬢さまの護衛となる心得を一からみっちりと説いて差し上げますっ!」
テリーの謎の迫力で固まっているクリスに、今日のもう一つの予定である冒険者ギルドで護身術と馬術の指導を依頼する事を伝える。折角なので一緒に講習を受けてもらう事にした。
軽い打合せの後に背の順番で、テリーが姉、クリスが弟の設定になった。テリー姉ちゃんにクリスちゃんだ。
「ほら、クリス、行きますよっ」
戸惑うクリスの背をテリーがどんと押して、冒険者ギルドへと向かう。
(ふふっ、前の人生でも三人で冒険者ギルドに通ったのよね。とても懐かしいわ)
色々と嬉しくて軽い足取りで歩いていると、屋台通りから美味しそうな匂いがしてくる。匂いに釣られてジュウジュウと音を立てて焼かれている肉、それと出来立てほかほかのパン。それぞれ三人分をテリーに買ってもらった。
慣れた手つきでパンに肉を挟み、ガブリッとかぶりつく姿に思わずといった様子でテリーとクリスに二度見されてしまった。お嬢様イメージから外れてしまったのかもしれない。
あれほどみんなで食べ歩きしていたのに、なんだか新鮮な反応である。二人のキョトンとした顔を見るとつい笑ってしまいそうになる。
そうして辿り着いた冒険者ギルド。見上げると石造りの三階建ての建物で、入口付近では筋肉隆々の男達が壁に寄りかかって話をしていたり、近くでは男女が喧嘩していたり、馬車から荷物の上げ下ろしに忙しそうな者達がいたりとなかなかの混雑振りだ。
小声で最後の打合せをする。
「準備はいいかしら?」
「は、はい‥‥‥」
「お嬢さま、ボロが出ますからあまり話さない方がいいかもですっ」
前回、何度も通った冒険者ギルドである。そうそうボロは出ないと思うが一応頷く。
よし、とばかりに三人でギルドに入った。
室内は広いが、押し合いへし合いの混雑ぶりだ。築古の建物を増改築した左側半分が食堂兼酒場。右側半分が受付窓口になっている。依頼者受付、会計受付、冒険者受付とそれぞれ小さな看板があって分かり易い。
テリーを先頭に筋肉むきむき男がいる依頼者受付窓口へ向かう。ここは他の窓口に比べると閑散としているので、待ち時間がなく都合が良い。
「弟達に一日だけ護身術と馬術の指導を依頼しますっ」
「そうか。後にいる坊主らか?」
「条件は三刻で三万レリ。他詳細は応相談でっ」
その男はカウンターに肘を付き、考えるように顎をさすっている。
この筋肉むきむき男、焦茶色の髪と瞳で三十歳半ばの大男は前回も指導してくれたダンである。
(ふふっ、ダンから面白おかしく魔獣との戦い方や野営の仕方も教わったわね)
懐かしさで緩みそうになる顔をキリリと引き締める。
「そうかそうか、坊主らはいずれ騎士になりたいんだな」
ちょっと違うが、喋ってはならないと言い含められているので頷くだけにした。
「それなら、俺なんかどうだ? 冒険者をリタイアして、このギルドで働いている。見ての通り今暇してるし、臨時金が入れば助かるしな」
今回もとんとん拍子に話が纏まり、ギルドの裏庭で待っているよう言われたので裏庭に行く。暫くするとダンが木製の人型を引き摺ってやってきた。
「おい、坊主ら。まずは護身術だ」
木製の人型には部分部分に厚めの布が巻かれている。
「いいか、まずは急所を知ること。眉間、目、鼻、喉、鳩尾、股間、スネなどだな。坊主らの背丈だと金的攻撃からするか」
「「き、金的攻撃?!」」
前回も習ったのでなんてことないが、なぜかテリーとクリスがひどく慌てた声を上げた。
ダンは気にも留めず、人型の股間をめがけて蹴り上げる。
————バシンッ
「こうだ。足で蹴り上げる、それか拳でパンチだ」
拳でパンチに「うへっ」とテリーが、「うっ」とクリスが声を漏らした。
久しぶりに足で蹴り上げるとダンからの叱咤が飛ぶ。
「坊主、中途半端が一番良くない。躊躇なく蹴り上げろ、素早く叩き込め!」
最初はボコぐらいの音だったが、次第にバッシン! スパンッ! ビシッ!と決まってくる。
他にも頭突き、目眩し、噛みつき、スネの蹴飛ばしを木製の人型を相手に何度も練習をしてから、軽く体術も。最後に乗馬の基本もおさらいした。抜かりなく冒険者語もである。
勘が戻ってきたのでなんとか成りそうだ。ダンからは気掛かりだった筋力不足を指摘された。モリモリ食って、体を鍛えるようにとの言葉を貰い、ダンの講習は無事に終わったのだった。
帰りに冒険者ギルドの食堂でわいわいと雑談している男達の言葉が耳に入った。
「ねえ、クリス、『尻が火を噴く』ってどう言う意味かしら?」
「いえ‥‥その、『尻に火が付く』だと、意味は追い詰められている‥‥とか、です。多分」
「お嬢さま、そんな変な言葉は忘れてくださいっー」




