8.そうだ冒険に行こう クリス
歴史ある貴族の屋敷には有事の際の避難路がある。ディフラン公爵家の屋敷にもあり、サッとその避難路を経って、片隅から楽々と抜け出す事に成功した。
成功の鍵はテリーの存在と隠蔽魔術である。
「お嬢さま、外では何とお呼びすればよろしいでしょうかっ」
「そうね‥‥ゴリはどうかしら?」
「‥‥‥‥」
テリーの問いに愛読書、『やさしいまほうーななさいじ』のゴリラの名前がゴリなので、あまり考えもせずに答えたのだが、テリーが無言のままである。
(ゴリはイマイチのようね。少し迫力がありすぎるのかしら?)
「なら、コリはどうかしら?」
結局、何度かやり取りを繰り返して、コリーになったのだった。
「さてと、まずは従士訓練所ね」
十三歳で下級従士、十四歳で上級従士として、志願者は国からの給付金で訓練を受けることができる。そして順調に試験に合格すると、成人の十五歳から騎士見習いとして働けるのだ。
その従士訓練所にまずは向かう。
王都は王宮を中心に高級店や高級飲食店が連なり、北側に貴族が住まう屋敷が立ち並ぶ。
南側は市場や商店に平民の居住区が連なり、従士訓練所と冒険者ギルドも南にある。
その北と南には隔たりがあり、厚い壁で仕切られた門の前で騎士が警備にあたっている。今回はディフラン公爵家令嬢の雑用依頼を受けた冒険者の体を装い、通行書を片手に通り過ぎた。
見事な自作自演で我ながら感心である。
門を通り抜けただけで、途端に辺りが賑やかになった。市場での売り買いのやり取りや、客同士での楽しそうな会話。子供の明るい笑い声に活気で溢れていてる
更に南へと進むと次第に剣や盾、冒険服などの店が立ち並ぶ。
その先に目当ての従士訓練所があった。簡素な柵で囲われた五十人程が訓練できる訓練場で、その横には寄宿舎もある。
(さてと、私の専属護衛騎士、クリスを探しましょうか。訓練中のはずだわ)
キョロキョロと探していると、いたいた、クリスである。今は小柄で灰色髪のくせ毛の少年。
「テリー、あそこで手合わせしている灰色髪の少年だけど、どう思う?」
「あの、他と比べるとひょろひょろ、しかも髪で顔が覆われている子ですかっ?」
うーんと唸りながら時間をかけてじーっと見つめている。
「そうですね。太刀筋の見極めはいいですね‥‥きちんと見極めて相手の剣を必要最低限で躱しています。それと足捌きは合格です。剣が重いのか、力が弱いのか、ふらふらして踏み込めていないし、おどおどと自信なさげなのが、イラつきますっ」
テリーは私以外にはキリッとした態度で手厳しい。市井でよく聞く、ツンデレさんなのかも知れない。
「まあ、なかなか辛辣ね‥‥わたくしの専属護衛騎士になってもらうつもりなの」
「ええっ?!」
「公爵家にも護衛騎士がいるけど、雇い主はお父様であり、彼らは悪の、いえ、お父様の手先で逐一報告されてしまうのよ。だからわたくしの専属護衛騎士を雇いたいの」
裏で隠れて剣術の訓練や魔術の練習をしたいのも理由の一つである。でも一番の理由は二度目の人生で共に従士訓練を受けた同期だからだ。
剣術を習いたくても習える環境になかった二回目の人生。苦肉の策で、隠れてここで基礎を学んだ。この少年、クリスとはひょろひょろ同士でよく組まされて手合わせをした。
無口で人間関係に不器用なところはあるが実直で誠実。訓練を終える頃には共に研鑽し合う友となった。
あの時は丁度今から一年後に公爵家の護衛騎士見習いとして雇われた。別に一年早くても問題はないだろう。
テリーは突然の護衛騎士の話に驚いた顔でまじまじと灰色髪の少年を見つめている。
「ふふっ、勘だけど食事をしっかり摂って、公爵家の騎士団にバシバシ鍛えてもらうと、テリーが背中を預けることのできる頼れる騎士になるわよ」
そう、驚くなかれ、たった一、二年でしっかりとした体躯の腕利き護衛騎士に大変身なのだ。
「むぅ、良くは分かりませんが、了解ですっ」
「サクッと訓練場に入ってクリ、いえ、あの少年と話をしてくるわね」
「なるほど、だから従士訓練服だったのですねっ」
柵を乗り越えて、人目のつかない木陰で休んでいる灰色髪の少年、クリスに声を掛けた。
「こんにちは」
「‥‥‥っ!!」
クリスは何かに怯えるように背中を丸くした。
前回にぽつりぽつり話す身の上話を聞いた事がある。父親は一代騎士爵位を持つ、地方騎士団所属の騎士と言っていた。兄弟姉妹の子沢山の家庭でクリスは四男。
家族が持つ淡い色合いの髪と瞳に対して、クリスだけが灰色髪に瞳。汚いやら鼠やらと兄弟に暴力を振るわれたり、時々食事も与えられなかったそうだ。
王都へ逃げ出すまで、家の脇にある粗末な小屋で寝起きして、体のいい無給の使用人だったと自嘲していた暗い瞳を今でも思い出す。
ふむむ。これまで聞いた話から推測すると、今回も期せずして手繰り寄せた縁で従士訓練所で剣を学ぶ機会を得ている。
そして前回と同じなら、ここでも小柄で体力がないことが災いして、他の訓練生から揶揄われたり、理不尽な練習台にされたり、食事を奪われたりしているはず。
「ごめんなさい。驚かせてしまったわね」
「‥‥‥っ」
長い前髪の隙間からは面食らってぽかんとしている顔が見える。
(ふふっ、驚いている顔も懐かしく感じるわ)
「えっーと、あなたは上級従士だったわよね?」
現在、上級従士の訓練を重ねる十五歳で、半年後には試験を受けるはずだ。
実直さんには実直であれ! と包み隠さずに話す事にした。自分はディフラン公爵家長女リリアナだと伝え、まずは公爵家騎士団で訓練を受けながら、上級従士試験合格後に護衛騎士見習いとして働いてもらいたいと一気に伝えた。
(あら、先程から一人で喋り続けているような?)
クリスは先ほどから微動だにせず、謎の沈黙が続く。どうしたものか考えあぐね始めた頃に小さな声が聞こえた。
「じ、自分には、過分な‥‥話で‥‥‥できない‥‥」
二年後には泰然としているクリスもこの時点では可愛いらしいのである。
「ふふっ、『出来る、出来ない』ではなくて、『したいか、したくないか』よ。公爵家騎士団の訓練は厳しいけど、衣食住は用意されるし、毎食山盛りの食事が出るのよ」
迷う様子が見られたので、最後の一押しである。
「あなたなら、数年後には腕利きの騎士になるわ」
そう言うと、クリスはうっすらと目を細めて眩しいものを見るような表情をした。




