7.そうだ冒険に行こう 魔術3
王宮の祈りの間から持ち帰った賢者の本が魔術陣全集であると判明したのである。それから何度も試行錯誤して段々と分かってきた。
どうやら、賢者の本に手を添えて、知りたい魔術を一言唱えるだけでいいらしい。
「ふふっ、次は賢王様と同じく、賢者の本を腕輪に。
姿形を思いのままに変化させる‥‥そうね、『変幻自在』の魔術陣はあるかしら?」
まずは本の表紙に手を添える。そして、『変幻自在』と唱えると、『解読』の時と同じでカチャンと留金が外れたので慌てて手を引っ込めた。
白紙のページがひとりでにパラパラと捲られて魔術陣が現れる。するとややあって、パラパラともう1つの魔術陣も青く浮かび上がった。
突然の事で慌てたものの二つの魔術陣を目にしっかり焼き付ける。
「『変幻自在』には魔術陣が二つ。二つの魔術陣を重ねる必要があるのかしら?」
まずは練習とばかりに、目についた小さな魔石を掴んで書斎机の上に置き、腕輪を思い描きながら、記憶した2つの魔術陣を重ねる。
「『変幻自在・腕輪』」
すると、魔石を中心に淡い光が集まり、深緑色の魔石が艶のある翡翠色の腕輪になった。魔石だからか、それとも特別な魔術だからか、力強さを兼ね備えた美しい腕輪に変化した。
一つだけ難を言えば、元が小さな魔石だったからだろうか、とても薄くて細い腕輪である。
「ふふっ、魔術って楽しいわ!」
広がる可能性を思うとわくわくと胸が弾み、次々と他の魔石でも練習を繰り返す。そして最後の仕上げで賢者の本を腕輪に変化させた。
摩訶不思議な事に魔石の腕輪とは違い、何故か甲冑の腕当てのような腕輪? になってしまったのである。
「あら、腕輪の想像が甘かったのかしら?」
もう一度やり直しをすると、今度はゴテッとした極太の腕輪になってしまった。全くクセのない魔石に対して、賢者の本はクセがある? 何度か違う形へ変化したことがあるのかも知れない。
何度も試行錯誤を繰り返し、軽量化と隠蔽を重ね掛けた鈍色の細い腕輪に仕上がった。
なかなかの仕上がりに大満足である。この腕輪なら宝石も隠蔽されているので人目も引かない。やり遂げた達成感で手を叩き歓声を上げてしまった。
この日以降、賢者の本は腕輪として、これからの人生を共に歩むことになる。
◇◇◇
数日後の朝、いつもの芳醇な香りの紅茶を飲んでいると、続きの間から侍女達の戸惑った声と急ぎ走り回る音がする。何かしらと顔を出した。
「お、お嬢様。あの、その、大変です!」
侍女達が指差す方に顔を向けると、本らしきものが丁度書斎机の上辺り、天井にめり込んでいる。
「‥‥‥っ!」
「今、上階にも状況確認の為に人を送りました!」
何となく察したテリーを除いて、皆が状況把握に忙しい。
(どう説明すればいいのかしら?)
昨夜、手頃な本で浮遊魔術の練習をしていて、加減が分からずに本がバンっと天井にめり込んでしまったのである。
棒か何かで落とそうとくるりと周辺を見回しても、高天井に届くような棒や代わりになる物がなかったので、ひとまずそのまま放置したのだ。
顧みるに浮遊した本を書斎机から本棚まで移動させるのも難しかった。途中で本が床に落ちたり、上下に激しくぷるぷるやのろのろで動いたり、カーブで変な方向に飛んだりと色々だった。
繰り返し練習をして、色々な重さと形のものを楽に浮遊と移動させるコツを掴んだ頃には朝焼けが始まっていた。
そして、ひと寝したらすっかり忘れてしまい、この騒ぎになってしまったのである。
「し、しっかり? がっちり? めり込んでいるようだし、危険もなく急を要さないと思うわ。掃除の時にでもお願いできるかしら?」
念の為に危険がないか棒で突っついていた侍女達の退室を見送り、飲みかけの紅茶を啜りつつ次の計画を立てる。
それは、やることリストの2。筋肉鍛錬、護身術、馬術、体術、剣術のやり直しである。
この一月、ある程度は体を鍛え直した。始めは柔軟と腹筋五回で、翌日は筋肉痛で泣きべそだったのが、今では剣の素振りまでどんとこい。次は護身術と馬術の感も取り戻したい。
そこで、この人生初の冒険者ギルドに行く計画を立てているのである。ギルドで護身術と馬術の指導を依頼する。それともう一つ。
「テリー、お願いがあるのだけど‥‥‥」
◇◇◇
今日の服装はテリーに用意してもらった少年従士訓練服である。ぶかぶか生成りで被るように着るシャツに焦茶色のパンツ。そして腰には焦茶色の帯皮に革靴。
ぶかぶかなのは従士訓練生には平民が多く、すぐ大きくなる事を見越して、二回りほど大きい服を帯皮で縛って着る。胸に布は巻いても体のラインを隠せるので都合がいい。
最後の仕上げにかつらを被る。魔術で髪と瞳の色は変えられるが、髪の長さの調整はまだできない。そこでかつらを被ることにした。
頭が寂しくなった祖父の特注カツラを拝借したのである。昔のスタイルで長めだったのが幸いして、切り揃えて整えただけで様になった。
「どうかしら? 少年に見える?」
テリーにくるりと回転してみせると、手がけた変装の出来に納得がいったようで、ドヤ顔を決めている。
テリーは女冒険者、私は少年従士訓練生。見慣れない姿に互いに顔を見合わせてくすくす笑い合った。これから、こっそり抜け出して、従士訓練所と冒険者ギルドに行くのである。




